第74話 病原菌を恨むだけではなく
帰り際、酒屋に寄って、5,000円くらいするシャンパンを買った。
適当に赤い細長い袋に入れてもらい、それでおしまい。
これで文句は言われないだろう。
私は、片手に黄色い包装紙とリボンに包まれた大人のおもちゃ「吸うヤツ」を、もう片方の手に赤い袋に入ったシャンパンを持っている。
右手には、シャンパン。
左手には、大人のおもちゃ。
そうして電車に揺られながら、病院へと向かった。
面会時間は限られているが、まだ少し時間に余裕があった。
病院の近くにあるカフェテラスで、コーヒーを飲むことにした。
今思えば、子どもが生まれてから、こんなにゆっくりとコーヒーを飲むのは初めてだった。
外の空気がおいしい。
小さな子どもがいると、温かい飲み物は頼みづらい。
道路に面したカフェなんて、少しでも親が気を緩めたら、いきなり車道に飛び出しかねない。
子どもの半数くらいは、だいたいそうなんじゃないか。
母を病気にさせた特定の病原菌は恨んでいる。
けれど、唯一感謝できることがあるとすれば、こうして親子で過ごす時間を与えてくれたこと。
そして、母が本来好きだったことを、母自身ができるようにしてくれたこと。
生命の尊さを、改めて考えさせてくれたこと。
私たちは、限りある時間の中で、どう生きるのか。
本当なら、私はいつだって、こうしてコーヒーを飲めたはずだった。
それなのに、いつも何かに追われていて、そうすることができなかった。
だから、そのことにだけは感謝する。
だが、これ以上はやめてくれ。
どうか、悪さはしないでくれ。
素直に、今回は消えてくれ。
そんなことを思っている自分に気づいて、少しだけ視界が滲んだ。




