第65話 入院初日のクレイジーな要求
母の声の質感からいっても、若い人だとは思われないだろう。
明らかに50代以降の女性の声だ。
変な人が入ってきたと思われては、母が可哀想だ。
「そうだよねー。そう言ってたよね、高橋さんも」
「誰? 高橋って。この私が言っているのよ」
I’m the one saying it. ってやつだ。
実際、母はなかなかヤバい人だった。フォローするだけ無駄かもしれない。
次に何を言えばいいのか分からない。
「何か欲しいものとかあったら、遠慮なく言ってね」
「じゃあ、シャンパン!」
そう言って、母は私に一万円札を渡してきた。現生である。
「嘘でしょ? 本当は何が欲しいの?」
「シャンパン。それで買ってきて、お祝いしよう」
「じゃあ、お医者さんに確認してからね。ダメなら違うものを買ってくるから」
「シャンパンが第一希望ね。その他は、私の欲求を満たせそうなヤツ」
どこからか、「ふふっ」と鼻で笑う声が聞こえた。
よかった。一部の患者さんとは仲良くできるかもしれない。
私は少しだけ安心して、病室を後にした。
エレベーター付近で、たまたま医師と出会い、軽く会釈した。
医師は看護師さんと話をしていた。
それに、私は医師に確認するつもりなど、端からなかった。
スマートフォンで「60代 欲求を満たす」と検索すると、思わず速攻で画面を閉じた。
誰かに見られた……?
スマートフォンを大事そうに抱え、あたりを見渡す。
誰もいなかった。
安心して、再び画面を開く。
見間違いではない。やはり、いかがわしい品物に関する記事や画像だらけだった。
60代でも、そういう欲求はあるのか……!?
いや、いや……それはそうと……え? お母さんの言う「欲求」って、それ? これで合ってる?
本人に確認するのも、なんだか躊躇われる。
けれど、あの母なら、確かにこういうものを欲しいと言いかねない。
私はすぐに、それらの品物が手に入りそうな場所を探した。
そうした品物が集まる大型施設が、東京都千代田区の秋葉原にあった。




