第63話 十五夜の夜、満月の夜。
「…やっば!今何時!??」
気づくと、私は夕寝をしてしまっていた。
幸い、今家を出れば間に合う。
走って保育園に行く気力もなんだか湧かない。自転車で行きたいところだが、なぜか今日は自転車を使わない方がよさそうだと、直感的に思った。
あまり時間はないが、とにかく歩いて向かうことにした。
途中で時間がなくなったら、そのときは走ればいい。
そのくらい、なんだか気力が出なかった。
夕ご飯の支度もしていないが、もうそんな気力もない。
今日は出前を取るか……。いや、まずは子どもに意見を聞いてみよう。
空を見上げると、月がこちらを見ている。
歩きながら、ずっと月を眺めていた。
歩いても歩いても、月は変わらずこちらを見ているように感じる。
小学生の頃、よくやっていた。
私は母に手を引かれて、満月の日には決まって空を見上げていた。
なんだか吸い込まれてしまいそうになる感覚が面白かったし、何より不思議なことだらけだった。
お迎え時間の2分前に、園に到着した。
少し前には、お迎えが終わったばかりと見られるスーツを着た父親が園児と手をつないでこちらに向かって歩いてきた。
「こんばんは」
軽く会釈をしたあと、小走りで息子のもとへ向かう。
「ママ、おかえりー」
「ただいまー。遅くなって本当にごめんね。先生も、いつもありがとうございます」
担任の先生だった。
ピンク色のギンガムチェックのエプロンがとてもよく似合う、可愛らしい先生だ。
息子もよく懐いているし、いつも子どものことをよく見てくれている。とても信頼している先生だった。
「いえいえ! 今日は十五夜なので、保育園では粘土でお団子作りをしたんですよー」
「あ、今日は十五夜か……。忘れてた。ふふ、そっかぁ。じゃあ、うさぎさんがいるか、一緒に見てみようね」
「うんっ! 白いのかう。先生、バイバーイ」
そう言って、笑顔で先生と別れた。
抱っこ紐を使うにはもう重いが、ベビーカーには乗ってくれない。
手をつないで歩いてくれればいいのだが、そううまくはいかない。
仕方なく、抱っこしながら来た道を戻る。
息子と一緒に空を見上げた。
「うさぎさん、見えるかなぁ?」
「うさぎさん、みーるかなぁ?」
「うさぎさん、いた?」
「うさぎさん、いるー。いるよー」
「え? どこどこ?」
「みてみてっ、あそこっ! あそこいるぅ!」
そう言うと、息子は私の頬に顔を寄せ、全く同じ角度から月を見上げた。
目線が全く同じ位置にくるので、きっと全く同じものが見えているはずだ。
こんなに小さいのに、よく考えるなぁ。
「あ、ほんとだ。あれだねぇ」
「あれだねぇ。いるねぇ。よかったねぇ」
そう言うと、満足そうに笑った。
そして突然、自分で歩き始めると、近くのスーパーへと走っていった。
「危ないっ! 危ないよ! 周りちゃんと見てね!」
「これ、これ食べる!」
息子が指さしていたのは、十五夜のポスターだった。
今日限定で、お月見団子が店頭に並んでいるらしい。
「あー、確かに。せっかくだし、買って帰ろうか。パパ、体の具合がよくないみたいだから、パパのごはんも買っていけるしね」
そう言って、スーパーの中へ入っていった。
明日のことは、今はまだ息子に言わないでおこう。




