第62話 悪気は全然ないんだけど、明日入院するって今知ったんだよ
母はあの後、嵐のように去ってしまった。
私に課せられた課題は、今度、図書館で『トカゲの娘』を借りてくることだ。
正直、メチャクチャ面倒だなーと思いながらも、帰り道、最寄りの図書館で『トカゲの娘』があるか検索してみることにした。
結論、『トカゲの娘』はなかった。
しかし、あの雰囲気からして、母は本当に読みたいのだろう。
その世代では、『プーの一族』という作品も流行ったらしい。
個人的には、『プーの一族』も面白そうだ。
でも、母は『トカゲの娘』が読みたいというので、やはり『トカゲの娘』にするべきなんだろう。
少し疲れたので、子どもの迎えに行くまで、家で仮眠をとることにした。
特に買い物はしていないので、自分のカバンだけ床にドサッと置き、靴下を脱いで、ソファーに倒れ込んだ。
「はー。疲れたー。」
そう言いながら、深いため息を吐く。
考えることがいろいろありすぎる。
これからいよいよ入院ということは、本格的な治療が始まるということだ。
当たり前だが。
どうなるのか、さっぱり見当がつかない。
母が母ではなくなってしまうのではないか。
そんな気さえして、なんだか突然、不安な気持ちが込み上げてきた。
そのまま、大きな波に飲み込まれてしまいそうになる。
背中をしっかりとソファーにくっつけて、体をソファーに委ねた。
ズンズンと、ゆっくり沈んでいく感覚がある。
このまま溺れるのではなく、ソファーが地面のような役割を果たしてくれたら。
私はこの不安の海に巻き込まれても、地面からは離れずにいられるような、流されずに済むような気がした。
すると、ガチャン、と玄関の鍵が開く音がした。
「誰だろう?」
と思いつつも、半分、疲れて気を失いかけている。
ドアが開く音が聞こえる。
靴を脱ぐ音、スリッパを履く音。
旦那が思いのほか早く帰ってきたようだった。
睡魔と戦いながらも、「おかえり」と声をかける。
「ん。いや、熱を出したから早く帰ってきた。」
「そうなんだ。大丈夫? 何度くらいあるの?」
「んー、36.8」
ここにもふざけた人がいたな。
「仮病使ったの?」
旦那は無視して、冷蔵庫の中からコーラを取り出した。
キャップを開けると、炭酸が抜ける音がした。
コップに氷を3つ、4つ、5つと入れていき、コーラをなみなみと注ぐ。
ゴキュ、ゴキュッ、キュッ……というリズミカルな音が喉から鳴っている。
今の私は眠すぎて、björcの『Dancer in the Darkness』の主人公になったような気分だった。
私の場合は、眠すぎて目が開かず、流れてくる音を聞いて、メロディーを体で感じている。
「あ、お母さん、明日入院なんだって。」
ゴキュ……ッ。
「ぷはー。明日入院なの? もちろん、息子は自分で保育園に連れていくよな?」
私は呆れて、深いため息をついた。
いつもなら動悸がしそうなところだが、心底呆れた。
妻が大変そうなときに、役割を分担するとか、「できること、手伝おうか」とか。
なんだか、そういう優しさはないのだなぁ。
「それに、なんで今なの? 普通、もっと前から分かるもんじゃね?」
「あー……いや、うん。そうなんだけどさ……。」
「急に言われても困るし、俺、熱あるから、息子は保育園に連れていけないな。」
そう言うと、飲み終わったグラスをシンクに置き、トイレに行ってしまった。
トイレに入ったら長い。
世の中の男性は、トイレに入るのがなんでこんなに長いのだろうか。
うちの旦那だけだろうか。
すごく長い。
まぁ、それにこの人、全然熱ないんだけどね。
仕方ないが、明日も私が家のこと、子どものことをすべてやらないといけなさそうだ。
少女漫画の『トカゲの娘』は、今日じゃなくても良いだろう。
こうして、自分の中に山のようにあるタスクをいったん整理して、自分でやめどきを決める。
そうじゃないと、タスクは一生終わらないからだ。気は全然ないんだけど、明日入院するって今知ったんだよ
母はあの後、嵐のように去ってしまった。
私に課せられた課題は、今度、図書館で『トカゲの娘』を借りてくることだ。
正直、メチャクチャ面倒だなーと思いながらも、帰り道、最寄りの図書館で『トカゲの娘』があるか検索してみることにした。
結論、『トカゲの娘』はなかった。
しかし、あの雰囲気からして、母は本当に読みたいのだろう。
その世代では、『プーの一族』という作品も流行ったらしい。
個人的には、『プーの一族』も面白そうだ。
でも、母は『トカゲの娘』が読みたいというので、やはり『トカゲの娘』にするべきなんだろう。
少し疲れたので、子どもの迎えに行くまで、家で仮眠をとることにした。
特に買い物はしていないので、自分のカバンだけ床にドサッと置き、靴下を脱いで、ソファーに倒れ込んだ。
「はー。疲れたー。」
そう言いながら、深いため息を吐く。
考えることがいろいろありすぎる。
これからいよいよ入院ということは、本格的な治療が始まるということだ。
当たり前だが。
どうなるのか、さっぱり見当がつかない。
母が母ではなくなってしまうのではないか。
そんな気さえして、なんだか突然、不安な気持ちが込み上げてきた。
そのまま、大きな波に飲み込まれてしまいそうになる。
背中をしっかりとソファーにくっつけて、体をソファーに委ねた。
ズンズンと、ゆっくり沈んでいく感覚がある。
このまま溺れるのではなく、ソファーが地面のような役割を果たしてくれたら。
私はこの不安の海に巻き込まれても、地面からは離れずにいられるような、流されずに済むような気がした。
すると、ガチャン、と玄関の鍵が開く音がした。
「誰だろう?」
と思いつつも、半分、疲れて気を失いかけている。
ドアが開く音が聞こえる。
靴を脱ぐ音、スリッパを履く音。
旦那が思いのほか早く帰ってきたようだった。
睡魔と戦いながらも、「おかえり」と声をかける。
「ん。いや、熱を出したから早く帰ってきた。」
「そうなんだ。大丈夫? 何度くらいあるの?」
「んー、36.8」
ここにもふざけた人がいたな。
「仮病使ったの?」
旦那は無視して、冷蔵庫の中からコーラを取り出した。
キャップを開けると、炭酸が抜ける音がした。
コップに氷を3つ、4つ、5つと入れていき、コーラをなみなみと注ぐ。
ゴキュ、ゴキュッ、キュッ……というリズミカルな音が喉から鳴っている。
今の私は眠すぎて、björkの『Dancer in the Dark』の主人公になったような気分だった。
私の場合は、眠すぎて目が開かず、流れてくる音を聞いて、メロディーを体で感じている。
「あ、お母さん、明日入院なんだって。」
ゴキュ……ッ。
「ぷはー。明日入院なの? もちろん、息子は自分で保育園に連れていくよな?」
私は呆れて、深いため息をついた。
いつもなら動悸がしそうなところだが、心底呆れた。
妻が大変そうなときに、役割を分担するとか、「できること、手伝おうか」とか。
なんだか、そういう優しさはないのだなぁ。
「それに、なんで今なの? 普通、もっと前から分かるもんじゃね?」
「あー……いや、うん。そうなんだけどさ……。」
「急に言われても困るし、俺、熱あるから、息子は保育園に連れていけないな。」
そう言うと、飲み終わったグラスをシンクに置き、トイレに行ってしまった。
トイレに入ったら長い。
世の中の男性は、トイレに入るのがなんでこんなに長いのだろうか。
うちの旦那だけだろうか。
すごく長い。
まぁ、それにこの人、全然熱ないんだけどね。
仕方ないが、明日も私が家のこと、子どものことをすべてやらないといけなさそうだ。
少女漫画の『トカゲの娘』は、今日じゃなくても良いだろう。
こうして、自分の中に山のようにあるタスクをいったん整理して、自分でやめどきを決める。
そうじゃないと、タスクは一生終わらないからだ。




