第61話 入院部屋
「お母さん、部屋の種類ってこんなにたくさんあるんだね?」
「そうそう。まぁ個室は高いから、大部屋にするわ。」
「個室っていくらするの?……えっ、3万円!? 約4万円じゃん!」
「そう、そう、そう。高すぎない? 保険のお金なくなっちゃう。」
「いや、それはなくない?」
「まぁね。でもいいのよ。退院した後は優雅に暮らしたいからさ。ここでは修行だと思うことにする。快適さは求めないわね。寝る以外にやることないし。」
ふーん、と相槌を打ちながら私はパンフレットをパラパラとめくる。
面会時間や、一日に会える人数など、細かなことがたくさん書かれていた。
「あ、未就学児は入ってきちゃダメなんだ?」
「え、うそ。」
「ほんとだよ。だから息子はお留守番だね。」
そう言うと、母が残念そうにため息をついた。
「そうかぁ。じゃあ、この間会ったのが最後か。」
少し寂しそうな顔をしたあと、何かを思いついたように言う。
「いや、大きいコート着てきて、抱っこ紐の中に入れたらいけるんじゃない?」
「いや、不自然やろ。」
私は漫才のツッコミみたいに、母の肩を軽く叩いた。
「案外いける。」
「ないね。だって動くよ?」
「ナイトメアー・アフター・クリスマスに出てくるウギー・ウギーみたいになりそう。」
マジで何の話してるんだろう。
私は首を傾げた。
「ハロウィンだからね。観たのよ。あれ面白いのよ。ダリーが健気で可愛いわね。」
なんとなく所々おかしい気もするが、適当に相槌を打って流すことにした。
それにしても突然すぎる。
全然頭が追いつかない。
「で、明日荷物とかどうするの?」
「荷物なんて大してないわよ。口紅一本くらい。」
「ちょっとそこまで、みたいなノリじゃん。電車乗る時でももう少し荷物持つよ。」
「まぁ、Suicaとかね。」
「いや、そうじゃなくて……。真面目に答えて?」
段々とイライラしてきた。
「やめて。イライラしないで。ガン細胞が増える。」
「意味わかんない、本当に……。ふざけてる。」
私は大きなため息をつき、周囲に人がいないことを確認してから足を投げ出した。
「例えばさ、本とか。」
「本と傘?」
「違う。本。」
「あぁ、そうね。読みたい本があったわ。えーと、ハリーポッテー。」
ガチ?
え、ガンになって、入院して、ハリーポッテー読むの?
まぁいいか。
「好きなもの読めばいいじゃん。でもあれ重いよ?」
「えっ。じゃあ、この間宗教勧誘で配られた薄い本くらいしかないな。」
「好きにしたら?」
少し考えてから私は言った。
「あ、図書館で本借りてきてあげようか。」
「あら、それは良いわね。」
「どんなのがいい?」
「ハリーポッテーの短いの。」
「そんなの見たことないな。」
「じゃあ昔の少女漫画。」
「めんどくさ。絶対重いじゃん。ハリーポッテーの方が楽だわ。」
「いや、少女漫画が読みたい。」
「何?」
「どれ?」
母は少し懐かしそうな顔をした。
「トカゲの娘。」
そのタイトルを聞いた瞬間、私は思わず顔を上げた。
聞いたことのない作品だった。
けれど、その表情だけは少しだけ真剣なので、きっと本当に読みたいんだと思った。




