第59話 戦友第一号は君に決めた
「じゃあね、元気になるような色で……そうねぇ、寒くなるから暖かいのがいいなぁ。」
「それではビタミンカラーなんていかがですか?黄色やオレンジなどのお色ですね。」
「いやー、被ったことないわ!なぁに、ビタミンって。おもしろーい。」
母はなんだか、さっきまでの買い物の様子とは違っていた。
化粧品売り場では挙動不審。
子ども服売り場ではタジタジだった。
だが今は、とてものびのびと買い物を楽しんでいるように見える。
「こんなものがありますよ。」
店員さんが差し出したのは、黄色いニット帽だった。
てっぺんには丸いぼんぼんがついている。
「これ可愛いわね!なんか可愛い!アヒルみたいにしたい。」
(……アヒル???)
店員さんと私は同じことを思ったのか、一瞬固まった。
「多分、ひよこじゃない?」
母はきょとんとした顔をしたあと、大きな声で笑った。
「あーおもしろ。今の会話思い出すだけで元気になりそうだわ。店員さん、これくださーい。」
あっという間に買い物が終わった。
お値段は8,800円。
高級百貨店の中では比較的リーズナブルな価格帯だった。
「実はこちら、ポップアップの商品なんですよ。いつもあるわけではないので、きっとお客様を元気にさせたくて来てくれたのかもしれませんね。」
わぁ、すごい素敵なセールストークだな。
そう感心していると、
「運命だわ……。」
と、母は黄色い帽子を抱えながらしみじみ呟いた。
店員さんが箱に詰めたり会計の準備をしている間、私は母に尋ねた。
「なんかお母さん、全然これまでと違くない?なんでここだと自然なの?」
「え?あー、言われてみればそうね。」
そう言って、母は懐かしそうに話し始めた。
「小さい頃にね、親戚にここで帽子を買ってもらったことがあるのよ。」
なるほど。
初めての場所ではなかったのか。
そう考えると、普段買い物をしていないと買い物そのものが大変なのかもしれない。
特にこういう百貨店のような場所はなおさらだ。
慣れている人にとっては当たり前でも、慣れていない人にとっては何を買うにも勇気がいる。
「お買い物って楽しいわねぇ。定価で買うと選びたい放題だわ。」
と、母らしい発言が飛び出した。
まぁ、古着や中古品、見切り品を上手に活用しながら生活してきた人だ。
母なりの価値観なのだろう。
あっという間に会計も終わり、店員さんは購入した商品を化粧品売り場の時と同じように、退店するところまで持ってきてくれた。
「この帽子で、元気になってくださいね。」
何も詳しいことは伝えていない。
ただ、「元気になる帽子が欲しい」という話をしただけだ。
だから自然な言葉だったのかもしれない。
それでも、その言葉はどこか特別に聞こえた。
店員さんは、心の底からそう思ってくれているような、どこか気遣うような優しい表情をしていた。
「はいはいー。」
母は思わずずっこけそうになるくらい軽い返事をして、店を後にした。
綺麗な紙袋をほくほくした顔で抱えながら、大切そうに歩いている。
良い買い物ができてよかった。
そして何より、こんなふうに楽しそうに買い物をする母を見られてよかった。




