第52話 ルルララ未デビュー
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
ブラウンよりもベージュの口紅が印象的な、ルルララの美容部員さんが声をかけてくれた。
「あ、はい。母がアイブロウを探していて…」
「アイブロウですね。承知しました。こちらにお掛けになってお待ちください。お荷物はこちらへどうぞ。お首元にケープをおかけしてもよろしいですか?」
「あっ、はっ、えっ、はい、はい。」
ぎこちないながらも、椅子に座り、荷物を置き、首元にケープをかけてもらうところまでは何とかたどり着いた。
「では、いくつかアイブロウをお持ちいたしますね。」
そう言って美容部員さんは売り場の奥へ消えていった。
私は少し心配になって母に声をかけた。
「ねぇ、時間あるの? キャネボウで呼ばれない?」
「67番だから、まだ全然時間あるわよ。」
母は余裕そうだ。
「あと66人待ってるんでしょ?」
いや、絶対違うだろ。
そう思った瞬間だった。
隣のキャネボウから声が聞こえた。
「66番の番号札をお持ちの方〜」
私は思わず母と顔を見合わせた。
なんと私たち、ほぼ次だったのである。
番号札をもらってからまだ数分しか経っていない。
今やっと座ったばかりだというのに。
「お母さん、前の人呼ばれたよ。」
「え?」
「次、私たち。」
「66人待つところから、いきなり2番目って言われても気持ちが追いつかない。」
母は珍しく冷静な口調で言った。
「そんな事故現場みたいな反応しないで。どうするの? このままルルララにいる?」
その時だった。
「67番の番号札をお持ちの方〜」
呼ばれた。
「あっ、わわわわわわ!」
母は飛び上がった。
「呼ばれちゃった!どうしよう!えっ、あっ、すみませーん!!」
ファミレスで店員さんを呼ぶみたいな大声だった。
すると美容部員さんがすぐに駆けつけてくれた。
「あのっ、隣で呼ばれちゃって…」
母がモジモジしながら説明する。
美容部員さんは、ちょうどアイブロウを数本持って戻ってきたところだった。
それなのに嫌な顔ひとつしない。
「あ、全然大丈夫ですよ〜。」
にこやかである。
「またお戻りになりますか?」
「えっとえっと……分からない。」
分からないんかい。
そこは「戻ります」だろう。
せめて。
目の前に商品まで用意してもらっているのに。
私は心の中で総ツッコミした。
しかし美容部員さんは笑顔を崩さない。
「承知しました!お買い物、楽しまれてくださいね。」
天使だった。
どう考えても天使だった。
せっかく母のために商品を選んで持ってきてくれたというのに、その優しさで送り出してくれる。
申し訳なさを感じさせないようにしてくれているのが伝わってくる。
私は感動していた。
一方の母は超ド級のストレートで「分からない」と返していた。
また来ますでもなく、考えておきますでもなく、分からない。
潔いにもほどがある。
でも、まぁ母だしな。
そう思うと妙に納得してしまう自分もいた。
「67番の方〜」
「あ、はい!ここにいます!」
母は番号札を掲げながらキャネボウへ向かっていった。
私はルルララの美容部員さんに深々と頭を下げた。
すると美容部員さんは、それ以上に深く頭を下げてくれた。
いやいや、こちらの方が申し訳ない。
そう思ってさらに頭を下げる。
すると今度は美容部員さんもさらに下げる。
どこまでいくんだ。
気づけば私は、自分の膝と膝の間から向こう側が見えるくらい前屈みになっていた。
その隙間から、母が無事キャネボウの席に着いたことを確認する。
私はようやく顔を上げ、ルルララを後にした。




