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人生100年時代だっていっただろうが! 〜母という異世界生物観察記録〜  作者: 目立拓奶


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第53話 神の手の持ち主、キャネボウの美容部員さん

少し遅れて母のもとへ駆け寄ると、母はキャネボウの美容部員さんと眉アイテムのあたりを見ていた。


「眉毛にピンク」


母が突然そう言った。


思わず私は「は?」という顔をしてしまった。


まるで一本一本が自眉毛のように美しく整った眉をしていて、目元のアイシャドウが深みがあって印象的な美容部員さんが、すかさず微笑む。


「今期はピンクみのある眉毛も人気なんですよ。全体的にワントーンのメイクも流行っていて、目元や頬だけでなく、眉にも少し色味を入れる方が増えています。」


何を言っているのか、私はよく分からなかった。


だが、それは母も同じだったらしい。


横顔を見ると、なんとも言えない顔をしている。


驚きと戸惑いと、少しの警戒心。


「ピンクって、口紅だけじゃないのね……」


そう小声で耳打ちしてきた。


「たぶんね。」


私もよく分かっていない。


すると美容部員さんが優しく提案してくれた。


「もしよろしければ、片方はスタンダードな眉メイク、もう片方はピンクを取り入れた眉メイクで比較してみますか?最後はお好みに合わせて整えられますので。」


素晴らしい提案だと思った。


しかし母は露骨に嫌そうな顔をした。


「えぇ……」


明らかに乗り気ではない。


私は即答した。


「ぜひお願いします。」


母は納得していない顔のまま席へ座った。


先ほどのルルララとはまた違う空気だった。


鏡の前にはすでにいくつもの化粧品が並べられている。


下地。


ファンデーション。


ミスト。


チーク。


アイシャドウ。


アイブロウ。


さらには用途不明のクリームまである。


顔に塗るのだろうか?手に塗るのだろうか?


私は完全に未知の世界だった。


「それでは、ケープをおかけしますね。」


黒いケープが首元にかけられ、前髪がクリップで留められる。


鏡に映った母の顔がはっきり見えた。


年齢相応のシミは少しある。


目尻には細かな線もある。


けれど肌には艶があった。


みずみずしさもあった。


今まであまり意識したことがなかったが、母は意外と綺麗な肌をしている。


母自身は鏡を見るのが少し嫌そうだった。


なんとなく視線を逸らしている。


その姿を見て、ふと思った。


この先、本格的な治療が始まれば、髪の毛も抜けるのだろうか。


女性にとって髪が抜けるというのは、どれほど辛いことなのだろう。


私には想像がつかない。


だからこそ、こうして鏡の前に座っている今の時間が、少しだけ特別なものに見えた。


「では左側にスタンダードな眉メイク、右側にニュアンスカラーを入れた眉メイクを施しますね。」


美容部員さんはそう言うと、まず左の眉から取り掛かった。


小さなブラシで眉毛をふわっと立ち上げる。


毛流れを整える。


そのあと繰り出し式のアイブロウペンシルで一本一本線を描き足していく。


母が目を丸くした。


「どうしました?」


「私、今までさ。」


「うん。」


「眉毛って、しゃーっ、しゃっ、ぐりぐりーって描いてた。」


どういうことだ。


私は思わず美容部員さんを見る。


美容部員さんは笑顔で頷いた。


「そういう描き方もありますよね。」


優しい。


優しすぎる。


「ただ、そうすると『ここに眉毛があります!』という印象になりやすいので、自眉毛みたいに一本ずつ描き足しているんです。」


なるほど。


親子揃って感心する。


一本。


また一本。


少しずつ毛を増やしていく。


眉尻を整える。


それだけなのに顔全体が引き締まった。


表情がはっきり見える。


眉毛ってこんなに大事だったのか。


人生で初めて知った。


完成した眉を見て、母は鏡を覗き込む。


右から見る。


左から見る。


正面から見る。


また右。


また左。


さらに正面。


五往復くらいしている。


玉虫色の昆虫標本でも鑑賞しているのだろうか。


眉毛を見るときの正しい作法が分からなくなった。


「いかがですか?」


美容部員さんが尋ねる。


「はい、すごく……すごーく綺麗ですね。わぁ。」


母は純粋に感動していた。


手鏡を握ったまま離さない。


「ありがとうございます。それでは右側にニュアンスを足していきますね。」


そうして問題のピンク眉が始まった。


私は若干身構えた。


母も身構えていた。


美容部員さんは少しピンクみのあるアイブロウペンシルで、先ほどと同じように眉を描き足していく。


そこまでは理解できた。


しかし次の瞬間。


淡いピンクのチークを取り出した。


「え?」


母と私の声が重なる。


美容部員さんは気にせずブラシにチークを取る。


そして眉間付近にふわっと色を置いた。


「わぁぁ……」


思わず声が出た。


なんだその技は。


さらにチークを取る。


今度はまぶた。


頬。


鼻筋。


そして顎。


顎である。


「チークですよね?」


母が恐る恐る聞く。


「はい、チークです!」


元気よく返事が返ってきた。


さらに唇の上下のくぼみにまで色を乗せていく。


何が起きているのか分からない。


これは失敗するのではないか。


そう思った。


しかし最後に少しピンクみを含んだ眉マスカラで眉を整えた瞬間。


空気が変わった。


本当に変わった。


鏡の中の母が別人だった。


若作りではない。


派手でもない。


なのに柔らかい。


透明感がある。


儚げで優しい。


どこか今っぽい。


母も私も数秒言葉を失った。


そして。


「すごい……」


「すごいですね……」


なぜか二人で拍手してしまった。


美容部員さんは少し照れながら、


「あっ、ありがとうございます。」


と笑った。


ブラシを丁寧に拭きながら照れている。


私たちは完全に感動していた。


今まで見たことのない母だった。


母は鏡を見たまま言った。


「これ全部ください。」


即決だった。


「えっ?」


私の方が驚いた。


「すごい。全然違う。全部欲しい。」


美容部員さんも嬉しそうだった。


「本当によかったです。」


そう言って一つ一つ確認していく。


「アイブロウブラシとスクリューブラシ、アイブロウペンシル、アイブロウマスカラ、それからこちらのチークですね。」


「はい!」


母の返事は異常に良かった。


美容部員さんは笑顔で商品を取りに向かった。


鏡にはまだ母が映っている。


何度も。


何度も。


角度を変えて見ている。


さっきまで「眉毛にピンク」と半ば軽蔑していた人と同一人物とは思えなかった。


そして私は思った。


デパコスを買いに来たのではない。


母は今日、


新しい自分を見つけに来たのかもしれない。


鏡の中の母は、本当に美しかった。

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