第44話 生き急ぐ、がんを患った母の手相
「うん、あなたはね、これから自分の人生を歩み始めるわよ。」
母、がん患者なのだが……。
幸いにも、まだ余命宣告はされていない。
残された年月がどれくらいあるのか分からない。
けれど、まだ生きられるのだろうか。
「この人、バイタリティーが豊富ね。これから面白いことをたくさんするわよ。ただ、健康には要注意ね。」
あとどれくらいその時間があるのか。
私は知りたかった。
私以上に、母の方が知りたかったはずだ。
「あなたは感情豊かな人で、傷つくことが多かったかもしれない。浪費家ではないわね。お金にもあまり困らないし、あくせく働かなくても生活はできそう。」
母は確かに傷つくことが多い人生だったのかもしれない。
直接聞いたことがあるわけではない。
それでも、自由が限られた人生だったように見えていた。
「でも本当のあなたは、もっとああしたい、こうしたい、こうなりたいっていう願望が強い人。」
占い師は母の手のひらをなぞった。
「……そうねぇ。この運命線に二重線っていうのが出てるのね。二足の草鞋の線とも言うの。」
「へぇ。」
「何か二面性のあることを始めるのかもしれないし、複数の活動をするのかもしれない。」
「二つしかないんですか?」
母が食いついた。
「いや、二つとも限らないわよ。マルチに活躍する人もいるの。」
一瞬、母が黙り込んだ。
「やりたいことが100個はありそうで……。」
私は唾を飲み込むタイミングを間違えた。
むせた。
「まぁ、その100個やるのが一つの仕事なら、それは一つでしょ。まだもう一つあるとも考えられる。」
「101……。」
「いやいや、足し算の話じゃなくて。」
この占い師さんがいると、私がツッコむ必要がなくて助かる。
「あなた、何か困っていることがあるの?」
占い師が母を見た。
「さっき、生き急いでるって言ったから。」
急に私は背筋が伸びた。
母も少し真面目な顔になる。
「はい。私、がんを宣告されまして。」
「あぁ、そう……。」
占い師は静かに頷いた。
「今は本当に多いわよね。昔は3人に1人なんて言われていたけど、今はもう1人に1人なのかしらって思うくらい。」
そう言うと、少し遠くを見るような目になった。
「この間も作家の西野さんがお亡くなりになってね。私、あの人すごく好きだったのよ。」
私たち親子も西野さんの作品が好きだった。
母の影響で、私は中学生の頃から読み続けている。
人には心のどこかに闇がある。
そう思っていた頃に出会った作品だった。
言葉にできない感情を言語化してくれて、体験できない人生を体験させてくれる。
そんな作家だった。
その西野さんも、先日がんで亡くなった。
「でもね。」
占い師は母の手を優しく叩いた。
「あなたは忍耐強いから大丈夫よ。」
母が顔を上げる。
「ただね、忍耐強いことと、ストレスに強いことは別なの。」
その言葉に、私は思わず母を見た。
「あなたは我慢できる人。でも、ストレスを溜め込んでしまう人でもあるのよ。」
母は黙って聞いている。
「だから、とにかくストレスを溜めないこと。気持ちが負けてしまうと、自暴自棄になりやすい性格だから。」
占い師は笑った。
「その100個やりたいことも、おやんなさい。」
母もつられて笑う。
「でもね、それがストレスになるならやめたっていいの。」
そして少しだけ真面目な顔になった。
「とにかく、楽しく生きること。ストレスなく生きること。それが今のあなたには一番大事。」
母はしばらく黙っていた。
それから、
「ありがとうございます。」
と深々と頭を下げた。
占いは人生の羅針盤とも言われる。
人生相談に来る人も多いらしい。
どこまで当たるのかは分からない。
それでも、母はどこか晴れやかな顔をしていた。
だからきっと、今日ここへ来た意味はあったのだろう。




