第40話 ため息
そんな時だった。
母から着信があった。
「あぁ、起きてる? おはよう。孫は?」
「おはよう。うん。まぁ、夜は泣いてたけど、坐薬してちょっとマシになったかな。」
「あぁ、そう。」
そう言うと、少し間があった。
「旦那さん、どう?」
「あー……うん、まぁ。」
そう答えると、母も何となく察したようだった。
「まぁ、昨日は付き合わせて悪かったわね。じゃ。」
「うん。またね。」
電話が切れた。
その時、ソファーの方から声がした。
「お義母さん?」
夫だった。
「うん。」
「あれからまだちゃんと聞いてないけど、病気の方どうなの?」
「んー。まだ治療前。今は思い出作りしてる感じかな。」
「思い出作り?」
「うん。」
夫は少し考えるような顔をした。
「そうなんだ。」
それだけだった。
たぶん本当にわからないのだ。
病気になった時に何を考えるのか。
残された時間をどう使いたくなるのか。
そういう発想自体がない。
「大事でしょ。生きてるんだから。」
少しだけ棘のある言い方になった。
夫は気づいているのかいないのか、肩をすくめた。
「まぁ、俺にはわからない価値観だな。」
そう言って笑う。
「俺なんか、ソファーでゴロゴロしてるのが一番幸せだし。」
そして本当にソファーに寝転がった。
私は洗面所の鏡越しにその姿を見る。
出会った頃は、この人のそういうところが好きだった。
何かに追われている感じがない。
焦らない。
競争しない。
私にないものを持っているように見えた。
でも今は違う。
毎日が退屈だった。
「お義母さんのこともあるだろうけどさ。」
夫が天井を見ながら言った。
「俺の面倒も頼むよ。」
そう言いながら、お尻をポリポリとかいている。
私は思わず目を閉じた。
息子が一人。
そして目の前には、私が産んだ覚えのない長男が一人。
ため息だけが静かに漏れた。




