第36話 ドンペリP3
母の話は相変わらず要領を得ない。
だが、要約するとこういうことらしい。
まず母は、楽しくお酒を飲むためにここへ来た。
そして24歳の気持ちで来た。
私はガン患者で、これから治療が始まる。
ステージは3。
結婚して、子どもが生まれて。
人生はずっと続くものだと思っていた。
だけど、そうではないことを知った。
だから一度見てみたかったのだ。
自分とは縁のない、キラキラした世界を。
これから髪の毛がたくさん抜けるかもしれない。
手術もする。
治療も始まる。
だから今の元気な自分のまま、一度くらい華やかな世界に足を踏み入れてみたかった。
そんな話をしたらしい。
「……全然記憶がないんだけど、それで何て言われたの?」
母は得意げな顔をした。
「あのおじさん、とっても感動してくれてね。」
おじさん。
カエル男爵のことである。
「『つまらない飲み方ばっかりで、もううんざりしていたんだ。来てくれてよかった』って言ってね。」
へぇ。
意外といい人だったのかもしれない。
「それで、ドンペリの3Pを飲ませてくれたわよ!」
私はスマホを取り出して検索した。
ドンペリ3P。
検索結果に出てきたのは、
ドン・ペリニヨン P3。
「3PじゃなくてP3だと思うけど……」
私は思わず声を上げた。
「えっ!?これ25年くらい熟成させたやつらしいよ!?」
さらに価格を見て驚く。
市場価格はおよそ110万円から130万円。
超高級シャンパンだった。
母が受け取ったギャラとタクシー代は20万円。
滞在時間は2時間。
どう考えても大当たりの夜である。
私はスマホを見つめながら首を傾げた。
「それにしても、なんで私こんなに記憶がないんだろう……」
母はケロリとして答えた。
「あぁ、それはね。」
私は嫌な予感がした。
「指輪型麻酔銃で眠らせたからよ。」
やはり、とんでもない母だった。




