第31話 港区おばちゃん
関東の一部では記録的な大雨を観測した。
私たちの地域はたまたま免れたが、実家は一階なので、場合によっては浸水していたかもしれない。
そんな日に母から連絡があった。
がんになってから、母とは以前より頻繁に連絡を取るようになった。
まるで失った時間を取り戻すようである。
「もしもし、どうしたの?」
「今あんた何してる?テレビ観てる?」
「観てないよ。テレビは目の前にあるけど。」
「2チャンネル観なさいよ。あんたの同級生の京ちゃんが出てるわよ。」
「えっ、なんで?」
慌ててテレビをつける。
映っていたのは、確かに小学校の同級生の京子ちゃんだった。
京子ちゃんは昔から可愛かった。
どうやら美容整形をして、今はモデルの卵のような仕事をしているらしい。
夢はアパレル経営だという。
なんとも京子ちゃんらしかった。
だが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。
「はい。でも港区にもいろんな経営者の方がいてー。ギャラ飲みはー。」
何を言っているのだ、京子ちゃんは。
昼寝の途中でぐずり出した息子をあやしながらも、私の目はテレビから離れない。
どうやら京子ちゃんは「港区女子」として特集されているらしかった。
「港区って、あの東京の港区?」
「そうそう。」
「京子ちゃん、そんなにお金あるのかな?」
「いや、埼玉からタクシーで通ってるんだって。」
「へぇ。それでも港区女子なんだ。」
私は質素な暮らしをしている。
だからなのかもしれない。
京子ちゃんが、都会に夢を抱き、自分の可能性を諦めていないように見えた。
すると母が言った。
「それでさ、面白いのよ、この話が。」
「どういう意味で?」
「いや、私もギャラ飲みしようかなと思って。」
「はっ?」
あまりにも突拍子もないことを言うので、思わず大きな声が出た。
息子がまたぐずり始める。
「お母さん、どういうこと?え?なに???」
「だってさ。」
母は楽しそうに続ける。
「私もギャラ飲みして、がん体験を語るのよ。」
嫌な予感しかしない。
「治療がどれだけ大変だったかとかさ。」
「うん。」
「這ってでも港区に行くわよ。」
昨日は雨の日に泳いででも病院へ行くと言っていた。
今日は港区まで這ってでも行くと言っている。
移動手段がどんどん原始的になっている。
そんなことよりも、この母の話をどこまで信じればいいのか分からない。
普通なら無謀だろう。
だが、この女は本当に何かする気がしているのだ。




