第23話 ガンを受け入れつつある母と、平然ではない娘が作るプリンはバカデカい?
「私はね、ところてんを食べに来たんじゃないの。プリンを作りに来たの。」
娘、大激怒である。
「よし、じゃあプリン作ろうか。」
そう言うと、母は気持ちを切り替えたように台所へ向かい、エプロンを手にした。
昔から同じエプロンを使い続ける人もいるが、母の場合は何枚かをローテーションしている。
その日母が選んだのは、オリーブとレモンの柄があしらわれた爽やかなエプロンだった。
もしここで薄紫色のレースが付いた、下着のようなエプロンを着ようものなら、私はさっきの話を思い出して帰っていたかもしれない。
私の視線に気づいた母が言う。
「裸エプロンなんて、趣味じゃないわよ。」
思ってないわよ。
いったい何を言っているんだ、この人は。
「こうしてさ、治療が始まるでしょ?」
母は卵を一つ割る。
「治療が始まったら……まぁ、その前に多分外科手術するじゃない。」
「まぁ、高確率でね。」
牛乳とグラニュー糖を入れる。
「そうしたら、私の体には大きな傷が残る。」
バニラエッセンスを振りかける。
「まぁ、私の体なんてもうとっくにおばさんで、ビキニを着る歳でもないし、誰も見ないんだけど。」
母はボウルの中身をホイッパーで混ぜ始めた。
「でも、私の体にメスが入ることは確定なのよ。」
ゆっくりと、丁寧に混ぜる。
「そうしたら、なんだか今の自分の体が愛おしく感じちゃって。写真でも残そうかなって。」
今度は茶こしでプリン液を濾す。
少し溢れた液を、慣れた手つきで拭き取った。
「誰も私の体なんて見たくないでしょうけど。でも次にこの体を見た時、私は受け入れられないかもしれない。」
母は静かに言った。
「だから、誰かに見てほしくなったのよ。」
母もつまりは女なのだ。
誰だって、自分の体に傷がつくのは嫌だ。
鏡を見るたびに思い出すだろう。
そしてその度に、
『あなたはガン患者なのだ』
という現実を突きつけられる。
「そうやって、少しずつ受け入れていくのよ。自分の病気を。」
母はそう言うと、プリン液を器に注ぎ、電子レンジへ入れた。
私は、母が病気と向き合い、自分の人生や自分自身と向き合っていたことを知った。
ただ、私の動揺は隠せない。
♪チン
軽快な音が鳴り、母はグレーの鍋つかみをはめてプリンを取り出した。
「あっちっち。」
そう言いながらテーブルへ運び、バーンと勢いよく置く。
実にダイナミックである。
しかし私は、別の意味で動揺していた。
さっきまで母の話を真剣に聞き入りすぎていて、二つの重大な違和感に気づかなかったのだ。
「お母さん……」
「ん?」
「カラメルがないよッ!!!!!!」
熱そうに耳たぶをつまんでいた母の目が見開く。
そしてスローモーションのように、ゆっくりと私を見つめた。
「……え?」
「それに……」
私は震える指でプリンを指差した。
「バカデカくないよッ!!!!!!!!!!」
母は目と口を限界まで見開いた。
今にも絶叫しそうなほどワナワナと震えている。
プリンを見て、私を見て、またプリンを見る。
そして次の瞬間。
「やっぱり、やっぱり私は病気なんだわぁーーーーーーーー!!!!!!!!」
そう絶叫すると、母はテーブルに突っ伏した。
私は慰めるべきか悩んだ。
だが正直なところ、私もかなりショックだった。
カラメルのないプリン。
バカデカくないプリン。
それはもう、私の知っている母のプリンではない。
その時だった。
玄関の方から、鼻をすする音が聞こえた。
「うぅっ……」
誰かが泣いている。
嗚咽混じりの鳴き声が、静かな家の中に響いていた。




