第14話 音楽の効果
音楽の効果については皆様周知の通りだと思う。
どうやら私を含め、「身内がガンになる」というのは想像以上にストレスらしい。
特に親だ。
親というのは厄介である。
普段は電話にも出ないくせに、病気になると急に気になる。
元気だった頃は「また母から電話か……」と思っていたのに、病気になると「今日も元気かな」と考えている。
人間は勝手だ。
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ストレスを和らげる方法はないかと調べていたら、音楽療法に関する論文を見つけた。
音楽にはリラクセーション効果があり、不安や緊張の軽減が期待できるらしい。
なるほど、うちの母には必要だ。
非常に必要だ。
母は昔から短気である。
スーパーのレジが遅くて、怒る。
病院の待ち時間が長くても、怒る。
テレビのリモコンが見つからないだけでも、怒るのだ。
犯人はだいたい本人である。
もし音楽で少しでも穏やかになるなら、こんなに良い話はない。
子どもが寝るのを待ち、スヤァ…と深い寝息が聞こえ始めたので、廊下に出て母に電話をかけた。
1コールも鳴らないうちに出た。
「はいはい」
元気そうだ。
「もしもし?」
「はい。あと30年生きる母です」
相変わらずである。
医師の見解ではない。
本人の宣言である。
「30年生きる母、元気?」
「元気。今ね、能を見てる」
「そうなんだ」
「NHKの古典芸能への招待。あんた能って知ってる?」
今日は能の話をしたくて電話したわけではない。
「いや、そうじゃなくてね。音楽にはリラックス効果があるらしいよ」
「あるだろうね」
即答だった。
私が数時間かけて読んだ論文が、たった一秒で終わった。
「いや、論文によるとね――」
「The Beatlesは良いよね」
「いや、だから――」
「私はQUEENかな」
おや、聞いていないぞ?
「論文が――」
「バーイセコ〜♪ チリンチリン〜♪」
歌い始めた。
しかも全然違うではないか…。
「まぁ、あんたもそんな調べ物ばっかりしてないで、古典芸能への招待を観なさい」
「いや、観ないけど」
「私は今からQUEEN聴くから」
「能は?」
「能は録画に切り替えたわ。」
「そうなんだ」
「じゃ」
電話は切れた。
突然の静寂。
置いてきぼりにされた私はスマホを見つめた。
伝えたかったことが何一つ伝わっていない気がする。
あんなに論文を読んだのに。
あんなに感心したのに。
結局、私は「音楽にはリラックス効果があるらしいよ」としか言えなかった。
改めて論文を開く。
内容は理解できる。
なのに、自分の言葉にならない。
なぜだろう。
しばらく考えて、ひとつ思い当たった。
もしかすると私は母のために電話をしたのではなく、母と話したかっただけなのかもしれない。
音楽の話は口実だったのかもしれない。
だから論文の内容が伝わらなくても、電話がつながった時点で目的は果たされていたのだ。
母は今日も30年生きる気満々だった。
それを確認できただけで、たぶん十分だったのだと思う。
私は少しだけ安心して、そっとPCを閉じた。




