第13話 30年
母と別れて三日。
私は何度もスマホを見ていた。
連絡はない。
病院の日まではまだ時間がある。
それなのに悪い想像ばかりしてしまう。
もしかして一人で泣いているのではないか。
もしかして食事も喉を通らないのではないか。
もしかして。
スマホが鳴った。
母だった。
何かあったのかと思って、慌てて電話に出た。
「もしもし!なに?どうした?」
「ねぇ。」
母の声は妙に明るかった。
「…なに?」
「私さ。」
少し間が空く。
嫌な予感がした。
「免許更新しようと思うんだけど。」
私は黙った。数秒くらい。
「はっ?」
「だから免許。」
「いや、聞こえてるよ。」
「ゴールドだから。」
「え、そこじゃなくない?」
母は不思議そうだった。
「だって期限来るし。」
確かに来る。来るけれども。
「お母さん、自分が今どういう状況か分かってる?」
「分かってるよ。まぁ、がんでしょ。」
母は続けた。
「だから更新しとこうかなって。」
「何でそうなる?」
「だって、5年使えるじゃん。」
私は何も言えなかった。
5年。
母はさらっと言った。
「それに。」
母は笑った。
「人生100年時代なんでしょ?」
「……。」
「あと30年くらい生きる予定だから。」
予定なのか。
「誰が決めたの?」
「私。」
即答だった。
電話を切った後、私はしばらくそのまま立ち止まっていた。
まぁ、誰が決めたの?と聞かれれば、自分だろう。
自分で、あと30年は生きると決めたわけだ。
母は強がっているのだろうか。
本当は怖いのだろうか。
それとも本当に、30年生きる気なのだろうか。
正直、分からない。
ただ一つ分かったのは、
私より母の方がずっと先を見れているということだった。
そして、「人生100年時代」という言葉が、悲観していた母の背中を押したのである。




