第12話 母親とは
母は私に言った。
「まぁ、あんたもいろんなことがあるだろうけど、程々に。」
別居したばかりの私を気遣っているのだろう。
「……まぁ、私は何とかなる。」
そう返すと、母は少し眉をひそめた。
「なんとかって言ってもさ。一人じゃ大変なこともあるだろうから。そういう時は帰ってきな。」
私は一瞬言葉を失った。
この人は、自分がこれから治療を受ける立場なのに。
それでも娘の心配をするのだ。
私もいつか親になる。
いや、もう親ではあるのだけれど。
自分が苦しい時に、こんなふうに誰かを気遣えるだろうか。
そう思った瞬間、涙が込み上げた。
けれど泣かなかった。
泣いてしまったら、この人を余計に心配させてしまう気がしたからだ。
「がんに勝つためには、あまりストレスを溜めないこと。」
私がそう言うと、
「はいはい。」
と母は笑った。
「バァバ、バイバイ〜」
「はーい、バイバイ〜。タッチ。」
息子が小さな手を伸ばす。
母も手を伸ばした。
その何気ない光景を、私は妙に目に焼き付けていた。
車が走り出す。
バックミラーの中で、母の姿が少しずつ小さくなっていく。
どんどん遠くなる。
どんどん遠くなる。
次に会うのは病院かもしれない。
そう思った。
そして私は考えていた。
母が治療を受けている間に、自分には何ができるのだろう。
何をしておくべきなのだろう。
母の姿が見えなくなったあとも、その答えは見つからなかった。




