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ふと、夜会の喧騒の向こうから、穏やかな足音が近づいてきた。
「――やあ、トーマス君。楽しそうなところすまないね」
朗らかな笑みを浮かべ、周囲の誰もが和むような柔らかな物腰で歩み寄ってきたのは、エレオノーラの父親である伯爵その人だった。
トーマスは慌てて背筋を伸ばし、引きつった笑みを作りながら礼を返す。
「お、伯爵閣下……! これは失礼いたしました。エレオノーラ様と今後のことについて、楽しくお話しをさせていただいておりまして……」
「ほう、それは頼もしい。若い二人が仲良くやっているのを見るのは、私としても嬉しい限りだよ」
伯爵はまるで慈父のような温かい眼差しを向け、トーマスの肩に親しげにポンと手を置いた。
周囲の貴族たちからも、
「さすがは伯爵様、度量が広い」
「素晴らしい関係だな」と感心の声が漏れる。
(――まあ。お父様ったら、あんなに裏で家の借用書も差し押さえの準備も完璧に進めているというのに、表向きはすっかり「頼もしい将来の義父」を演じきっていらっしゃるわ。トーマスなんて、自分のお先が真っ暗になっていることも知らずに、すっかり油断しきっているもの)
心の中で冷ややかな愉悦を転がしながら、エレオノーラもまた、扇の陰で完璧な笑みを崩さない。
伯爵はさらに優しく、含みのある言葉を重ねる。
「なに、商談や家のことで何かと忙しい時期だろうが、無理はしないくれたまえ。君の家を支える力になれるよう、私も裏で――そう、水面下でしっかりと準備を進めておいてあげているからね」
「は、はあ……ありがとうございます! 閣下のお心遣いには、本当に感謝してもしきれません……!」
「いやいや、気にするな。すべては君たちの未来のためだからね。……そうだ、来週の休日は大切な『予定』があるのだろう? 邪魔をしてはいけないから、私のほうからも君の父親によろしく伝えておこう。すべて、君の知らないところで完璧に整えておいてあげるよ」
「ははは……何から何まで、本当にありがとうございます!」
一切の疑いを持たず、満面の笑みで頭を下げるトーマス。その滑稽な姿を慈愛の瞳で見送りながら、伯爵は「では、引き続きパーティーを楽しんでくれたまえ」と朗らかに告げた。
エレオノーラは父に寄り添い、すれ違いざまにトーマスへそっと上品に微笑んでみせる。
「それではトーマス様、来週をどうぞお楽しみに。……あなた様が驚くような『素敵なサプライズ』を、私とお父様でたっぷりとご用意してお待ちしておりますわ」
「ああ、楽しみにしていてくれよ、トーマス君」
極上の破滅へのカウントダウンが裏で着々と進んでいることなど微塵も気づかず、ただ機嫌よく見送るトーマスを背に、父娘は優雅にその場を離れていくのだった。




