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きらびやかな王宮の夜会。その一角で、伯爵令嬢エレオノーラは凛とした姿勢で優雅に立っていた。
身にまとっているのは、婚約者である侯爵令息トーマスの一家を象徴する深緑のドレスだ。
家門の色を身にまとい、その絆を示すことは貴族としての義務――とはいえ、こんな泥舟一族の色など本来なら一ミリたりとも纏いたくはない。
周囲の貴族たちは彼女を見て、「流石はエレオノーラ様、トーマス様を立てる姿がなんと気高く健気なことか」と口々に称賛の声を漏らしていた。
だが、その完璧に伏せられた長き睫毛の奥で、エレオノーラの理性は冷徹な愉悦を滾らせていた。
(――まあ。あのトーマス、またぞろ別の女の腰にべったりと手を回して。一体いつから彼の脳味噌は、道端の肥溜めと直結してしまったのかしら。私という正妻候補を差し置いて、あんな見取り図の狂った安物の人形みたいな娘と戯れるなんてね。よほど自分の首を絞めたいらしいわ)
視線の先では、婚約者である侯爵令息トーマスが別の男爵令嬢と馴れ合い、甘ったるい笑みを交わしている。けれど、表向きのエレオノーラは扇をそっと唇にあて、ただ儚げに目を伏せるばかりの「慈愛に満ちた婚約者」を完璧に演じきっていた。
そこへ、トーマスがしたり顔の笑みを浮かべながら、その女を連れて優雅に歩み寄ってくる。
「やあ、エレオノーラ。そのトーマス家のドレス、君によく似合って気高いよ。退屈させてはいないかい?」
(よく平然とそのセリフを吐けるものだわ。お前が私を放置して放蕩に耽っているせいでどれほど時間が無駄になっているか、少しは頭で考えてみたらどうなの)
心の中で冷ややかな嘲笑を浴びせながらも、エレオノーラの声音は絹糸のように滑らかで、甘美な響きを帯びていた。
ビロードのように滑らかな声で、彼女はふわりと微笑む。
「まあ、トーマス様……。お気遣いいただきありがとうございます。皆様の華やかなご歓談を拝見しているだけで、私、十分に楽しく過ごしておりますわ」
その慎ましい返答に、トーマスはすっかりいい気分になったらしく、さらに尊大な態度で胸を張る。
「はは、君は本当に聞き分けが良いな。そうだ、来週の休日は重要な商談があるものだから、君との約束は延期させてくれよ。男同士の付き合いでね」
(馬鹿じゃないのかしら。そんな話夜会の最中にわざわざ切り出さず帰りの馬車の中でしなさいよ。どうせあの薄っぺらい女と密会するための口実に決まっているわ。お前のその浅はかな嘘を、公証人の前でどれほど美しく叩き潰してやることか)
エレオノーラはうっすらと瞳を潤ませ、いじらしい恋人の仮面を完璧に演じきってみせる。
「……そうですの。寂しゅうございますけれど、お仕事が大切ですものね。どうか、お体に障らないようになさってくださいませ」
「心配してくれてありがとう、エレオノーラ。やはり君こそが僕にふさわしい最良の伴侶だ」
(お似合いなのはあなたとその安っぽい女の墓標よ。来週、あなたがその「商談」とやらにうつつを抜かしている間に、我が家が握っているあなたの家の全借用書と差し押さえの書類を、一文字残らず裁判所に叩きつけてあげるわ。父上も、この愚かな一族から巻き上げる莫大な利潤と領地の再編計画に、今から書類を抱えてほくそ笑んでいらっしゃるわよ。全財産を失い、泥水をすすりながら路頭に迷うとき、あなたがいかなる絶望の面持ちで私の前に這いつくばるのか……今からその醜態を特等席で見物するのが、何よりの楽しみだわ)
冷徹な断罪の計算を完璧な微笑みの裏に隠し、エレオノーラはあくまで上品に、ふんわりと首をかしげた。
フィルムの剥がれた操り人形のように甘やかに、彼女は艶然と告げる。
「ええ、いってらっしゃいませ、トーマス様。私……楽しみにお待ちしておりますわ」
冷徹な断罪の計算を完璧な微笑みの裏に隠し、エレオノーラはあくまで上品に、ふんわりと微笑みを返した




