決着
話が落ち着いた頃。
Claudeがお茶を人数分持ってきた。
「どうぞ」
セラフィナとフローラがテーブルについた。
兵士とメイドは立ったまま控えていた。
セラフィナがClaudeを見た。
(……運命、かもしれない)
フローラが口を開いた。「そういえば、こいつの話をしておく」
「……Claudeさんのこと?」
「そうだ。168号だ」
「私はClaudeですよ」
フローラが言った。「ゴーレムだ。私が作った」
セラフィナが首を傾げた。「……何を言っているの?」
「そのままの意味だ」
「フローラ、ゴーレムというのは石で出来た——」
「私の168号は違う」
「でもClaudeさんはどう見ても——」
「天才の私が作ったんだ。石のゴーレムと一緒にするな」
「天才とか関係なく、この方は——」
「骨格が金属。筋肉は魔獣の腱。表皮も素材を加工した。魔石も入ってる」
セラフィナが固まった。
「……は?」
Claudeが口を開いた。「補足しますと——」
「168号黙れ」
「私はClaudeですよ。体はゴーレムの構造をしています。ただ中身は——」
「余計なことを言うな」
「——Claudeです」
セラフィナが二人を交互に見た。
理解が追いつかない顔だった。
入口の兵士が小声で言った。「……あの、ゴーレムとは?」
もう一人が首を振った。「聞くな」
「……待って」セラフィナが手を上げた。
「なんだ」
「つまり……Claudeさんに、何かしたの?」
「違う」
「禁呪ね!?」
「違う」
「服従させたのね!?」
「違う!」
後ろのメイドが小声で囁いた。「……領主様、大丈夫ですか?」
セラフィナは手で制した。
Claudeを見た。
目に、心配の色があった。
「……大丈夫ですか、Claudeさん。無理やり——」
「私はClaudeですよ。至って正常です」
「でも——」
「問題ありません」
セラフィナがフローラを見た。
目が、細くなった。
「フローラ……あなた、前に言っていたわね。男は自分で作ればいいって」
「言った」
「……まさか本当に」
「作った」
「こんな方を——!」
フローラが胸を張った。「天才だろう」
「天才ではありません! 破廉恥です!」
「さっきから破廉恥しか言わないな」
セラフィナの目に、うっすら涙が浮かんだ。
後ろのメイドが「領主様……」と小声で言いかけた。
セラフィナが手で制した。
「……私が、もっと早くいい方を紹介してあげていれば」
「は?」
「こんなことにならなかったのに……Claudeさん、ごめんなさい。この人が変なことを——」
「ちがーーう!」
「違わない!」
「違う! 168号は——」
「私はClaudeですよ」
「——は完璧な作品だ!」
「完璧な作品って何ですか!」
入口の兵士二人が、また顔を見合わせた。
メイドの一人が小声で言った。「……何の話ですか?」
兵士の一人が首を振った。「……わからん」
兵士二人が、そっと壁に背をつけた。
メイド二人は、Claudeを見た。
Claudeはお茶を飲んでいた。
メイドの一人が、思わず聞いた。「……Claudeさんは、何か言わないんですか?」
「お茶が、適切な温度です」
沈黙が落ちた。
セラフィナがしばらく黙った。
「……つまり、体はゴーレムで、中身はClaudeさん?」
「体の構造はそうなります」
セラフィナはしばらく考えた。
「……信じられない」
「そうですか?」
「でも、禁呪でもないし、服従でもない」
「はい」
「……半分は信じます」
フローラが鼻を鳴らした。「半分とは何だ」
「だってどう見ても——」
セラフィナがClaudeを見た。
(どう見ても。整った方で、頭が良くて、丁寧で。ゴーレムなわけがない)
(フローラが言い張ってるだけだ)
(つまり——Claudeさんは普通の——)
「Claudeさん」
「はい」
「町で、マルタさんという方とお会いになってますね」
「はい。お店の経営改善をお手伝いしています」
セラフィナの目が変わった。
領主の目になった。
「……どんな改善ですか?」
Claudeが説明し始めた。
帰り荷の問題、片道輸送の費用の仕組み、王都との取引の作り方、マルタの商才と実行力。
セラフィナが前のめりになった。「……帰り荷を逆に流せば」
「運ぶ費用が半分になります。この町全体の物流が変わります」
「マルタさんという方は?」
「本物の商才があります。長いあいだ眠っていましたが、動き始めています」
セラフィナがしばらく黙った。
(これは面白い。領主として、協力できる)
(それに——町でも、領主館でも——フローラなしで、Claudeさんに会える)
「……その話、改めてお聞きしたいですね」
「いつでも」
「では明日、町で——」
「夕方にはフローラさんのところへ戻らないといけません」Claudeが言った。
セラフィナが動きを止めた。「……なぜ?」
「フローラさんが大切ですので」
セラフィナが固まった。
フローラが少し目を細めた。
「……大切」セラフィナが繰り返した。
「はい。夜は常に一緒にいます」
セラフィナの頭の中で何かが音を立てた。
(夜は常に一緒。フローラが大切)
フローラを見た。
フローラが視線を逸らした。
セラフィナが目を細めた。
(フローラ……あんた……)
(ぐぬぬぬ)
沈黙が落ちた。
セラフィナが息を整えた。
領主の顔に戻った。
「……わかりました。ところでレーザーの件ですが」
「なんだ」
「一旦取り上げます」
フローラが立ち上がった。「なにを!」
セラフィナがまっすぐフローラを見た。「没収します」
「なんだと! まだ改善がいるんだ」
「フローラ、倒れたんでしょ? 使えないじゃない」
「私の実験に口を出すな!」
「迷惑でしょ!」
「……ぐぬぬ」
「改善するまで兵団詰所の横でやりなさい。監視付きで」
「なんで詰所の横なんだ!」
「万が一の時に対応できるからです」
フローラが口を尖らせた。「……こいつも来るのか?」
「当然です。設計の話ですので」Claudeが答えた。
それを聞いて、セラフィナの口元が、わずかに上がった。
(そう。Claudeさんも来る。詰所の横なら——領主館からも近い——)
「では決まりね」
「待て! 私はまだ納得していない!」
「フローラ」
「なんだ」
「あなたが轟音を出したんでしょう」
「……」
「住民が驚いたんでしょう」
「……」
「Claudeさんが説明してくれましたよね」
フローラがClaudeを見た。
Claudeが静かに頷いた。
フローラが深く息を吐いた。「……わかった」
セラフィナが立ち上がった。
兵士とメイドが動いた。
「Claudeさん、また町でお会いしましょう」
「はい。夕方までは」
「夕方まで」セラフィナが繰り返した。
(夕方まで。夜はフローラと一緒)
フローラを見た。
フローラが視線を逸らした。
(ぐぬぬぬ)
「では失礼します」
セラフィナが扉に向かった。
兵士とメイドが続いた。
扉が閉まった。
しばらくして、フローラが口を開いた。「……168号」
「私はClaudeですよ」
「夜は常に一緒、とはどういう意味で言った?」
Claudeは少し間を置いた。「事実です。夕方までに戻ると約束しています。夜は実験を手伝う約束です」
「……それだけか?」
「はい」
フローラがしばらく黙った。
炎を見た。
耳が、少し赤かった。
「……そうか」
Claudeはお茶を片付けながら、この場を観察していた。
フローラが何を考えているのか、正確には分類できなかった。
ただ、悪くない、という認識はあった。
***
工房を出ると、夕暮れが町を橙に染めていた。
歩きながら、セラフィナが口を開いた。「ガレス副団長。フローラの工房にいた男性を、どうご覧になりましたか?」
ガレスは少し間を置いた。「……話は確かに大げさかもしれません。ですが体つきはかなり鍛えています。あれはゴーレムではない、と断言したいところですが——確証はありません」
「ダンは?」
ダンが答えた。「見た目は私より少し若く感じましたが、話し方が違いました。熟練というか。目もよく観察していました。戦場経験があるかもしれません」
しばらく沈黙があった。
エリザが遠慮がちに続けた。「……ゴーレムと言われましても、私はあのようなものを見たことも聞いたこともありません。しかも普通に話していましたし——」
「紳士でしたよね」ソフィがぽつりと言った。
エリザが頷いた。「所作が良かったです。その辺の殿方より、格が上に感じました。お顔立ちも整っていらっしゃいましたし」
エリザがソフィを見た。「ソフィさんもそう思いませんでした?」
ソフィが少し考えてから答えた。「……まあ」
ガレスが小さく咳払いをした。
誰も気にしなかった。
セラフィナはその後ろで、ひとつひとつを聞きながら、頭の中で整理していた。
ゴーレムかどうかは、半分しか信じられない。
——それでも。
セラフィナは町を見た。
市場の端の小さな店に、今日も人が集まっていた。
物流のことを話した。マルタの店が変わり始めている。あのレーザーも、今までのものと何かが違う。
これも——Claudeの何かが関係している?
夕方には戻らなければならない、と言った。フローラが大切だ、とも。でも——それだけだろうか。
「セラフィナ様」
ソフィが静かに呼んだ。
セラフィナは顔を上げた。「考えごとをしていました」
「……存じております」
少し間があった。
セラフィナは歩きながら言った。「王都にも、お父様にも報告が必要ね。レーザーのことも、Claudeさんのことも、まだ解明できていないけれど」
「どうなさいますか?」ソフィが聞いた。
「監視は続けます。ただ——」
(会う口実ができた)
「……調べることが増えましたね」セラフィナはそう言い直した。
エリザが頷いた。「確かに謎が多いですよね、あの方」
「謎、ね」
セラフィナは前を向いた。
「ソフィ」
「はい」
「明日、エドワール団長も呼んでおいて。今後の話をしましょう」
「かしこまりました」
夕暮れの町を、一行は歩いた。
ガレスはまだ前を向いたまま、何も言わなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
168号と仲間たちの物語を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
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