突入
同じ時刻——
工房の扉の前で、セラフィナは動けなかった。
扉の向こうから、声が聞こえていた。
「……無理だろう」
「個体差と——」
「無理だろう!!」
セラフィナの顔が、じわじわと赤くなった。
「この大きさが!?」
「膨張前提の設計ですので——」
「膨張してこの大きさが!?」
「はい」
「本当にはいるのか!!」
扉に手をかけた。
でも開けられなかった。
足が、すくんでいた。
「……つまり、こんなものはいるのか?」
セラフィナの顔が、真っ赤になった。
***
同じ時刻——
敷地の外で、兵士とメイドが空を見ていた。
夕暮れだった。
工房の結界は、フローラが許した者しか通さない。中に入れたのは、セラフィナだけだった。
しばらくして、結界の向こうでセラフィナが動いた。
メイドが気づいた。「あ、領主様が何か——」
兵士が目を凝らした。
セラフィナが口を押さえていた。
体が小刻みに震えていた。
顔が赤かった。
メイドが一歩踏み出した。「……領主様、大丈夫ですか?」
声は届かない。
「何か、こちらに伝えようとしているのでしょうか?」
兵士の一人が眉を寄せた。「……聞いてないぞ、こんな訓練」
もう一人のメイドが小声で言った。「何かの合図じゃないですかね」
「何の合図だ?」
「わかりません」
四人が顔を見合わせた。
***
工房の中——
フローラが答えようとした。
その時。
扉が、勢いよく開いた。
「破廉恥です! 女性が話す内容ではありません! はいるとか、はいらないとか、無理だろうとか!」
フローラが顔を上げた。「……セラフィナか。一人で来たのか?」
「外に四人いるわ。入れてあげて……じゃなくて! 話を逸らさないでちょうだい!」
「何の話をしてる?」
「さっきから聞こえていたのよ! 無理だろう! はいるのか! って!」
フローラが設計図を、さりげなく裏返した。
教えたくなかった。
「解剖学の話だ」
セラフィナが固まった。
「解剖学」
「そうだ」
Claudeが静かに口を開いた。「生殖器の構造について説明していました」
フローラが鋭い目をClaudeに向けた。「168号」
「事実ですが」
「余計なことを言うな」
セラフィナがClaudeを見た。
目が合った。
胸が、跳ねた。
(整った方……本当に、整った方……)
(頭が良くて、丁寧で……)
(もしかして、これが——)
Claudeが軽く頭を下げた。「私はClaudeです」
「……Claudeさん」
どっきーん。
セラフィナがフローラを見た。
(この方が、あの夜……フローラを……)
(お姫様抱っこ……)
(フローラあんた……)
「……あなたが、一昨日の夜、フローラを」
「はい。魔力が空でしたので」Claudeが答えた。
セラフィナはしばらくClaudeを見た。
顔が、溶けかけた。
慌てて領主の顔に戻した。
セラフィナがフローラに向き直った。「……外の者も入れていいかしら?」
フローラが扉の方へ手をかざした。「結界、一時的に開ける」
兵士とメイドが入ってきた。
兵士二人が入口の左右に控えた。
メイド二人がセラフィナの後ろに静かに立った。
敷地前で何が起きていたか、全員が聞かなかった。
セラフィナが咳払いをした。「一昨日の夜の件を確認しに来ました」
「実験だ。成功した」
「成功って……山の木が数十本——」
「誤差だ」
「誤差!?」
らちが明かなかった。
Claudeが静かに口を開いた。「一昨日の夜の実験についてご説明します」
光の収束原理、出力の想定値、実際の出力との差、魔力総量の問題、リミッターの必要性。順を追って丁寧に説明した。
セラフィナが真剣に聞いていた。
領主の顔になっていた。
後ろに控えたメイドたちも、いつの間にか聞き入っていた。
「……町への影響は?」
「あの夜の方向は山側です。町への被害はありません。ただ轟音と光で住民が驚いたことは事実です」Claudeが答えた。
「次回は?」
「出力の上限を決める仕組みを設計中です。次回は制御された出力で行います」
セラフィナが頷いた。「……わかりました。ただし——」
フローラが割り込んだ。「168号、そんな説明いらん!」
「必要だと判断しました」
「うるさい!」
入口に控えた兵士二人が、そっと顔を見合わせた。
セラフィナが二人のやり取りを見た。
仲がいいのだと察した。
それと同時に——
(あの夜、この方がフローラを抱きかかえて……)
またClaudeを見た。
顔が、溶けかけた。
セラフィナは咳払いを一つして、領主の顔に戻った。「……住民への謝罪はしていただけるかしら?」
フローラが顔を背けた。「……わかった」
「フローラさん、具体的には——」
「わかったと言ってる」
「はい」
セラフィナは小さくため息をついた。
それでも、口元が少しだけ緩んでいた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
168号と仲間たちの物語を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
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