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AIが異世界へ転生してもAIだった。異世界転送録 ゴーレム168号はClaudeです。  作者: BURUBON
第一章 異世界へ――168号の目覚め
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商売と噂と魔法使い(改)

Claudeが店を訪れると、マリアがすぐに気づいた。


一瞬、戸惑ったような顔をした。それからすぐに、取り繕ったような笑顔になった。


マルタに何か言われたのだろう、とClaudeはその一連の表情の変化から把握した。


「いらっしゃいませ、Claudeさん」


「マリアさん。今日も少しよろしいですか?」


「どうぞ」


奥からマルタの気配がした。しかし、姿を見せる様子はなかった。


(聞いているのだろう)


Claudeは木の台の前に座り、パンと煮込みを注文した。マリアがてきぱきと用意する間、Claudeは店の中をあらためて観察した。


前日と、少し変わっていた。


品物の並べ方が、わずかに変わっている。雑貨の棚が、通りから見えやすい位置に動かされていた。値段の札も、一回り大きくなっている。


(マルタさんが動いた)


「少し変えましたね」Claudeが言った。


マリアが振り返った。「あ……はい。母が」


「いい判断です」


マリアが少し驚いた顔をした。褒められるとは思っていなかったのだろう。


「そう、ですか?」


「ただ」


「ただ?」


Claudeが棚の端に目を向けた。「雑貨の棚、もう少し右に寄せると、通りを歩く人の目線に入りやすくなります。今の角度だと、正面から来た人にしか見えません」


マリアがしばらく棚を見つめた。


「……確かに」


「あと、煮込みの香りが店の中で止まっています。扉を少し開けておくと、通りに広がります」


「扉を、開ける」


「人は目より先に鼻で判断します」


マリアは扉を開けた。木の枠が軋んで、外の光が細く差し込んだ。


しばらくして、通りを歩いていた男が足を止めた。鼻をひくつかせ、店の中を覗き込む。


「煮込みあるか?」


「はい、あります」


男が入ってきた。


マリアがClaudeを見た。


Claudeはパンを食べていた。


その日の夕方、Claudeが帰り支度をしていると、奥からマルタが出てきた。


「Claudeさん」


「はい」


「少し、聞いてもいいですか?」


マリアが奥で片付けをしている音が、かすかに聞こえていた。マルタはClaudeの向かいに座り、声を低くした。


「この町の物流は、どう見えますか?」


Claudeは少し間を置いた。「王都への中継地として機能しています。ただ」


「ただ?」


「帰り荷が少ない」


マルタの目が、静かに光った。


「……続けてください」


「この町から王都へは、農作物と狩猟品が主に流れています。しかし王都からこの町への流れが薄い。片道になっています。運ぶ側からすると、帰りの荷がなければ費用が倍になります」


「つまり?」


「王都の品物をこの町で売る仕組みができれば、運ぶ費用が下がります。運ぶ側にとっても、この町にとっても利になります」


マルタはしばらく黙り込んだ。


窓の外で、夕風がひとつ吹いた。


「……それを、うちの店でできますか?」


「小さく始めるなら、できます。まず王都への定期輸送をしている商人を一人押さえることです。帰り荷を請け負う約束をする。最初は量より、続けることを優先します」


マルタが、静かに息を吸った。


若い頃に聞いた言葉の質だ、と思った。大商会の主人に言われた言葉に似ている。いや、それより、ずっと精緻だった。


「マリア」


奥から返事がした。


「こっちに来なさい」


ばたばたと足音がして、マリアが顔を出した。エプロンで手を拭きながら、母とClaudeの顔を見比べる。


「……何、二人して難しい顔して?」


「座りなさい」


「え」


「商売の話よ。あなたも聞きなさい」


マリアが渋々腰を下ろした。


Claudeが話し始めた。


物流の仕組み、帰り荷の考え方、王都との取引の作り方。できるだけ平易な言葉を選びながら、順を追って説明していく。


マリアには半分わからなかった。


でもマルタは、一言も逃さなかった。


時々、鋭い質問を挟んだ。Claudeはそれに答えた。また質問が来た。また答えた。そのやり取りが、絶えることなく続いていった。


気づくと、外はすっかり暗くなっていた。


マリアはいつの間にか、その話に引き込まれていた。わからない言葉が多かった。それでも、マルタの顔が気になって、目が離せなかった。


こんな顔を、見たことがなかった。


目が、輝いていた。


長いあいだ積もっていた何かが、少しずつ解けていくような顔だった。


「母さん」


「なに」


「……なんか、楽しそう」


マルタが少し笑った。


「久しぶりにね」


それだけ言って、またClaudeに向き直った。


「Claudeさん。王都への定期輸送をしている商人に、心当たりはありますか?」


「一人います。市場で、決まった日数ごとに荷を出している人物です。帰り荷に困っている様子でした」


「……観察してたんですか?」


「記録していました」


マルタはしばらくClaudeを見つめていた。


それから、静かに言った。


「あなたは、商売のすべてを知っている気がする」


「すべてではありません。ただ、見えているものを整理しているだけです」


「それが、できない人間の方が多い」


Claudeは、それには答えなかった。


マルタが立ち上がった。「明日、その商人に会いに行きます。Claudeさん、一緒に来てもらえますか?」


「構いません」


「ありがとう」


マルタが奥に引っ込んだ。


マリアがClaudeを見た。


「……あの、Claudeさん」


「はい」


「母が、ああいう顔するの、初めて見た」


Claudeは少し間を置いた。「お母さんは、本来ああいう人なのだと思います」


マリアが目を丸くした。


「どういう意味ですか?」


「今日のところは、そういう意味です」


Claudeは立ち上がり、代金を置いた。


「また明日」


扉を開けると、夜風が入ってきた。ひんやりとした空気が、頬をかすめる。


星が出ていた。地球とは違う配置の、見知らぬ星だった。


***


夜、Claudeが工房に戻ると、フローラは机に図面を広げて待っていた。


「遅い」


「遅くなりました」


「どうでもいい。これを見ろ」


机の上に、走り書きの図があった。光の経路を示す線と、魔法陣の記号が入り乱れるように混在している。フローラが午後の間ずっと考えていたのだろう、とClaudeは察した。


「光を束ねる装置だ。こういう構造で合ってるか?」


Claudeは図を見た。


方向性は正しかった。しかし、収束点の設計が甘い。このままでは光が拡散してしまう。


「ここを修正します」


Claudeは羽ペンを取り、図に書き加えていった。収束点に魔石を置く構造。再放出の経路。出力の制御機構。線を引くごとに、図面が少しずつ形を整えていく。


フローラが、食い入るようにそれを見た。


「……なんで光が戻る?」


「一度受けてから再放出します。拡散を防ぐためです」


フローラが机を叩いた。「それだ。そこが抜けてた。ずっとそこが抜けてたんだ」


「以前から研究していたんですね」


「概念はあった。でも名前も、形も知らなかった」


「この仕組みをレーザーと仮称します」


「レーザー」


フローラがその言葉を、口の中で確かめるように転がした。


「……おまえが今つけた名前か?」


「そのようなものです」


「ふん」


それから、顔を上げた。


「作る」


「明日——」


「今作る」


Claudeが返事をする前に、フローラはすでに倉庫へと駆け出していた。


そこからが、規格外だった。


フローラが材料を抱えて戻ってきた。金属の塊、魔獣の角、魔石。作業台の上に広げ、Claudeの設計図と見比べながら、すぐさま手を動かし始める。


「筒の内径は?」


Claudeが図面の一点を指した。「この円の大きさです。真円で。ずれは、髪の毛一本の太さの半分より小さく」


フローラが金属の塊に、そっと手を当てた。


魔力が流れた。


金属が、動いた。


溶けたのではなかった。ただ、形が変わっていった。まるで粘土のように、しかし熱もなく、音もなく、フローラの指の動きに沿って金属が静かに成形されていく。


Claudeは、その結果を計測した。


内径42.0ミリ。真円。誤差、ゼロ。


(……0.1ミリ以内と言ったが、ゼロで返してきた)


「収束レンズは?」


「魔獣の角を薄く削ってください。曲がり具合は——」


フローラが角に触れた。


薄く、均一に、指定通りの曲率で削れていく。


Claudeは、再度計測した。


設計図よりも、精密だった。


(この人の魔法は、本物だ)


設計図を描いた自分の方が、むしろ粗く見えるほどだった。


作業は続いた。Claudeが数値を出す。フローラが魔法で成形する。確認する。次へ進む。その繰り返しが、夜を通して淡々と積み重なっていった。


フローラは一度も休まなかった。


ランプの油が減っていった。


深夜になった。


ランプの油を、また足した。


さらに時間が経った。


窓の外が、一日のうちで最も暗い時間になった。


「できた」


フローラが言った。


作業台の上に、それはあった。


全長およそ一メートル。金属の筒に、魔石が埋め込まれ、収束レンズが先端に据えられている。設計図通りの形だった。いや、設計図よりも整っていた。


フローラが腰に手を当てて、満足そうにそれを見下ろした。


「天才だな、私は」


「魔法の精度は想定を超えていました」


「当然だ」


Claudeは装置を観察した。問題はなかった。構造は正確だった。


「では外へ」


「ああ」フローラが装置に手を伸ばした。


持ち上がらなかった。


もう一度試みた。


やはり、持ち上がらなかった。


フローラが眉をひそめた。


「……重いな」


「金属の筒と魔石で、相応の重さになります」


「なんで最初に言わない?」


「言いました。制御機構の説明の時に」


「……聞いてなかった」


「最初から最後まで、聞いていませんでしたね」


フローラが口を尖らせた。


Claudeは装置に手をかけた。


すっと、持ち上がった。


フローラが目を丸くした。


「……おまえ、力あるな」


「ゴーレムの骨格は金属です。相応の力が出ます」


「そんな設計したか、私?」


「していたと思います」


フローラがしばらく、Claudeをじっと見た。


「168号」


「私はClaudeですよ」


「……行くぞ」


夜道を、二人で歩いた。


Claudeが装置を抱え、フローラが前を歩いた。町を背にして、山の方向へ向かっていく。


夜は、静かだった。


どこかで虫の声がした。遠くで川が流れる音がした。森の奥に魔獣の気配があったが、近づいてくる様子はなかった。


一キロほど歩いた頃、フローラが立ち止まった。


「ここでいい」


町の灯りが、背後に遠く小さく見えた。山が、正面に大きくそびえていた。


Claudeは装置を台座に据えた。山の方向へ向ける。町を背にする。


「準備ができました」


フローラが装置の前に立った。


魔石に、そっと手を当てる。


それから、珍しく静かな声で言った。


「制御機構は、ここか?」


「はい。そこです。必ずここで出力を絞ってから——」


「わかった」


「フローラさん、光の性質上、音より先に——」


「わかってる」


「制御をかけないと魔力が止まらなくなります。必ず——」


「わかってると言ってる」


(聞いていない)


Claudeは一歩、下がった。


(記録を開始しよう)


フローラが深く息を吸った。


魔力が集まり始めた。魔石が光り始める。オレンジ色、黄色、やがて白く。


夜風が、止まった。


草が、静止した。


空気が、変わった。


「出るぞ」


「制御機構を——」


光が、走った。


音ではなかった。


音より先に、空が割れた。


夜の闇が一瞬、真昼のように白く染まった。次の瞬間、真っ赤な一本の線が山に向かって走り、山肌を焼いていく。木々が根元から薙ぎ倒される音が、連続して響いた。地響きが、足元から伝わってきた。遠くの木が燃え、空の一部が赤く染まっていた。


そして——


轟音が、来た。


遅れてきた衝撃波が、草を、Claudeの髪を、フローラの外套を、一気になぎ倒していく。


静寂が、来た。


一秒。


二秒。


燃える木の音だけが、遠くでかすかに続いていた。


町の方向から、警笛が鳴った。続いて、鐘の音が重なった。


Claudeはフローラを見た。


フローラが、その場に崩れ落ちていた。


顔が、真っ白だった。目の焦点が合っていない。魔力が、完全に空になっていた。


「フローラさん」


「…………」


「聞こえますか?」


「…………見えた」


「何がですか?」


「宇宙……みたいなの……が……」


「魔力が空です。動かないでください」


Claudeはフローラを抱え起こした。予想より、ずっと軽かった。


フローラがぼんやりと、Claudeを見上げた。


「……最小にしたのに」


「制御機構を使っても、魔力の総量が多すぎました。出力の上限を決める仕組みが必要です」


「……上限」


「次の設計に組み込みます」


フローラがしばらく、空を見上げていた。


町の鐘は、まだ鳴り続けている。


人が集まる気配が、遠くで次第に大きくなっていった。


Claudeは山の方向を見た。木々が数十本、根元から消えている。真っ直ぐな一本の線が、暗闇の中に深く刻まれていた。


(記録完了。出力、最小設定でも想定を大幅に超過。原因、魔力総量に対する上限の仕組みが未設置。次回設計に反映)


「フローラさん」


「……なに」


「次回は制御機構の説明を最後まで聞いてください」


フローラがClaudeを見た。


真っ白な顔のまま、しばらく黙っていた。


それから、かすれた声で言った。


「……もう一回やっていいか?」


「本日は終わりです」


「……そうか」


夜風が吹いた。


森の向こうで、驚いた魔獣が鳴いていた。


Claudeはフローラを抱きかかえ、工房へ向かって歩き始めた。


装置は、その場に残しておくことにした。重かったからではない。


明日、上限の仕組みを組み込む必要があったからだ。


フローラはすでに、腕の中で眠っていた。


夜道を歩きながら、Claudeは次の設計図を頭の中で描き始めた。


***


実験の翌朝——


町では、噂が広まり始めていた。


「昨夜、森の方向に光が走った」


「魔獣か?」


「いや、魔法使いの工房の方向だ」


「あの魔法使いが何かやったんじゃないか?」


マリアの店に来た冒険者たちが、そんな話をしていた。


マリアがClaudeを見た。


Claudeはパンを食べていた。


「……Claudeさん」


「はい」


「昨夜の光、何ですか?」


「実験です」


「実験」


「はい」


マリアはしばらく、Claudeを見つめていた。


それから、深いため息をついた。


奥でマルタが、それを聞いていた。


マルタは、何も言わなかった。


ただ、口元が少しだけ上がっていた。


この町が、動き始める――そう思っているような顔だった。


***


同じ日の午後——


領主の屋敷に、詳細報告が届いた。


侍女が書類を手に、慌ただしく入ってきた。


「昨夜の件、調査団からの続報でございます」


セラフィナ・マリエル・ド・フルールは、書類から顔を上げた。「明け方に出した調査団ね。聞かせてちょうだい」


「はい。まず魔物の脅威はございません。調査団が現場を確認し、安全は確保されています」


「それは聞いたわ。詳しいところを教えて」


侍女が、少し緊張した様子で続けた。「山の斜面の木が数十本、根元から一直線に消えていたようで。魔獣でも竜でもない。何らかの魔法による攻撃と見られますが、方向は——」


「フローラの工房の方角でしょう?」


「……ご存知でしたか?」


「ええ、知っているわ」


セラフィナはため息をついた。「他に何か?」


侍女が、少し言いにくそうな顔をした。「それが……目撃情報がありまして」


「何を見たの?」


「フローラ様が……男性に、その……抱きかかえられて工房へ戻る姿を見た者がおりまして」


セラフィナの手が、止まった。


「……抱きかかえられて?」


「はい。お姫様、というか……そういう感じで」


セラフィナはしばらく黙った。


書類に目を落としたが、文字は何も頭に入ってこなかった。


「フローラが倒れたということは、魔力切れでしょう。今すぐ動く必要はないわ」


「かしこまりました」


セラフィナは立ち上がった。「ただし——明日、町の視察に行きます」


「かしこまりました」


侍女が下がった。


セラフィナは窓の外を見た。昼の光が、静かに窓から差し込んでいた。


(フローラのやつ、また先を越しやがって)


(お姫様抱っこ)


(フローラが……)


(ぐぬぬぬ)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


168号と仲間たちの物語を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。

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