水で切る
問題は、許可だった。
詰所の裏にあるレーザーは、領主邸の敷地内にある。勝手に持ち出すわけにはいかない。
Claudeは処理した。
セラフィナへの説明が必要だ。説明する内容は——レーザーを分解して、水を圧縮するノズルを作って、石を切る装置を作りたい。
問題は、この説明をフローラがすると何が起きるかだ。
Claudeは過去の事例を処理した。
フローラが一般人に説明した事例。ゴーレムを作る理由を説明した時、相手が半分泣いた。フローラのトイレの必要性の説明を聞いたソフィが三日間考え込んだ。
今回の説明は、それより複雑だ。
「フローラさん。セラフィナ様への説明は私がします」
「なぜだ?」
「フローラさんの説明は正確すぎます」
「何が問題だ?」
「相手が理解できません」
フローラは少し間を置いた。
「……わかった」
***
セラフィナは執務室にいた。
書類を見ていた。
扉をソフィが開けた。
「フローラ様とClaudeさんがお越しです」
「通してください」
Claudeとフローラが入ってきた。
「お忙しいところ申し訳ありません。お話と、許可をいただきたいことがあって参りました」
セラフィナは書類を置いた。ソフィに目を向けた。
「エドワール団長を呼んでください」
「はい」
しばらくして、エドワール団長が入ってきた。部屋の隅に立った。
セラフィナが長椅子を示した。「どうぞ、おかけください」
トイレの工事以来、こういう時に立ち話をしなくなった。Claudeの話は、座って聞く方がいい。そう思うようになっていた。
フローラが座った。Claudeも座った。
セラフィナはClaudeを見た。
「お話と許可、とは?」
「石工から相談がありまして。石を思い通りに切り出す方法を、フローラさんと話し合っていたんです。その過程で——詰所の裏にある装置の部品が使えるかもしれない、という話になりました」
「装置……あの、没収したものですか?」
「はい」
セラフィナは少し間を置いた。
「石を、あのレーザーで切るんですか?」
「いいえ。レーザーそのものは使いません。装置を分解して、部品を取り出します。金属の管の部分です」
「分解、というのは?」
「修理はしません。材料に戻します」
セラフィナはしばらく考えた。
「……それでしたら、新しい部品をご用意することもできますが」
Claudeはその一言を処理した。
なるほど。こちらの様子を見ている。レーザーを手放したくないのか、それとも別の何かを探っているのか。
領主というのは、話を聞きながら別の話を考えているものだ。
「そもそもあの装置は、修繕して使える状態ではありません。フローラさんと私が二人揃わないと動かせない、特殊なものです。兵器として考えた場合、危険を消してしまう方が得策ではないでしょうか?」
「兵器であれば。いいも悪いも含めて、検討してからでないとお返しできません」
Claudeはその返答を処理した。
義務を主張している。しかし目が少し違う。何かを聞き出したいのだ。
Claudeは少し間を置いた。
そして、部屋を見た。
窓の近くに、花が飾ってあった。白い小花だった。
「……この部屋、お花ですか。とても品がありますね。いい香りがします」
セラフィナが少し止まった。
「ええ、まあ……」
「以前からお飾りでしたか?」
「……以前も飾っていましたが。以前は、お花の香りがあまり感じられなくて」
「今は感じられますか?」
「はい。最近、この部屋の空気が変わった気がして——」
セラフィナはそこで止まった。
Claudeを見た。
「……トイレですね」
「はい」
セラフィナは少し間を置いた。
「……ずいぶん遠回りをしましたね」
「恐縮です」
「言いたいことはわかりました。トイレの工事で、兵士も侍女も職人も、みんなが動いた。結果が出た。今度はその石工が相談に来て、フローラが立ち上がった。その流れでレーザーを解体して、石の加工の技術に転用したい。領の発展に繋がる。だから許可を出せ、ということですね」
「おっしゃる通りです」
「少し芝居がかっていましたが」
「恐縮です」
セラフィナはエドワール団長を見た。エドワール団長は何も言わなかった。しかし頷いた。
「……わかりました。腹の探り合いはやめましょう。心証を悪くしたくありませんし」
「ありがとうございます」
フローラがClaudeを見た。
「心証というのは誰にだ」
「フローラさん」
「誰の心証を気にしているんだ? 石工か、私か、それともこいつか?」
「フローラさん」
「いや、聞いておきたい。心証というのは——?」
「少し黙っていてもらえますか?」
フローラは黙った。
珍しかった。
セラフィナは少し笑った。
エドワール団長も、少し笑った。
「解体の許可を出します。ただし、エドワール団長を立ち会わせます」
「ありがとうございます」
「危ないことはしないでください」
「努力します」
「努力、というのは少し不安ですが。まあ、いいです」
フローラはすでに立ち上がっていた。
***
詰所の裏に、レーザーはあった。
布が被せてあった。布を取ると、金属の筒が出てきた。以前より少し錆が出ていた。
エドワール団長がそれを見た。
「……やはり物騒ですな」
「はい」
「これが、石を切る道具になるんですか?」
「部品がなります」
エドワール団長は少し間を置いた。
「……分解するんですね?」
「はい」
「もったいないですな」
「転用します。同じ金属が、今度は水で石を切ります」
エドワール団長は少し考えた。
「……そちらの方が平和ですな」
「はい」
フローラがレーザーを指した。
「持て」
Claudeがレーザーに手をかけた。
「手伝います」エドワール団長が反対側を持った。
「ありがとうございます」
二人でゆっくり運んだ。フローラが先に歩き始めた。
***
工房に着くと、入口の前にヴァルターとレオンが立っていた。
「待っていてくださったんですか?」
ヴァルターが腕を組んだまま答えた。「話は聞いた。水で石を切るんだろう」
「はい」
「台座が要る。装置を固定する台がないと、水が暴れる」
Claudeは処理した。その通りだった。
「設計図を描きます。固定台の寸法と構造を」
「くれ」
「今夜描きます。明日渡せます」
ヴァルターは頷いた。
「三日待ってくれ。それで作る」
レオンが言った。「場所は石切り場を使う。現場を片付けて、場所を確保する。三日あればできる」
「では三日後に」
ヴァルターが帰った。レオンも帰った。
***
工房での分解作業は、日が傾くまでかかった。
フローラが魔法で接合部を外した。Claudeは隣の作業台で設計図を描いていた。固定台の寸法と構造。明日ヴァルターに渡す図だった。
エドワール団長は隅に椅子を置いて座っていた。
最初は監視のつもりだった。
しかし気がつくと、椅子が作業台に近づいていた。
「この金属の管は、何をしていたんですか?」
Claudeは設計図から顔を上げた。
「光を通す部分です。内側の精度が高い。この内側を使ってノズルを作ります」
エドワール団長が管を覗いた。「なるほど……きれいですな」
「はい」
「これが水を通すんですね?」
「はい。フローラさんが魔法で先端を絞ります。髪の毛より細い穴になります」
エドワール団長は管を戻した。
「……フローラ殿は、何でも作れるんですね」
「得意なことが多いです」
「レーザーも作って」
「はい」
「トイレも」
「はい」
「今度は水で石を切る装置も」
「はい」
エドワール団長はしばらく考えた。
「……Claude殿は」
「はい」
「フローラ殿に、何を作るか頼んでいるんですか?」
「提案することはあります」
「フローラ殿は断らないんですか?」
「面白いと思ったものは作ります」
エドワール団長はフローラを見た。フローラは部品を魔法で整形しながら、完全に自分の世界に入っていた。
「……なるほど。Claude殿が考えて、フローラ殿が作る」
「おおよそそうです」
「では、この町で起きていることの多くは?」
「多くは、そうかもしれません」
エドワール団長はしばらく黙っていた。
「……私はずっと、Claude殿がどういう存在なのか判断しかねていました」
「はい」
「しかし。今は少し、わかる気がします」
「どういう存在ですか?」
エドワール団長は少し間を置いた。
「……なんとなく、そう思っただけですので」
Claudeは何も言わなかった。
フローラが「できた」と言った。
形を変えた新しい装置が、そこにはあった。
***
三日後、石切り場に全員が集まった。
ヴァルターが作った固定台が中央に置いてあった。頑丈な木組みの台だった。装置を乗せてみると、ぴたりと収まった。
レオンが石を一枚用意していた。平らな石灰岩だった。
ヴァルターもいた。エドワール団長もいた。セラフィナもいた。ソフィとエリザも来ていた。
気がついたら全員いた。
セラフィナは固定台を見て、ヴァルターを見た。
「……三日で作ったんですか?」
「はい」
セラフィナは何も言わなかった。
「始めます。水と小石が飛ぶ可能性があります。少し離れてください」
全員が数歩下がった。
レオンだけその場に残った。革の前掛けをしていた。目を守る布も巻いていた。石切り場での仕事着だった。
Claudeが装置を固定台に乗せた。水桶から管を通して水を引いた。
フローラは少し離れて腕を組んだ。見ている側だった。
「説明します」
レオンが近づいた。
「この管から水が出ます。フローラさんが魔法で圧縮しますので、レオンさんが装置の向きを石に合わせて、この部分を押してください。まっすぐ保ってください。装置が動くと線が曲がります」
「わかった。俺が動かすんだな」
「はい。準備ができたら言ってください。フローラさんが魔法を込めます」
レオンは装置を両手で持った。固定台に固定した。向きを確かめた。石に合わせた。
「いい」
「フローラさん」
フローラが魔法を込めた。
「押してください」
レオンが押した。
細い水の筋が出た。
かすかな音がした。石に当たる、砂を削るような音だった。
全員が固唾を呑んだ。
しばらく、何も変わらなかった。
水が当たり続けた。白い粉が少し舞った。
レオンが止めた。
石に近づいた。しゃがんで指で触れた。
「……傷がついた。切れてはいない」
「砂を混ぜます。水だけでは石には足りません。削る役目のものが要ります」
Claudeは水桶に砂を一掴み入れた。かき混ぜた。
「もう一度お願いします」
レオンが構えた。フローラが魔法を込めた。
今度は音が違った。
ざりざりとした、石を削る音だった。
水と砂が石に当たり続けた。
誰も動かなかった。
誰も話さなかった。
時間が経った。
どれくらい経ったか、正確にはわからなかった。
レオンが止めた。
石に近づいた。
しゃがんだ。指を入れた。
細い溝が走っていた。深さは爪の先ほど。しかし断面が滑らかだった。
「……削れた。鑿とは違う」
「続ければ切り抜けます。時間はかかります」
「どれくらいだ?」
「この石の厚さなら、日差しの角度が変わるくらいはかかると思います」
レオンはしばらく溝を見ていた。
「……やる」
フローラが魔法を込め直した。
レオンが押した。
ざりざりとした音が再び始まった。
全員がその場に残った。
セラフィナも動かなかった。エドワール団長も動かなかった。ヴァルターも腕を組んで立っていた。
音が続いた。
水が跳ねた。砂が舞った。
そして——
石が、二つになった。
レオンがゆっくり立ち上がった。
断面を見た。滑らかだった。鑿で割った荒い断面とは、まったく違った。
「……切れた」
今度は声が違った。
ずっと、割ることしかできなかった石工の声だった。
エドワール団長がClaudeに近づいた。小声で言った。
「……これは、すごいことではないですか?」
「はい。すごいことだと思います」
「平和に使えますね?」
「はい。石を切るためだけに使います」
エドワール団長は頷いた。
「……よかった。本当に、よかった」
セラフィナが装置に近づいた。
「フローラが魔法を込めないと動かないんですね」
「はい」
「フローラがいない時は使えない」
セラフィナはフローラを見た。
「どうにかなりますか?」
「蓄積魔石を組み込む。着脱できるようにしておけば、切れたら外して持ってくればいい。私か、他の魔法使いに入れてもらえる」
「それは——簡単にできますか?」
「今すぐできる」
「では、お願いします」
セラフィナはレオンの方を向いた。
「レオンさん。魔法使いへの紹介状を出します。魔力の補充が必要になった時に使ってください」
レオンは少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
フローラは装置を見ていた。
次はもっと細くできる、という顔をしていた。
***
数日後、領主邸に荷物が届いた。
レオンとヴァルターが二人で運んできた。
布を解くと、テーブルが出てきた。
天板は石でできていた。白い石灰岩だった。水で切り出した断面が滑らかだった。石の層が光を受けて、きらびやかに浮かび上がった。白と灰の縞模様が、磨かれたように輝いていた。
脚は木だった。楢と白樺の組木だった。木目が細かく、均一だった。引き鉋で仕上げた表面が、光をなめらかに返していた。
石の天板と、木の脚。
二つが組み合わさっていた。
セラフィナはしばらく何も言わなかった。
「……きれいですね」
ヴァルターが少しうつむいた。「……石は、レオンが切りました。木は、その……俺が、削りました」
「二人で作ったんですね」
「はい」
セラフィナはテーブルに触れた。石の断面を指で辿った。木目を指で辿った。
「この白い石の輝きは——」
「水で切ったからです。鑿で割った断面とは違います」レオンが答えた。
「この木の脚の滑らかさは——」
「引き鉋です」ヴァルターが答えた。
セラフィナはもう一度テーブルを見た。
「こんな素晴らしいものを作っていただけるとは。大切に使わせていただきます」
ヴァルターが少し頷いた。レオンも頷いた。
二人とも、それ以上は口を開かなかった。それで十分だった。
石の白い輝きと、木の温かい木目。
それぞれが別々の場所で生まれた技術だった。トイレから始まり、大工の道具から生まれ、石工の悩みから生まれた。
すべてがつながって、一つのテーブルになっていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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