積み上がるもの
工事が十日を過ぎた。
領主邸の北側は、もう元の姿を留めていなかった。
処理槽の穴は深く掘り終えて、石工が内側の壁を積んでいた。石灰モルタルで目地を埋めながら、一段一段、丁寧に積む。槽の内側は特に念入りだった。水が染み出ないよう、モルタルを二重に塗る。外側の土を戻すのはまだ先だ。
縦穴は井戸掘り職人が一丈まで掘り下げていた。
職人が報告した。「底が砂質になった。水がよく通る。水まではまだ間がある。ここで止めていい」
Claudeが言った。「砕石を入れます。運んでもらえますか?」
商人のベルクが言った。「手配します」
ベルクは工事が始まって三日目から現場に入り込んでいた。最初は石灰石と砂を納品しに来ただけだったが、現場を見て、次の日もまた来た。その次の日も来て、気がつけば材料の手配全般を仕切るようになっている。
誰も頼んでいなかった。しかしいると助かった。
ベルクが手帳に何かを書き込みながら言った。「砕石は明日の朝には届きます。縦穴の上蓋の石は、どうしますか?」
「平たい石が四枚要ります。真ん中に穴を開けて」
「承知しました」
ベルクはすでに歩き出していた。
***
スライムが届いたのは、十一日目だった。
冒険者組合からの使いが先に来た。
使いの若者が言った。「届きます。ただ——少し時間がかかりました」
Claudeが聞いた。「何かありましたか?」
「依頼書の内容で、受ける冒険者がなかなか見つからなくて」
ガレスが少し視線を外した。
依頼書はガレスが書いた。三日かけて何度も書き直し、最終的にこうなった。
*スライム捕獲依頼。小型、数匹。生きたまま捕獲のこと。運搬中も生存を保つこと。用途は領主邸の施設整備。詳細は受注後に説明する。報酬は通常の三倍。*
使いが言った。「詳細は受注後に説明する、というのが問題でして。怪しいと思った冒険者が多くて」
ガレスが言った。「そうか」
「最終的に、好奇心の強い二人組が受けてくれました」
その二人組が午後に来た。
革鎧を着た女と、大きな荷箱を担いだ男だった。荷箱の中から、ぐじゅぐじゅとした音がしている。
後ろに、見慣れない顔が四、五人ついてきていた。
ダンが使いの若者に小声で聞いた。「……あの人たちは?」
「組合の者です」
ダンが重ねて聞いた。「なぜ一緒に?」
使いが少し申し訳なさそうに言った。「命を張らずに済むし、報酬が三倍になる。しかも腕に自信がなくても、体力があればできる。組合員が気になって、詳細を一緒に聞きに来た、ということで。追い返しましょうか?」
ダンはClaudeを見た。
Claudeは少し考えた。
「構いません」
Claudeが処理槽の説明をした。有機物を分解する役割、密閉した暗所での働き、においが出ない性質。後ろの四、五人も、二人組に混じって聞いていた。
女は聞きながら、だんだん顔が変わっていった。
「……トイレの処理に、スライムを使う」
Claudeが頷いた。「はい」
「生きたまま捕まえてきたのはそのためか?」
「はい」
女は男を見た。男は荷箱を見た。荷箱の中でぐじゅぐじゅという音がした。
「……三倍もらってよかった」
後ろの組合員たちが顔を見合わせた。
一人が手を挙げた。
「あの——この依頼、定期的にありますか?」
全員がClaudeを見た。
Claudeは少し処理した。
スライムの分解能力には限界がある。槽の容量がいっぱいになれば、入れ替えか補充が必要になる。定期的な依頼になる可能性は高い。
「なると思います。今後、町全体に広がれば、もっと多くなるかもしれません」
組合員たちがまた顔を見合わせた。今度は違う顔だった。
組合員の一人がつぶやいた。「……町全体に」
Claudeが付け加えた。「段階的にですが」
しばらく沈黙があった。
後ろの一人が、隣の一人に耳打ちした。
ガレスはその様子を少し離れたところで見ていた。
依頼書を書くのに三日かかった苦労が、少し報われた気がした。
***
十三日目の昼、陶器職人の職人仲間が現場に来た。
荷車に陶管が積んであった。
職人仲間——ハンスが言った。「配管、持ってきました。イグナーツさんから言付かっています」
Claudeが聞いた。「便器の進捗はどうですか?」
「順調です。白い土、ありました。北の崖から取ってきました。フローラさんの言った通りの場所で」
「量は足りますか?」
「十分あります。あの崖、かなり大きな層になってる。町全体分作っても余るくらい」
フローラが少し目を細めた。「便器の成形は?」
「職人が八人で一人一個ずつ作っています。管も手分けして作ってます。全部できたら窯に入れる。今は窯待機の状態です。イグナーツさんが言ってました。二十日の約束だが、うまくいけば十七日で出せるかもしれない、と」
「早くなるのか?」
ハンスが少し笑った。「職人全員がやりたがってるらしくて。見たことがない形だから、みんなで取り合いになったそうです」
セラフィナがその報告を聞いていた。
「……八人が取り合いになった」
ハンスが頷いた。「はい」
セラフィナは少し間を置いた。
「できあがったら、見せてください」
「必ず」
***
陶管の設置が始まった。
溝を掘って管を並べる。勾配を確認する。接続部をモルタルで仮止めする。フローラが一か所ずつ魔法で密閉する。
フローラが言う。「次」
ヴァルターが次の接続部を示す。「次、はい」
フローラが密閉する。
「次」
この繰り返しだった。
ヴァルターは最初、フローラの隣で作業することに緊張していた。しかし三か所目からは普通に動くようになり、フローラも余計なことは言わず、必要なことだけを言った。
フローラが手を止めた。「ここ、勾配が足りない」
ヴァルターが顔を上げた。「どれくらい?」
「もう少し下げる」
ヴァルターが調整した。フローラが確認した。
「いい」
それだけだった。
Claudeはその様子を見ていた。
二人が一緒に動いている、というより——二人で一つの作業をしている、という感じだった。フローラが精度を出し、ヴァルターが構造を作る。役割が違うから、邪魔をしない。
十五日目の夕方、配管がすべて処理槽に繋がった。
ヴァルターが最後の接続部を確認した。
「終わった」
フローラが最後の密閉をした。
ダンが兵士たちに声をかけた。「埋めます」
スコップが動き始めた。掘り起こしてあった土を、溝に戻していく。端から順番に埋めていく。ならして、踏み固める。また次の区画を埋める。
誰も話さなかった。スコップが土をかける音だけがしていた。
日が傾いた頃、最後の土が埋め戻された。
兵士が道具を片付けた。
誰も何も言わなかった。
しばらく、その場の全員が地面を見ていた。
見えない。埋まっている。端から端まで、どこにあるかわからない。
しかし繋がっている。
「あとは便器だけですね」Claudeが言った。
フローラが頷いた。「あと八日。イグナーツの見立てだ」
Claudeは、埋め戻した地面に目を戻した。
フローラは手についたモルタルを布で拭った。
空を見た。夕暮れが始まっている。
「……早いな」
何が早いのか、誰も聞かなかった。
しかし全員が、少し同じことを思っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
168号と仲間たちの物語を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
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