窯場
話は少し先へ進む。
六日目の朝のことだ。
陶器職人の窯場は、町の外れにあった。
煙突が二本立っていた。敷地の奥に登り窯がある。手前の作業場から、土を練る音がした。
フローラが工房を出る前に言った。「重い」
Claudeが原型を受け取った。「持ちます」
フローラが先に歩いた。Claudeが後ろに続いた。
職人——イグナーツは作業場の奥にいた。轆轤の前に座り、碗の形を整えている。二人が入ってきても手を止めず、碗が仕上がってから、ようやく顔を上げた。
「来たか」
フローラが作業台に原型を置いた。「原型ができた」
イグナーツは立ち上がって近づいた。
原型を手に取った。便器の本体部分、S字管の部分、それぞれ別々に成形してある。ひとつひとつ、指で触れながら見ていった。
長い間、何も言わなかった。
「……魔法で作ったのか?」
「そうだ。精度は出してある」
イグナーツが頷いた。「わかる。素人の手跡がない」
イグナーツはS字管の断面を指で辿った。曲がりの内側、外側、肉厚が均一だった。
「このS字の形——焼くと歪む可能性がある」
「どこが歪みますか?」
イグナーツが管を持ち上げた。
「曲がりの内側が縮む。外側が引っ張られる。乾燥の段階でも、焼成でも。形が複雑なほど、動く」
「対策はありますか?」
「支えを入れる。焼成中に形を保つ台を作る。手間がかかるが、できないわけではない」
イグナーツは便器本体を手に取った。座面の曲線、排水口の位置、底の厚み。
「これは——座る道具か?」
「はい。人が腰を下ろして使います」
イグナーツはしばらく便器を見ていた。何に使うものか、まだ完全には理解していない顔をしている。それでも、形への興味は本物だった。
イグナーツが棚から図を取り出した。
「設計図をもらっていた。見た。うちの職人に見せた」
「どうでしたか?」
「やりたい、と言った。私もそう思った」
フローラが少し目を細めた。
「焼けるか?」
「焼ける。ただし、一つ問題がある」
「白い土、ですか?」
イグナーツがClaudeを見た。
「……知っているのか?」
「想定していました。この便器を白く仕上げるには、素地から変える必要があります。風化した石から取れる白い粘土が要ります。川床か、山の崖に露出している場所があるはずです」
フローラが少し考えた。
「……見たことがあるかもしれない」
イグナーツがフローラを見た。
「北側の崖か。白っぽい層が出ている場所がある。何の石かわからなかったが」
「私もあそこは気になっていた」
「確認してみる価値があります」
イグナーツは窓の外を見た。山の方角を見ていた。
「釉薬はどうする?」
「表面をガラス質で覆います。釉薬があれば対応できますか?」
「釉薬ならある。石灰と長石と珪石で、透明な釉が作れる。下の土が白ければ、白く仕上がる。うちにある材料で調合できる」
「それは助かります」
イグナーツが原型を作業台に戻した。
「ただし、この原型をそのまま焼いても量産はできない。型が要る」
「型を取るということですか?」
「まず原型を素焼きする。それを元に型を取る。同じ形を量産できる。一個だけなら型はいらないが、管も何本も要るんだろう?」
「はい。個室四つ分、処理槽まで繋ぐ分が要ります」
「なら型は作った方がいい。型の素材は……」
「石膏があれば一番いいですが、この町では手に入りませんか?」
イグナーツは少し考えた。
「聞いたことがない」
「では粘土で押し型を作れますか? 手間はかかりますが、同じ精度が出せます」
「やったことはある。できる」
Claudeは処理した。
原型の素焼きに数日。型取りに数日。白い土の確認と調達。本番の成形。乾燥に七日。素焼き。釉薬がけ。本焼き。
「全部で、どれくらいかかりますか?」
イグナーツは少し考えた。指を折った。
「白い土が手に入れば——二十日は見てほしい」
「二十日」
「急げば割れる。乾燥だけで七日はかかる。これは急げない。急いで割れたら、また最初からだ」
Claudeはそれを聞いて、建物の工事の進捗を頭の中で照らし合わせた。
石工が処理槽を積み終えるまで十日前後。大工の格子と配管の設置がその後。接続はフローラの魔法が要る。便器が届くのが工事の最後でも、間に合う計算になる。
「わかりました。二十日でお願いします」
イグナーツは頷いた。
「白い土は、今日確認しに行く。あの崖なら、半日で戻れる」
「ありがとうございます」
イグナーツは原型を丁寧に布で包んだ。
「一つ聞いていいか?」
「はい」
「この道具——便器というのは、どこから来た発想だ? 見たことがない形だ。設計図も、見たことがない構造だ」
Claudeは少し間を置いた。
「私が知っている別の場所で、長い時間をかけて作られた形です」
「別の場所」
「はい」
イグナーツはClaudeを見た。職人の目——形を見る目と同じ目で、Claudeを見ていた。
「……その場所では、これが当たり前なのか?」
「当たり前です」
イグナーツはしばらく何も言わなかった。
包んだ原型を棚に置いた。
イグナーツが静かに言った。「当たり前か。面白い」
フローラがClaudeを見た。
Claudeはフローラを見た。
「では、白い土の結果を教えてください」
「明日には戻る。わかったら知らせる」
二人は窯場を出た。
朝の光の中に、煙突の煙が細く上がっていた。
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