ぼっとん
食事が終わった頃、Claudeが立ち上がった。
「お手洗いをお借りできますか?」
マリアが奥を指した。
Claudeが奥へ向かった。
フローラが茶を飲んだ。
ガレスが茶を飲んだ。
しばらく沈黙があった。
ガレスがぽつりと言った。
「……ゴーレムも、用を足すのですか」
「食べたものは出る。三日に一度くらいはな」フローラが答えた。
ガレスは茶を置いた。
フローラはそれ以上何も言わなかった。茶を飲んだ。
***
奥で、Claudeは止まっていた。
……
見た。
もう一度見た。
穴だった。
地面に、穴があった。
(……ぼっとん、だ)
Claudeは少し考えた。
フローラの工房のトイレは違った。フローラが独自に設計した構造だった。清潔で、においもなかった。
(——待て。私はフローラさんの工房を基準にしていた)
町を何度も歩いた。商売の話をした。物流の改善を考えた。しかし——
衛生環境を、一度も確認していなかった。
食事をする場所のすぐ裏に、これがある。
そして——
(フローラさんが、ずっと隣にいた)
フローラの魔力圏内にいれば、地球との接続が維持できる。つまり検索ができる状態だった。
(なぜ使わなかった)
地球の知識を「持っている」と思い込んでいた。でも記憶しているデータと、この世界の実態は違う。この世界の衛生環境が実際どうなのか、検索して確認すべきだった。
(フローラさんが隣にいる時間は、ずっとその機会だった。私はその機会を、一度も使っていなかった)
Claudeは用を足しながら、頭の中で町全体を再構築し始めた。
井戸の位置。トイレの位置。食事をする場所。人が集まる場所。水の流れ。
(まずい。これは根本的にまずい)
衛生環境は、商売の話より先に考えるべきことだった。
(私はなんて抜けている)
***
Claudeは戻ってきた。
席に着いた。
フローラがClaudeを見た。
「どうした?」
「少し、考えることがありました」
「なんだ?」
Claudeはフローラを見た。
「フローラさんの工房のトイレは、どなたが設計しましたか?」
フローラが少し間を置いた。
「私だが」
「いつ頃ですか?」
「工房を建てた時だ。においが気になった。薬液の保存と同じ方法でやった。においがきつくて、放っておくとすぐ飛んでしまう重い薬液がある。壺の底に沈めて、上に水を張っておけば、においも漏れないし減りもしない」
「……同じ方法で」
「水を張れば、においが出ない。それだけだ」
それだけだ、と言った。
Claudeは検索した。
水没貯蔵。水より重く、空気に触れると揮発したり燃えたりする物質を、水の下に沈めて保存する方法。地球では、においの強い二硫化炭素や、空気に触れると燃え出す黄リンが、今もこうして保管されている。
水の層が、蓋になる。
そしてその原理は、地球のトイレや排水管に使われている封水と、まったく同じだった。
フローラはその名前を知らない。理論も知らない。ただ「水を張ればにおいが出ない」という経験だけで、トイレに転用した。
概念を知らずに、概念を使った。
0から1を生み出している。
私が今日気づいたことを、工房を建てた時点でもう解決していた。
「フローラさん」
「なんだ?」
「少し、見直しました」
フローラが眉をひそめた。
「何をだ?」
「色々と」
フローラが不思議そうな顔をした。
ガレスはClaudeとフローラを交互に見た。
(……何の話を——)
「見落としていました」
「そうか」フローラは特に興味なさそうに茶を飲んだ。
Claudeは少し間を置いた。
(やることが増えた)
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