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王都を追放されて自由なスローライフを満喫中なのに、伝説の銀狼と村娘が毎日俺の火と料理をよこせと迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


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第9話「冬の温室づくりと、芽吹く緑の生命」

 ルーメンの村に厳しい冬が訪れてから、数週間の時間が静かに過ぎ去っていた。

 村の周囲を囲う深い森は分厚い雪に覆われ、すべての生命が息を潜めて春を待つ静寂の世界に沈んでいる。

 しかし、ノアの放った浄化の炎が守る村の内側だけは、冷たい北風すらも届かない穏やかな聖域が保たれていた。

 温泉の豊かな湯気が絶えず立ち昇る広場では、村の子供たちが薄着のまま元気に走り回り、大人たちは凍えることなく冬の間の手仕事に精を出している。

 王都の暗く冷たい地下室で魂をすり減らしていた日々が、もはや前世の記憶よりも遠い幻のように感じられた。

 そんな満ち足りた穏やかな生活のなかで、ノアは一つの小さな不満を抱いていた。

 それは、毎日の食事から瑞々しい青野菜がすっかり姿を消してしまったことだ。

 冬の間、村人たちは秋に収穫して塩漬けにした根菜や、硬く乾燥させた豆や肉を少しずつ消費して飢えをしのいでいる。

 もちろんそれらもエルナの丁寧な料理の腕のおかげで十分に美味しいのだが、やはり水気を含んだ新鮮な野菜の味覚がひどく恋しくなるのも事実だった。

 塩の効いた干し肉を噛みしめるたびに、青々とした葉の鮮やかな香りが脳裏をよぎる。

 ノアは自宅の暖炉の前で木彫りの器を作りながら、足元で眠るルーの柔らかな毛並みをゆっくりと撫でた。

 外の厳しい寒さを思えば、冬に新鮮な野菜を求めるなど贅沢が過ぎる願いだろう。

 しかし、この村には今、温泉から無尽蔵に湧き出る豊かな熱水がある。

 そして何より、ノアの指先にはすべてを浄化し、確かな熱を生み出す灯火のスキルが備わっていた。


『少し工夫すれば、冬でも野菜を育てられるかもしれない』


 ノアはそう思い立つと、すぐに外套を羽織って村の広場へと向かった。

 村長に相談して広場の隅の空き地を少しだけ借り受け、数人の男たちに手伝ってもらって簡素な木造の小屋を建てる。

 森から切り出してきた木材を組み合わせ、屋根や壁の隙間には乾燥させた苔を隙間なく詰め込み、外気を徹底して遮断する造りにした。

 さらに、温泉の源泉から溢れ出た熱水が、小屋の床下に掘った溝を通って循環するように水路を整える。

 床下の溝から立ち昇る温泉の熱と蒸気が、小屋の内側を春の陽だまりのような温かさで満たしていった。

 仕上げに、ノアは小屋の四隅に置いた平らな石の上に、指先の炎をそれぞれ定着させる。

 オレンジ色の美しい炎が静かに揺らめき、小屋の中に満ちていた土の湿った匂いを清らかなものへと変えていく。

 冷たい風が吹き荒れる冬の辺境に、野菜を育てるための特別な温室が完成した瞬間だった。


「これで本当に、雪の降る季節に野菜が育つのでしょうか」


 完成した温室の土の上に種を蒔きながら、エルナが不思議そうな顔で尋ねてきた。

 彼女の小さな手には、村の備蓄庫から分けてもらったカブや葉野菜の種が大切そうに握られている。


「普通のやり方なら絶対に無理だろうな。でも、この小屋の中は十分に暖かいし、土も凍っていない。うまくいくかはわからないが、試してみる価値はあるさ」


 ノアはそう答えて、土をかぶせた種の上に右手を静かにかざした。

 指先に深く意識を集中させ、体内の魔力をゆっくりと練り上げる。

 空気がかすかに弾ける音とともに、指先に小さなオレンジ色の炎が灯った。

 ノアはその炎を、土の表面に沿わせるようにして水平に動かしていく。

 炎は土を焦がすことなく表面を滑り、内部に含まれる余分な湿気や腐敗の因子だけを的確に焼き尽くしていく。

 ノアの放つ炎には、空間の魔力を浄化し、生命力を本来の姿に引き上げる根源的な力が備わっている。

 その純粋な魔力は土を通して地中に眠る種へと伝わり、植物の成長を妨げるあらゆる要因を排除していた。

 ノア自身は「土を少し温めているだけ」という認識だったが、実際には神の奇跡にも等しい生命の促進を行っていたのだ。

 炎を当て終えた土からは、心地よい湿り気を帯びた春の豊かな土の匂いが立ち昇ってくる。

 エルナは目を輝かせながら、両手を胸の前で組み合わせた。


「なんだか、この小屋の中にいるだけで体が元気になってくる気がします。土の中の種もきっと、すぐに目を覚ましてくれますね」

「ああ。少しでも早く、新鮮な野菜が食べられるといいんだが」


 ノアが土の表面を満足そうに見つめていると、背後から鼻をすする音が聞こえた。

 振り返ると、ルーが温室の開いたドアから頭を突っ込み、物珍しそうに土の匂いを嗅いでいる。

 温室の中の清らかな空気が気に入ったのか、ルーは大きな体を揺らして中に入り込むと、土の敷かれた隅のほうで重々しい音を立てて横たわってしまった。

 柔らかな銀色の毛並みが、四隅の炎に照らされて美しく光を反射している。


「こらルー、そこは畑のスペースだぞ。種を踏まないように気をつけろよ」


 ノアが苦笑しながら注意すると、ルーは面倒くさそうに片目を開け、大きなあくびを一つして再び目を閉じてしまった。

 エルナがその様子を見て、鈴を転がすような明るい声で笑う。

 外では依然として鉛色の空から白い雪が舞い落ちているが、この小さな温室の中には確かな生命の息吹と、穏やかな春の時間が流れていた。

 誰かに強いられることなく、自分の意思で種を蒔き、その成長を待つ。

 王都の地下室では決して得られなかったそのささやかな楽しみに、ノアは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。

 芽吹きの時を待つ静かな高揚感が、ノアの心を優しく満たし続けていた。

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