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王都を追放されて自由なスローライフを満喫中なのに、伝説の銀狼と村娘が毎日俺の火と料理をよこせと迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


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10/20

第10話「雪中の収穫祭と、王都からの使者」

 ノアが広場の隅に温室を作り上げてから、わずか十日後のことだった。

 通常であれば種が芽を出し、収穫できるまでに数ヶ月の時間を要するはずの野菜たちが、温室の中で信じられないほどの成長を遂げていた。

 木の扉を開けると、そこには冬の辺境とは到底思えないような青々とした葉野菜が所狭しと生い茂り、瑞々しい赤い果実をつけた野菜が豊かな実りを誇っている。

 温泉の熱とノアの放った浄化の炎が、植物の生命力を最大限に引き出した結果だった。

 室内に満ちる緑の濃厚な匂いが、足を踏み入れたノアの鼻腔を強くくすぐる。

 もちろん、村人たちはその目覚ましい成長速度に最初は目を丸くして驚いていたが、すぐに「ノアさんの不思議な火のおかげだ」と納得し、今では誰も疑問に思う者はいなかった。

 ノアがもたらす恩恵に、彼らはすっかり慣れきっていたのだ。


「ノアさん、見てください。このカブ、私の顔の大きさくらいありますよ」


 エルナが土まみれの両手で巨大な白いカブを引き抜き、嬉しそうに声を上げた。

 彼女の頬は興奮と温室の熱気で赤く染まり、額にはうっすらと汗がにじんでいる。

 ノアもまた、手にした籠いっぱいに採れたばかりの赤い果実を詰め込みながら、深くうなずいた。

 指先には土がこびりつき、野菜の茎を折るたびに心地よい音が室内に響く。


「これだけあれば、村の全員に配ってもお釣りがくるな。今日の夕飯は、久しぶりに新鮮なサラダが食べられそうだ」

「はい。塩もみにして、少しだけお酢を効かせるのも美味しそうです。みんな、きっと大喜びしますよ」


 二人は満面の笑顔を交わし合い、収穫した野菜を広場の中心へと運び出した。

 雪の中で鮮やかに輝く緑と赤の色彩に、集まってきた村人たちから大きな歓声が上がる。

 その日の夕方、村の広場ではささやかな収穫祭が開催されることになった。

 ノアが作り出した巨大な焚き火台の周囲に木のテーブルが並べられ、エルナをはじめとする女たちが腕を振るった料理が次々と運ばれてくる。

 メインは収穫したばかりの新鮮な野菜をふんだんに使った、彩り豊かなサラダと具沢山のスープだった。

 厳しい冬の最中に、これほど瑞々しい野菜を口にできるなど、辺境の歴史において前代未聞の出来事だ。

 ノアは木製のフォークで赤い野菜を突き刺し、口の中に放り込んだ。

 噛み締めた瞬間、弾けるような果汁と強い甘味が口いっぱいに広がる。

 王都の豪華な宴で出されるような手の込んだ料理ではないが、自分たちで育てた野菜の味は格別だった。


「うまいな……本当に、信じられないくらい美味い」


 ノアがしみじみとつぶやくと、隣に座っていた村長が木彫りのカップを掲げて微笑んだ。


「あんたがこの村に来てくれてから、毎日が奇跡の連続だよ。結界灯に火が灯り、温泉が湧き、冬の最中にこんな美味い野菜が食える。あんたは神様がこの村に遣わしてくれた、冬の精霊かもしれないな」

「勘弁してくださいよ。俺はただの、どこにでもいるしがない灯火師です」


 ノアは苦笑して首を横に振った。

 足元では、ルーが村人たちからおすそ分けされた肉の骨を嬉しそうに噛み砕いている。

 冷たい雪が降る空の下、焚き火の温かい光に照らされた村人たちの笑顔は、これ以上ないほど幸福に満ちていた。

 ノアはこの穏やかで温かい光景を眺めながら、自分の居場所がここにあることを改めて確信していた。


 宴が落ち着きを見せ始めた頃、ノアは酔い覚ましの冷たい空気を吸うために、広場から少し離れた村の入り口へと足を向けた。

 ルーもすぐさま骨を噛むのをやめ、ノアの後を追って歩き出す。

 村の結界の境界線まで来ると、そこから先は容赦のない猛吹雪が吹き荒れる銀白の地獄だった。

 結界の内側と外側では、まったく別の世界が広がっている。

 ノアは深く息を吸い込み、氷のように冷たい空気を肺の奥へと送り込んだ。


 その時、ルーが低く唸り声を上げ、雪の降る暗闇に向かって黄金の瞳を鋭く細めた。

 ノアもつられて視線を向ける。

 猛吹雪の向こう側、森の木々の隙間に、黒い影がいくつか動いているのが見えた。

 目を凝らすと、それは厚い装甲に身を包んだ数人の騎士たちと、大きな車輪を持った豪華な馬車だった。

 馬車の表面には、王都の紋章である双頭の鷲が金色の塗料で描かれている。

 しかし、その威厳あるはずの馬車は深い雪に足を取られて大きく傾き、騎士たちも凍える寒さと疲労で今にも倒れそうな足取りだった。

 彼らは村の明かりを目指して必死に進もうとしているが、ノアが構築した不可視の防壁結界に阻まれ、それ以上前に進むことができずにいる。

 見えない壁を力なく叩き、一人の騎士が雪の中に崩れ落ちるのが見えた。


『王都からの使者、か』


 ノアの胸の奥で、静かな波紋が広がった。

 数日前にやってきた行商人が言っていた通り、王都は本当に危機的状況に陥り、ついに結界を維持する要であった自分を探しに辺境までやってきたのだろう。

 かつて自分を底辺職と罵り、冷たい地下室から追放した者たち。

 彼らが今、吹雪の中で凍えながら、ノアの守る温かい村に入り込むことすらできずに這いつくばっている。

 ノアは吹雪の向こうの哀れな姿を見つめながら、静かにまばたきをした。

 助けを求める彼らに対して、怒りも、憐れみも、優越感すら湧き上がってこない。

 ただ、自分たちの穏やかな生活を脅かすかもしれない面倒な客が来たという、わずかな煩わしさがあるだけだった。

 ノアは隣に立つルーの首筋を撫でながら、彼らを結界の中に入れるべきかどうかを静かに考え始めていた。

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