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王都を追放されて自由なスローライフを満喫中なのに、伝説の銀狼と村娘が毎日俺の火と料理をよこせと迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


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第11話「吹雪の中の訪問者と、招かれざる客」

 村の境界線を隔てる見えない壁の向こう側では、世界を白一色に塗りつぶすような猛吹雪が荒れ狂っていた。

 ノアは厚手の外套の襟を立て、冷たい風が一切届かない結界の内側から、雪の海でもがく黒い影たちを静かに見つめている。

 分厚い鋼の鎧に身を包んだ数人の騎士たちが、腰の高さまで埋まる深い雪を両手でかき分けながら、見えない壁を必死に叩いていた。

 彼らの乗ってきた巨大な馬車は雪の重みで車輪が深く沈み込み、引いている二頭の馬も力尽きたように首を垂れている。

 騎士たちの吐く息は白く凍りつき、金属の鎧の表面には分厚い霜がへばりついていた。

 彼らは村から漏れ出す暖かな光を目指して進んできたのだろうが、ノアが構築した強固な聖域の結界は、何者であっても内部への侵入を許さない。

 吹き付ける雪は結界の表面に触れた瞬間に溶けて水滴となり、見えない壁に沿って滑り落ちている。

 壁に阻まれ、一人の騎士が力尽きたように雪の中に膝をつくのが見えた。


『このまま放っておけば、明日の朝には全員凍え死んでいるだろうな』


 ノアの心に浮かんだのは、極めて冷静で事実に基づいた予測だけだった。

 彼らが王都からの使者であることは、馬車の側面に描かれた双頭の鷲の紋章を見ればすぐにわかる。

 かつて自分を底辺職と嘲笑い、ゴミのように冷たい地下室から放り出した者たちの仲間だ。

 彼らがここで雪に埋もれて消え去ったとしても、ノアの心は少しも痛まない。

 しかし、ノアの隣に立つルーが、雪の中で倒れ伏した馬たちを見て低く喉を鳴らした。

 ルーの黄金の瞳には、同じ獣としての同情のような色が微かに浮かんでいるように見えた。


「そうだな。馬に罪はない。それに、村の入り口に死体を転がしておくのも後味が悪い」


 ノアは小さくため息をつき、広場の入り口に立てられた結界灯に向かって右手をかざした。

 指先に魔力を深く集中させ、ランタンの中で燃えるオレンジ色の炎をわずかに揺らす。

 結界そのものを解除するのではなく、馬車が通れるだけの狭い通路を一時的に開くための微細な調整だ。

 猛吹雪を遮っていた見えない壁の一部が、音もなく静かにひらいた。

 その瞬間、せき止められていた猛吹雪が結界の内側へと流れ込もうとするが、村を満たす膨大な熱気がそれを瞬時に押し返す。

 温かい空気の塊が外へと吹き出し、外の冷気とぶつかって巨大な白い霧の壁を作り出した。

 熱気の波は、雪の中でうずくまっていた騎士たちの凍えた顔を力強く叩いた。


「道が……開いたぞ。早く馬車を引け」


 騎士の一人がひび割れた唇を開き、かすれた声で叫んだ。

 彼らは最後の力を振り絞って馬のくつわを引き、木材がきしむ嫌な音を立てる馬車を村の内側へと運び込む。

 結界の内側に入った瞬間、彼らの全身を覆っていた霜が急速に溶け出し、水滴となって地面に落ち始めた。

 ノアは再び結界灯の炎を調整し、村の入り口を塞いで冷たい吹雪をすっかりと遮断する。

 騎士たちは地面にへたり込み、荒い呼吸を繰り返しながら周囲の異常な暖かさに目を白黒させていた。

 その時、馬車の重たい木製の扉が内側から乱暴に蹴り開けられた。

 中から姿を現したのは、高級な毛皮のコートを何重にも羽織った恰幅の良い中年の貴族だった。

 彼の顔は寒さで青白く変色しているが、その目には王都の人間特有の傲慢な光がはっきりと宿っている。


「ええい、手こずりおって。いつまで私をこんな不衛生な雪の中に閉じ込めておくつもりだ」


 貴族は馬車から降り立つと、周囲の溶けた雪と土を嫌悪感に満ちた目で睨みつけた。

 そして、目の前に立っているノアの粗末な衣服を見ると、鼻先をかすかに歪めて口を開く。


「おい、そこの平民。ここがルーメンの村で間違いないな。我々は王都から遣わされた特使である。直ちに村長を呼び出し、我々をもてなす準備をさせろ」


 彼らは助けられたという自覚すらなく、ただ自分たちの身分を振りかざして命令を下そうとしていた。

 自分たちが今いる場所が誰の力によって守られているのか、まったく理解していないのだ。

 ノアは表情を一切変えることなく、冷たい目で目の前の貴族を真っ直ぐに見つめ返す。


「もてなす準備なら、外の雪野原にたっぷり用意してある。王都の特使様には、あちらの過酷な環境の方がお似合いだろう」

「なんだと……貴様、王都の貴族に向かってその口の利き方はなんだ。不敬罪で首を刎ねられても文句は言えんぞ」


 貴族が顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げ、へたり込んでいた騎士たちが慌てて腰の剣に手を伸ばす。

 金属がすれる冷たい音が、穏やかな村の空気を鋭く切り裂いた。

 その瞬間、ノアの隣に控えていたルーが、鼓膜を直接震わせるような低く重々しい唸り声を上げた。

 巨大な銀狼が一歩前に出ただけで、騎士たちの顔から一気に血の気が引いていく。

 黄金の瞳で見据えられた貴族は、恐怖のあまり言葉を失い、足をもつれさせて後ずさりをした。

 首を刎ねるどころか、一瞬で自分たちの喉笛が食いちぎられることを、彼らの本能が正しく理解したのだ。


「お前たちを助けたのは、ただの気まぐれだ。ここで騒ぎを起こすなら、もう一度あの吹雪の中に放り出す」


 ノアの声は低く、そしてどこまでも静かだった。

 王都の地下室で奴隷のように働かされていた頃のノアであれば、貴族の怒鳴り声に縮み上がっていただろう。

 しかし、今のノアは違う。

 自分の足で立ち、自分の手で作り上げた大切な居場所を持っている。

 他人の威光にすがりつくしか能のない人間を恐れる理由など、どこにもなかった。

 貴族は口を何度も開け閉めしながら反論の言葉を探しているようだったが、ルーの鋭い牙を見てついに口を閉ざす。


「命が惜しければ、大人しくついてこい。少しだけなら、火のそばで温まることを許可してやる」


 ノアは背を向けて歩き出し、村の中央の広場へと向かった。

 背後からは、屈辱に顔を歪めながらも、生き延びるための温もりを求めて重い足取りでついてくる騎士たちと貴族の足音が聞こえてくる。

 王都からの招かれざる客たちは、自分たちがどれほど愚かで無力な態度をとっているのか、まだ気づいていないようだった。

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