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王都を追放されて自由なスローライフを満喫中なのに、伝説の銀狼と村娘が毎日俺の火と料理をよこせと迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


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第12話「的外れな命令と、冷めたスープ」

 ノアが一行を案内したのは、村の広場の中央で赤々と燃え盛る巨大な焚き火台の前だった。

 炎から放たれる豊かな熱気が周囲の空気を温め、すぐそばには座ってくつろぐための丸太がいくつか並べられている。

 王都の貴族と騎士たちは、雪に濡れて重くなったマントを脱ぐことも忘れ、炎の放つ熱に群がるようにして震える手をかざした。

 彼らの青ざめていた顔に、少しずつ健康的な血色が戻っていくのがわかる。

 騒ぎを聞きつけたエルナが、大きな木の器に温かい野菜スープをたっぷりと注いで運んできた。


「ノアさん、お客様ですか。冷えた体にはこれが一番ですから、どうぞ」

「ありがとう、エルナ。こいつらには少しもったいない気もするがな」


 ノアは器を受け取り、焚き火のそばで縮こまっている貴族の前に無造作に差し出した。

 貴族は木の器の粗末な作りに一瞬だけ顔をしかめたが、立ち昇る豊かな香りと空腹の刺激には勝てず、ひったくるようにして器を受け取った。

 彼らは無言のまま、行儀も作法も忘れてスープを喉の奥へと流し込む。

 大きく切られた野菜の甘みと、温かい汁が冷え切った内臓を急速に温めていく。

 貴族の顔に、信じられないほど美味しいものを食べたという隠しきれない驚きの色が浮かんだが、彼はすぐにそれを咳払いでごまかした。


「……ふん。辺境の貧しい村にしては、まあまあ食えるものを出すではないか」


 強がりの言葉を吐き捨てながら、空になった器を乱暴に丸太の上に置く。

 落ち着きを取り戻した貴族は、冷え切った姿勢を正してノアを真っ直ぐに見据えた。


「さて、無駄話は終わりだ。我々がこんな地の果てまでやってきた理由を教えてやろう。お前がノアという名の灯火師だな」

「そうだ。それがどうした」

「宮廷魔術師長レオン様からの寛大なご命令である。お前の過去の無礼を不問に付してやるゆえ、直ちに荷物をまとめて王都へと帰還せよ。そして、以前と同じように地下室で魔導炉の火を管理するのだ」


 その尊大な言葉を聞いて、ノアは思わず小さく鼻で笑ってしまった。

 自分たちを窮地から救ってくれた相手に対し、あろうことか上から目線の命令を口にしているのだ。

 彼らは自分たちがどれほど絶望的な状況にあるのか、未だに正しく理解できていないらしい。


「断る。俺はもう王都の人間じゃないし、あんな冷たい地下室に戻る気は毛頭ない」

「なんだと……貴様、自分が何を言っているのかわかっているのか。これはレオン様からの直々の命令だぞ。今、王都がどれほどの危機にあるか知らぬわけではあるまい」


 貴族は声を荒らげ、持っていた杖の石突きで地面を強く叩いた。


「魔導炉の火が消えたことで、王都は夜になれば漆黒の闇に沈み、魔導水道は凍りついて破裂した。おまけに防壁には穴が開き、魔物が街の下層をうろついているのだ。お前が戻って火を灯せば、すべては元の通りになる。これは王都の民を救うための義務だぞ」


 大義名分を振りかざして正当化しようとする貴族の言葉に、ノアは心の底から冷めきった視線を向ける。


「笑わせるな。俺が地下で火を灯し続けていたとき、誰一人としてその価値を認めなかったじゃないか。魔力効率の悪い下級職だと罵り、俺を一方的に解雇したのはそっちだろ」

「そ、それは……レオン様がわずかに誤解をされていただけであり、決して」

「俺にはもう、この村に俺だけの生活がある。王都の防壁が崩れようが、貴族たちが凍えて震えようが、俺にはまったく関係のない話だ」


 ノアがきっぱりと言い放つと、貴族の顔は怒りと屈辱で真っ赤に染まった。

 彼は後ろに控える騎士たちに向かって鋭い声で叫ぶ。


「ええい、手ぬるい交渉など時間の無駄だ。こやつを縛り上げてでも馬車に押し込め。腕の一本や二本折れても構わん、火さえ点けられればそれでいいのだ」


 命令を受けた騎士たちが、ためらいながらも腰の剣を鞘から引き抜いた。

 鋭い刃の輝きが、焚き火の光を反射して冷たく光る。

 広場の周囲に集まっていた村人たちが息を呑み、エルナが不安そうにノアの背中にしがみついた。

 だが、ノアは一歩も引くことなく、静かに右手を持ち上げた。

 次の瞬間、広場の中央で燃え盛っていた焚き火が、凄まじい勢いで天高く燃え上がった。

 熱気ではない。

 空気をひどく重たくするような、濃密で巨大な魔力の圧力が広場全体を支配したのだ。

 騎士たちは息を詰まらせ、見えない重しを背負わされたように激しく膝を震わせる。

 手にした剣の重さに耐えきれなくなったように、彼らは次々と刃を地面に落とした。

 貴族は目を見開き、信じられないものを見るようにノアと巨大な炎を交互に見つめている。

 彼が連れ戻そうとしていたただの灯火師が、どれほど規格外の力を持っていたのかを、肌で思い知らされたのだ。


「俺の火は、もう誰かに命令されて点けるものじゃない」


 ノアの静かな声が、広場に響き渡った。

 彼の纏う底知れぬ魔力の圧迫感の前に、王都の使者たちはすっかりと戦意を喪失していた。

 剣を拾い上げることすらできず、ただ地面にへたり込んでいる。

 ノアは右手を下ろし、焚き火の勢いを元の穏やかなものへと戻した。

 重苦しい空気が霧散し、村人たちが安堵の息を長く吐き出す。


「明日の朝には吹雪も小康状態になるはずだ。空が明るくなったら、さっさと村から出て行け。二度と俺の前にその顔を見せるな」


 ノアはそれだけを言い残すと、震える貴族たちに背を向けて自分の家へと歩き出した。

 ルーが最後に一度だけ騎士たちに向かって低く唸り声を上げ、ノアの後を追う。

 冷え切ったスープの器だけが残された丸太のベンチで、王都からの使者たちは絶望に染まった顔を隠すこともできず、ただ無言で炎を見つめ続けていた。

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