第13話「敗走する使者と、変わらぬ雪見の朝」
翌朝、夜通し荒れ狂っていた猛吹雪は止み、雲の隙間から冬の鋭い朝日が顔を出していた。
雪に覆われた森の木々が陽光を反射し、世界全体がまばゆい白の光に包まれている。
ノアは自宅の窓から、結界の入り口で帰り支度を進めている王都の騎士たちを静かに見下ろしていた。
一晩を村の広場で過ごした彼らの顔には、色濃い疲労と絶望が深く刻み込まれている。
凍りついた馬の革具を締める彼らの指先はひどく遅く、金属の留め具が触れ合う冷たい音だけが朝の空気に空しく響いていた。
豪華な馬車の中から、昨夜の尊大な態度をすっかり失った貴族が顔を覗かせる。
彼はノアの姿を探すように何度か周囲を見回したが、窓越しの視線に気づくと、恐怖に急き立てられるように素早く馬車の奥へと身を隠した。
王都の危機を救う唯一の希望であったノアを連れ帰ることができなかった以上、彼を待ち受けているのは魔術師長レオンからの苛烈な処罰だけだ。
彼らはもはや、自分たちの保身と冷たい帰路の過酷さで頭がいっぱいになっているのだろう。
「帰っていくんですね、あの人たち」
ノアの背後で、エルナがそっと声をかけた。
彼女の腕の中には、温室から摘み取ってきたばかりの新鮮な青菜を盛った木の実の籠が抱えられている。
青菜の葉脈には澄んだ水滴が光り、瑞々しい生命の香りを部屋の中に漂わせていた。
「ああ。俺を無理やり連れ帰るだけの力が、自分たちにはないと悟ったんだろうさ」
ノアは手にした木彫りのカップから立ち昇る湯気を顔に受けながら、淡々と答えた。
結界灯の炎を遠隔で調整して見えない壁に再び細い通路を開くと、王都の馬車は逃げるようにして深い雪野原へと進み出ていく。
結界を抜けた瞬間に馬車の表面に付着していた水滴が再び凍りつき、白い霜となって車体を素早く覆うのが見えた。
馬のいななきと車輪のきしむ音が少しずつ遠ざかり、やがて広大な白銀の世界へと吸い込まれるように消え去った。
使者たちが残していったのは、広場の雪に刻まれた乱れた足跡だけだ。
「……本当によかった。昨夜、王都の騎士が剣を抜いたときは、ノアさんが強引に連れ去られてしまうんじゃないかと、私、本当に怖くて」
エルナは胸をなでおろすように深く息を吐き、抱えていた籠をテーブルの上に置いた。
彼女の目は微かに潤みを帯びており、ノアがこの村からいなくなることを心の底から恐れていたことが真っ直ぐに伝わってくる。
「心配をかけて悪かった。でも、安心しろ。俺がこの村を出ていくことは絶対にないからな」
「はい。でも、どうして王都の人たちは、ノアさんにあんなひどい態度をとるんでしょう。ノアさんの火は、こんなにも暖かくて優しいのに」
エルナの純粋な疑問に、ノアはカップの熱い茶を一口飲んでから静かに答えた。
「王都の連中にとって、俺の火はただの便利な道具に過ぎないからだ。地下室の奥で、誰の目にも触れない場所で、ただ燃料のように魔力を搾り取られるだけの生活だった。誰も俺の顔を見ないし、誰も俺に礼を言わない。それが、灯火師という下級職の扱いだったんだ」
淡々と語るノアの横顔を見て、エルナは自分のことのように顔をしかめて悲しそうな表情をした。
「そんなの、絶対におかしいです。ノアさんの力を馬鹿にするなんて、王都の人たちはどうかしています」
彼女の怒りに満ちた声は、不思議なほどノアの胸の奥を温かくした。
かつて地下室で理不尽な解雇を言い渡されたとき、ノアの味方をしてくれる者は一人もいなかった。
しかし今、目の前にいる少女は、ノアの受けた不条理に対して本気で怒り、悲しんでくれている。
ただそれだけの事実が、冷え切っていたノアの過去の記憶を優しく溶かしていくようだった。
ノアはテーブルの上に置かれた籠の中の青菜を一本手に取り、その瑞々しい緑色を指先でなぞる。
「もう終わったことさ。俺は今、ここでこうして温かい茶を飲み、新鮮な野菜を食い、君たちと笑って過ごせている。それ以上の復讐なんて必要ない」
ノアが穏やかな笑みを向けると、エルナもつられたように頬を緩めた。
足元では、ルーが暖炉の熱を全身に浴びながら、穏やかな寝息を立てて丸くなっている。
王都の混乱も、貴族たちの冷たい思惑も、ここには一切届かない。
外の厳しい冬景色とは無縁の、穏やかで満ち足りた日常だけが、今日もノアの周囲で静かに流れ続けていた。




