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王都を追放されて自由なスローライフを満喫中なのに、伝説の銀狼と村娘が毎日俺の火と料理をよこせと迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


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第14話「静かなる防衛戦と、白銀の来訪者」

 王都の使者たちが村を去ってから、数日の時間が経過した。

 ルーメンの村は相変わらず見えない結界の恩恵に守られ、穏やかな春の気候を維持し続けている。

 しかし、結界の外の世界は日増しにその厳しさを増していた。

 王都の防壁が崩れ、魔力インフラが機能不全に陥った影響は、広大な森の生態系にも確実な狂いを生じさせていたのだ。

 王都からあふれ出した冷気と瘴気が森の深部へと流れ込み、そこに住む強力な魔物たちを住処から追い出し始めていた。


 その日の昼下がり、ノアが温室で野菜の成長を確認していると、地面の下から低い振動が伝わってきた。

 最初は雪が木から落ちた程度のわずかな揺れだったが、それは徐々に規則正しいリズムを持ち、大きく重たい足音へと変わっていく。

 温室の天井から細かい土埃が舞い落ち、温泉の水面が波立つほどの強い振動だ。

 外に出ると、村の広場にいた人々も異変に気づき、不安そうに顔を見合わせていた。

 足音は村の北側、深い森の入り口の方角から近づいてくる。

 ノアはルーを伴って村の境界線へと向かった。

 見えない壁の向こう側、吹雪が吹き荒れる視界の端から姿を現したのは、全身を鋭い氷柱の鎧で覆った巨大な雪猿の魔物だった。

 見上げるほどの巨体を持ち、その口からは空気を白く凍らせるほどの極寒の吐息が絶えず漏れ出している。

 森の深部にのみ生息し、めったに人里に姿を現すことのない上位の魔物だ。

 住処を追われて強い飢えと興奮状態にある雪猿は、村から漏れ出す温かい生命の匂いに引き寄せられたのだろう。

 太い腕を振り上げ、村の境界線に向かって猛然と突進してきた。


「ノアさん、あれは……」


 遅れて駆けつけてきたエルナが、巨獣の姿を見て恐怖に声を震わせた。


「結界があるから大丈夫だ。中には入ってこられない」


 ノアがそう答えた直後、雪猿の突進が見えない結界の壁に激突した。

 空気を叩きつけるような鈍い音が響き、巨大な質量が弾き飛ばされて雪の中に転がる。

 結界そのものは微かな波紋を浮かべただけで、傷一つついていない。

 ノアの放った純粋な魔力の防壁は、上位の魔物の物理的な激突すらも見事に防ぎ切っていた。

 しかし、雪猿は諦めることなく立ち上がり、怒りの咆哮を上げながら再び結界の壁を殴りつけ始めた。

 硬い氷の拳が見えない壁にぶつかるたびに、村の空気が震え、耳を劈くような激しい打撃音が響き渡る。

 壁が破られる心配はないが、このままでは騒音と振動で村人たちの穏やかな生活が脅かされてしまう。


「……面倒だな。あれがずっと外で暴れ続けるのは、ひどく耳障りだ」


 ノアは小さくため息をつき、首を鳴らした。

 王都にいた頃であれば、上位の魔物など討伐隊の騎士たちに任せて逃げ出すところだ。

 しかし、この村の平和な時間を守るためならば、少しの手間をかける価値はある。

 ノアは結界灯の前に立ち、見えない壁に人間一人が通れるだけの小さな穴を開けた。

 そして、エルナや村人たちが止める間もなく、一人でその穴から外の世界へと足を踏み出す。

 猛吹雪の冷たい風がノアの頬を叩くが、彼の体は内側から湧き上がる魔力の熱で守られていた。


 結界の外に現れた小さな獲物を見て、雪猿が歓喜の咆哮を上げた。

 巨大な氷の腕を振り上げ、ノアの頭上から力任せに叩き潰そうとする。

 その凄まじい質量と速度の前に、ノアは足を止めたまま一歩も退かない。

 彼はただ、右手の親指と人差し指をすり合わせ、小さなオレンジ色の炎を灯しただけだった。

 空気がかすかに弾ける音とともに生まれたその炎は、猛吹雪の中でも決して揺らぐことはない。


「あまり騒ぐな。村の静寂が乱れるだろうが」


 ノアは静かな声でつぶやき、指先の炎を雪猿の巨大な胸板に向けて指弾のように弾き飛ばした。

 小さなオレンジ色の光が、猛吹雪を切り裂いて一直線に飛んでいく。

 次の瞬間、炎が雪猿の分厚い氷の装甲に触れた。

 激しい爆発は起きなかった。

 ノアの放った純粋な浄化の炎は、熱で対象を焼くのではなく、魔物という存在の根源的な瘴気を一瞬にして焼き尽くす。

 巨大な雪猿の体が内側からまばゆいオレンジ色の光を放ち、氷の鎧が水蒸気となって弾け飛んだ。

 巨獣は断末魔の叫びを上げる隙すら与えられず、まばたきする間に白い灰となって雪の中へと崩れ落ちた。

 後に残されたのは、雪の上に黒く焼け焦げたわずかな跡だけだ。


 結界の内側でその光景を見ていたエルナと村人たちは、言葉を失って立ち尽くしている。

 上位の魔物を、たった一つの小さな炎で跡形もなく消し去ってしまったのだ。

 ノア自身は、自分がどれほど規格外の力を行使したのかを自覚していない。

 彼はただ、衣服についた雪を取り払うくらいの軽い動作で手を払い、結界の内側へと戻ってきた。


「さて、これでまた静かに暮らせるな。外は冷えるから、さっさと戻って茶でも飲もう」


 ノアは言葉を失っている村人たちを気にも留めず、再び結界の穴を閉じた。

 恐ろしい魔物の脅威は消え去り、村には再び穏やかで温かい日常の時間が流れ始める。

 ノアにとっての最優先事項は、あくまでこの辺境での静かな生活を守ることだけだった。

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