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王都を追放されて自由なスローライフを満喫中なのに、伝説の銀狼と村娘が毎日俺の火と料理をよこせと迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


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7/20

第7話「凍てつく小川と、沸き立つ新しい源泉」

 空から絶え間なく降り続く白い雪は、村の境界に張られた見えない結界に触れた瞬間にふわりと溶け落ちる。

 ノアの暮らすルーメンの村は、周囲の厳しい冬景色から切り取られたように穏やかな空気に包まれていた。

 しかし、村の生活がすべて順調というわけではない。

 ある日の朝、ノアが自宅の暖炉の前で木彫りの作業をしていると、外から慌ただしい足音が近づいてきた。

 乱暴にドアが叩かれ、息を切らしたエルナが勢いよく飛び込んでくる。

 彼女の顔は寒さではなく、明らかな焦りと不安で真っ青になっていた。


「ノアさん、大変です。村の生活用水を汲んでいる小川が、ひどく凍りついてしまって」


 ノアはすぐに手元のナイフを置き、立ち上がった。

 小川の水が使えなくなれば、飲み水はおろか、料理や洗濯などのあらゆる生活が立ち行かなくなる。

 家畜に飲ませる水すら確保できない事態だ。

 ノアは厚手の外套を素早く羽織り、ルーを引き連れてエルナとともに村の北側へと急いだ。

 小川に到着すると、そこには村の男たちが数人がかりで凍りついた川面を叩いている姿があった。

 彼らは錆びたクワや鉄の棒を力任せに振り下ろしているが、分厚く張った氷は表面に白い傷がつくばかりで一向に割れる気配がない。

 金属が氷を叩く甲高い音が、冷たい空気の中に空しく響き渡る。

 今年の異常な寒波は、村の結界の外側にある水源から流れ込む水そのものを芯から凍らせてしまっていたのだ。

 男たちは額に汗をにじませながら、疲労の色を濃くして肩で息をしている。


「このままじゃ、今日の飲み水すら確保できないぞ」


 村の男の一人が、絶望したように手にしたクワを地面に放り出した。

 ノアは静かに進み出て、川岸の凍りついた土の上にしゃがみ込む。

 分厚い氷の層は青白く濁り、川底の小石さえも見えないほどの厚みを持っていた。

 王都の地下室の冷たい石畳よりもはるかに鋭い冷気が、氷の表面から絶えず立ち上っている。


「俺が少し、氷を溶かしてみるよ」


 ノアが落ち着いた声でそう言うと、男たちは怪訝そうな顔で顔を見合わせた。

 彼らはノアが不思議な火を熾せることは知っているが、この広大な氷をすべて溶かすにはどれほどの薪と時間が必要か計算したのだろう。

 ノアは男たちの疑問の視線を背中に受けながら、右手の防寒用の手袋をゆっくりと引き抜いた。

 かじかむ指先に深く意識を集中させ、体内の魔力を静かに練り上げる。

 血管の中を温かい液体が流れるような感覚とともに、親指と人差し指が交わる場所にオレンジ色の小さな炎がポッと音を立てて灯った。

 ノアはその小さな炎を、分厚い氷の表面にそっと押し当てる。

 次の瞬間、激しく水が沸騰する音とともに、大量の白い蒸気が空中に立ち昇った。

 ノアの指先から放たれた熱量は、ただの氷を少しずつ溶かすような生半可なものではない。

 分厚い氷の層は、熱した鉄板の上に落とされた薄い雪のように、またたく間に溶けて液状へと戻っていく。

 氷が溶ける境界線が波紋のように広がり、あっという間に川幅全体の水面が姿を現した。

 ノアはそのまま川の底に沈む大きな丸い石に触れ、そこに灯火の炎をそっと定着させた。

 冷たい水の中にありながら、そのオレンジ色の炎は決して消えることなく、川底の石を真っ赤に熱し始める。

 低い沸騰音とともに、川底から無数の気泡が水面へと途切れることなく立ち昇り始めた。

 凍りついていた小川の水温が急激に上昇し、水面から豊かな湯気がもうもうと上がり始める。

 ノアの純粋な魔力は単に水を温めただけでなく、水脈に混ざっていた微細な泥や森の瘴気すらも焼き尽くし、不純物をすべて取り除いていた。


「これは……水が、温かいお湯になっているぞ」


 一人の男が恐る恐る水面に手を入れて、驚きに満ちた声を上げた。

 彼の手のひらからすくい上げられた水は、磨かれた水晶のように透き通り、柔らかな湯気を立てている。

 エルナも両手で水をすくい、そっと口に含んで目を丸くした。


「すごいです、ノアさん。ただのお湯じゃありません。とても甘くて、なんだか体の奥から力が湧いてくるみたいです」


 彼女の頬は、温かいお湯を飲んだことで冷えが取れ、すぐに健康的な桜色に染まっていた。

 村人たちは次々と川岸にしゃがみ込み、その温かく清らかな水を夢中で喉に流し込んでいる。

 ノアは立ち上がり、湯気を立てる小川を満足そうに見下ろした。

 ただの凍った川を溶かすつもりが、どうやら立派な温泉の源泉を作り出してしまったらしい。

 隣に立つルーも、興味深そうに黒い鼻を近づけてお湯の匂いを嗅いでいる。


「これだけ温かいお湯が湧き出ているなら、いっそみんなで入れる風呂場でも作らないか」


 ノアが思いつきでそう提案すると、村の男たちの顔が一斉に明るく輝いた。

 厳しい冬の寒さのなかで、肩まで温かいお湯に浸かれる贅沢など、辺境の村では夢のまた夢だったからだ。

 彼らは疲れを忘れたようにすぐにクワや斧を手に取り、ノアの指揮の下で川の周囲を大きな石で囲う作業を始めた。

 冷たい風が吹き抜ける川岸は、いつの間にか村人たちの熱気と活気に満ちあふれた場所に変わっていた。

 王都の地下室では決して味わえなかった、誰かと協力して何かを作り上げるという純粋な喜び。

 ノアは額ににじんだ汗を手の甲で拭いながら、その心地よい疲労感を全身で深く噛み締めていた。

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