番外編「村娘の瞳に映る、優しく不器用な英雄」
辺境の村ルーメンにおける冬は、常に死の影と隣り合わせの恐ろしい季節だった。
朝目覚めれば室内の水差しは凍りつき、かじかむ指に息を吹きかけながら冷たいかまどに火を点けることから一日が始まる。
秋の終わりの収穫が少なければたちまち餓死の危険が迫り、猛吹雪の夜には森から飢えた上位の魔物が村の周囲をうろつくようになる。
村長の孫娘であるエルナにとって、冬の空を重く覆う鉛色の雲は、ただ耐え忍ぶしかない恐怖と忍耐の象徴でしかなかった。
しかし、その絶望的な冬の景色は、一人の風変わりな青年の到着によって跡形もなく覆されることになる。
エルナが初めてノアの姿を見たとき、彼はひどく傷ついた獣のような目をしていた。
猛吹雪が吹き荒れる村の入り口に、巨大な銀狼を連れて現れた見知らぬ青年。
王都の人間特有の整った顔立ちをしていたが、その頬はひどく痩せこけて影が落ちており、目の下には長年の睡眠不足を示す濃い疲労の色が張り付いていた。
村の大人たちは得体の知れないよそ者を警戒して遠巻きに見ているだけだったが、エルナには彼が恐ろしい人物にはどうしても見えなかった。
むしろ、冷たい雪の中で帰るべき居場所を失い、ただ静かに立ち尽くしている迷子のように思えたのだ。
だからこそ、エルナは翌朝、あり合わせの固い豆と苦い根菜を煮込んだだけの粗末なスープを持って、彼の滞在する村外れの廃屋のドアを叩いた。
吹きすさぶ冷たい風が、廃屋の立て付けの悪い木製のドアを激しく揺らしている。
王都の人間は無駄にプライドが高く、辺境の村人を泥にまみれた虫けらのように見下すという話は、行商人から何度も聞かされていた。
不作法だと乱暴に追い返されるかもしれないと胸の鼓動を早くしていたエルナだったが、ドアを開けたノアは、エルナの差し出したスープを両手で大切そうに受け取った。
「ありがとう。とても美味しそうだ」
かすれた声でそう言って微笑んだ彼の顔は、想像していたよりもずっと優しく、どこか不器用な温かさをまとっていた。
温かい器を包み込む彼の手は、ひどく冷え切って青白くなっていたのが印象に残っている。
彼はただの苦い根菜のスープを、まるで王宮の晩餐であるかのように、最後の一滴まで美味しそうに飲み干してくれた。
それからのノアの行動は、エルナにとって、そして村人たち全員にとって信じられないような奇跡の連続だった。
彼は自分の持つ『灯火師』というスキルを、ただ火を点けるだけの何の役にも立たない底辺職だと自嘲していた。
しかし、彼が指先から生み出すオレンジ色の炎は、村の共有オーブンの湿った薪を一瞬で燃やし尽くして清浄な熱を生み出し、冷え切っていた小川の水を甘く温かい温泉に変え、冬の最中に青々とした瑞々しい野菜を芽吹かせた。
ノアの火がもたらす恩恵によって、村の生活は日を追うごとに豊かになり、人々の顔から厳しい冬への恐怖がすっかり消え去っていく。
村人たちがいくら両手を握って感謝の言葉を伝えても、ノアはいつも「自分はたいしたことはしていない」と心底不思議そうな顔をして首を横に振るばかりだった。
王都で彼がどのような不当な扱いを受けていたのか、詳しい事情はエルナにはわからない。
しかし、彼が自分の価値を低く見積もりすぎていることだけは、日々の生活を共にするなかではっきりと理解できた。
だからこそ、あの春の祝祭の夜。
王都からの傲慢な使者を凄まじい魔力の圧力で追い返し、村に永遠の春をもたらしたノアが、なだらかな丘の上で自分の火の本当の価値に気づいてくれたとき、エルナは自分のことのように涙がこぼれるのを止めることができなかった。
眼下にはノアの魔法が作り出した美しい光の球が浮かび、焼けた肉の匂いと春の花の香りが混ざり合って夜風に乗って運ばれてくる。
誰かの帰る場所を温かく照らすために火を灯すのだと語る彼の横顔は、初めて村に来たときの傷ついた表情とはまるで違い、静かな自信と穏やかな光に満ちていた。
ノアの手の中で揺らめく小さな炎を両手で包み込んだとき、エルナの皮膚を通して伝わってきたのは、ノアの体温と魔力が混ざり合った、決して冷めることのない永遠の温もりだった。
エルナはこの先もずっと、この優しくて不器用な青年の隣で、彼が灯す火の光を真っ直ぐに見つめ続けていきたいと、夜空に瞬く無数の星を見上げながら心の底から強く願っていた。




