表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都を追放されて自由なスローライフを満喫中なのに、伝説の銀狼と村娘が毎日俺の火と料理をよこせと迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/20

第17話「春の祝祭と、村を満たす祝福」

 長く厳しい冬を越え、豊かな春を迎えたルーメンの村は、かつてないほどの熱気と活気に満ちあふれていた。

 今日は村の伝統である春の祝祭の日だ。

 本来であれば、冬の間に備蓄をすり減らした村人たちが、わずかに残った食事を持ち寄って細々と春の訪れを喜ぶだけのささやかな行事である。

 しかし、今年の祝祭はこれまでの村の歴史のどれとも違っていた。

 ノアの温室から収穫された新鮮な野菜が木のテーブルに山のように積まれ、結界に守られて冬を越し丸々と太った家畜の肉が、香ばしい匂いを立てて豪快に焼かれている。

 広場には色鮮やかな染め布が何枚も張られ、村の女たちは冬の間に織り上げた真新しい衣服を身にまとって忙しく立ち回っていた。

 ノアは広場の中央で、村の男たちとともに祝祭の中心となる巨大な木組みの塔を建て終えたところだった。

 太い麻縄が激しく擦れる音と、男たちの力強い掛け声が響き渡り、やがて塔の基礎が大地に深く固定される。

 ノアは額ににじんだ汗を手の甲で拭い、空を見上げる。

 日が傾き始め、空が美しい茜色から深い藍色へと移り変わろうとしていた。


「ノアさん、そろそろ火の準備をお願いしてもいいですか」


 背後から澄んだ声がし、振り返ると、普段の地味な作業着とは違う、薄紅色の美しい春着をまとったエルナが立っていた。

 彼女の髪には小さな白い春の花が細やかに編み込まれており、夕暮れの光を受けて柔らかく輝いている。

 ノアはほんの少しだけ目を細め、彼女の姿を真っ直ぐに見つめた。


「ああ、すぐに準備するよ。よく似合っているな、その服」

「あ、ありがとうございます。冬の間に、村の女たちで少しずつ縫い上げたんです」


 エルナは恥ずかしそうに頬を染めてうつむいた。

 ノアは静かに微笑み、広場の周囲に立てられた木の柱へと歩み寄る。

 普段であれば、村の明かりは松明や獣脂のロウソクを使うところだが、今日はノアの魔法で広場を特別に照らすことになっていた。

 ノアは木の柱に触れ、体内の魔力を指先へと静かに練り上げる。

 王都の冷たい地下室で求められていたような、ただ熱く激しく燃えるだけの暴力的な炎ではない。

 ノアが思い描いたのは、人々の心を温かく包み込むような、優しく穏やかな光だ。

 指先から生み出された炎は、木を焦がすことなく空中に重さを失ったように留まり、淡い金色の光を放ち始めた。

 ノアは広場を歩き回りながら、次々と空中に美しい炎を定着させていく。

 ある炎は夕日のような深い赤色を帯び、ある炎は冬の星のように澄んだ黄色を放っている。

 数十個の柔らかな光の球が広場全体を丸く囲み、祭りの会場を幻想的な空間へと変貌させた。

 最後に、ノアが広場の中央の木組みに触れて巨大な篝火を灯すと、村人たちから割れんばかりの歓声が上がった。

 王都から逃れてきた老齢の使用人も、手にした木の器を震わせながらその美しい光景に見入っている。


「これが、ノア様の本当の力……ただの灯火師などと呼んでいいものではありません。王都の魔導炉の炎は、目を焼くように凶暴で冷たい光でした。しかしノア様のこの炎は、見る者の心を癒やす神の祝福そのものです」


 老人が涙声でつぶやく言葉を、ノアは静かに聞き流した。

 神の祝福などという大げさなものではない。

 自分が灯した火の光を受けて、村人たちが満面の笑みを浮かべ、子供たちが光の球の下を喜んで走り回っている。

 木製の弦楽器が素朴で陽気な音楽を奏で始め、人々が手を取り合って広場の中央で足鳴らしの踊りを始めた。

 漂ってくる焼けた肉の脂の匂いと、春の夜の冷たい土の匂い。

 弦楽器の細かな振動と、大地を踏み鳴らす重たい靴の音。

 そのすべてが、ノアの五感を満たし、深い充足感を与えてくれる。

 ノアは広場の隅の丸太に腰を下ろし、手渡された果実酒を喉の奥へと流し込んだ。

 冷たい酒が喉を通り、胃の中で温かい熱へと変わる。

 誰もノアを急かさず、誰もノアを見下さない。

 ただ同じ火の温もりを共有し、喜びを分かち合っている。

 王都の地下室で凍えながら火を灯していた頃には、こんな夜が訪れることなど想像すらできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ