第二十四夜 命の価値を測るもの —痕跡—
第二十四夜 命の価値を測るもの ―痕跡―
美作医院で集まった日の翌日。
学校に亮太の姿は無かった。
いつもの席には、誰も座っていない。
海斗は、その空白を見つめていた。
「……あいつ、風邪でも引いたんか?」
独り言が、自分の声とは思えないほど軽く響いた。
それが心に引っかかる。
昼休みになると、恵が教室に顔を見せた。
「海斗、亮太は?」
「来てへん」
「え……?」
恵の顔が、僅かに引き攣った。
「LINEでやり取りしてたから、学校に来てると思ってた……」
「なんや……連絡つくんか?」
「いや、さっきからLINEに既読が付かん。だから、直接来たんや」
海斗はスマホを取り出し、亮太の番号を鳴らす――呼び出し音だけが、虚しく続いた。
「あかん、出えへんわ」
脳裏に、昨日の亮太の姿が蘇る。
『そうやな……色々考えてたんやけど、ちょっと調べてみたいことが出来た』
肩からかけた鞄を、大事そうに抱えていた姿。
(俺が「気ぃつけろ」言うたんやないか!)
「……まだ、何かあったとは決まってへん」
嫌な予感は、胸の奥で膨らんでくる。
恵にかけた言葉は、自分に向けて言っていた。
放課後、海斗たちは美作医院に明神を呼び出していた。
明神と佐伯は、すぐに駆けつけてくれた。
「亮太くんの家族に、確認が取れたで」
明神は海斗の顔を見るなり、口を開いた。
「朝、いつも通り家を出とる。学校には来てないんやろ?」
「そうや」
「半日連絡取れてへんだけやったら、まだ様子見でもええ話や」
明神は淡々と言い切った。
だが、その目は一度も海斗と合わなかった。
「せやけど……あいつ、昨日からずっとMのこと調べとったんや」
「そうだな、単独行動をしている可能性がある」
陸が、海斗の不安を言葉にした。
部屋の空気が一段重くなる。
「……実は、亮太くんの携帯はすでに電源が切られとる。もう追跡はできん」
「そんな……」
恵の声が震える。
「やけど、家にパソコンが置いてあったわ。それを許可を得て持ってきてる」
「助かるで、明神のおっさん」
「佐伯、出してくれ」
「分かりました」
佐伯は、テーブルの上に亮太のパソコンを広げた。
海斗も後ろから覗き込む。
「パソコンにはPINが設定されていましたが、両親が知っていたので開くことができました。番号は『0831』です」
「えっ……!」
「恵、どうしたんや?」
「い、いや……何でもない」
海斗は恵に顔を向けたが、それ以上何も言わなかった。
「……ずっと過去の失踪事件を調べていたようですね。新聞記事のデータベースや、統計資料とかも履歴が残っています」
「あいつ、一人でそこまで……」
「他には……失踪者の会社のホームページとかも見てるね……」
「ん? ちょい待ち! これは?」
「あ……これは、八十藏メディカルのホームページだ」
「前にセンセが言ってた会社か……」
ホームページを見ても、もちろん不審な点はない。
海斗は、一旦頭から切り離すことにした。
「佐伯さん、マップサイトの履歴を調べてくれないか?」
「そうだね……陸くん、ナイスだよ」
佐伯は、画面を切り替えた。
「これだね。履歴は……これだ」
図書館、大きな総合病院。そして、八十藏メディカル……
それらの名称が、履歴に並んでいた。
美作が、腕を組みながら声を漏らした。
「……図書館?」
「はい。おそらく、新聞の縮小版や、過去の資料を探しに行ってたのではないかと」
再び海斗の中で、亮太の言葉が蘇る。
『この被害者たちの情報を、手にすることのできる人ってどんな人やろって』
(なんで、一人で動くんや……)
「俺らは、これから図書館に向かう。海斗くんは、どないする?」
「俺も連れて行ってくれ」
「そう言うと思っとったで」
明神は立ち上がった。
佐伯も、パソコンを閉じるなり車のキーを掴んだ。
「恵、亮太の写真って持ってるか?」
「うん、あるよ。送るわ」
「頼むで」
そう言い残し、海斗は部屋を出ていこうとした。
しかし、その足が不意に止まる。
「恵……お前の誕生日っていつや?」
「えっ……八月三十一日」
「やっぱな。亮太のやつ、そうやったんか」
「私も、びっくりした……」
恵は下を向いた。
「海斗、亮太のこと――ちゃんと見つけてな」
「任せとけ。ちゃんとお前の前に連れてきたる」
恵の頭の上に、そっと手を乗せた。
「センセ、恵のこと頼んだで」
「あぁ。今日は早めに締めて、家まで送っていくよ」
美作の返事を確かめてから、海斗は外へと飛び出した。
四人が図書館に到着する頃には、すでに閉館していた。
警察手帳を使い中に入り、話を聞くことはできた。
「あー、この子確かに来てましたね。あんな時間に制服だったから覚えてます」
司書は、写真を覗き込みながら少し眉を寄せた。
「この子が、何かやったんですか?」
「まぁ、ちょっと探してるんですわ」
明神は、軽い口調で明言を避けた。
「何か借りたりしていますか?」
「それは無かったと思いますけど……ずっと、あそこのパソコンコーナーにいましたね。いつの間にか、いなくなってましたけど」
「一人でしたか?」
「えぇ、そうです」
司書が指差した方へ、海斗は目を向けた。
今は誰も使っていないパソコンが並んでいる。
すると、陸が後ろから声を出した。
「カメラの映像を見せてもらえますか?」
一行は、事務所内にあるカメラを制御するパソコンの前に案内された。
いかにも年季の入ったパソコンを、佐伯は器用に操作していた。
「いた! 亮太くんです」
開館後すぐの時間が表示されていた。
亮太は中に入ると、真っ直ぐにパソコンコーナーに向かっていった。
「ほとんど、動きがありませんね……」
「佐伯さん、早送りにしてみてください」
「了解」
パソコンを使い出してから、トイレ以外に動きはない。
二時間ほどで、亮太は席を立った。
「……特に収穫はありませんでしたね」
「いや、少し巻き戻してください!」
鋭い声を陸が発した。
「わ、分かった……このぐらい?」
「はい、そこで一時停止してください」
陸が止めた場面は、亮太が帰る準備をしているところだった。
テーブルから立ち上がり、鞄を開けている。
「海斗、見てみろ」
「これが、どないしたんや? もう帰るところやろ?」
「亮太くんじゃない――ここだ」
「……っ!」
明神が横から覗き込む。
「なんや? 何が写ってるんや?」
「八十藏や」
「何っ! ほんまか?」
「あぁ、しかも、こいつ――」
映像の中の八十藏は、小さく不鮮明だった。
亮太から少し離れた場所で、本を片手に座っている。だが顔は、開かれた本に向いていない。
視線は――明らかに亮太へと向けられていた。
「……八十藏!」
敵か味方か――その答えが欲しかった。
しかし今は、画面に映るその横顔を睨みつけることしかできない。
海斗は、知らぬ間に歯を強く噛み締めていた。
画面の中で、亮太の姿が見えなくなった。
そして、その後を追うように八十藏の姿も画面から消えた――




