第二十五夜 命の価値を測るもの —接触—
第二十五夜 命の価値を測るもの ―接触―
八十藏の姿が、画面から消えていく――
その残像が、海斗の中にまだ残っていた。
「次は、この総合病院や」
助手席の明神が、スマホの画面を後部座席にいる海斗に見せた。
亮太のマップ履歴に残っていた、大きな総合病院。
(……亮太、お前は何を調べてたんや)
海斗は、流れる景色を眺めていた。
病院の夜間受付に声をかけ、明神たちが警察手帳を提示する。
警備室の中に通され、しばらくすると責任者と名乗る男性が、事務員の女性を一人連れてやってきた。
「あ……この子なら覚えてますよ」
斉藤と名乗った若い事務員が、声を上げた。
「何をしに来たのか、分かりますかね?」
「はい。以前こちらに勤めていた先生のことを調べたいと……」
斉藤は困ったように眉を下げ、首を傾げた。
「ただ、あの子ってまだ中学生くらいでしょう?個人情報のこともあるし、詳しいことは教えられなくて」
「そうですよね」
明神は頷いた。
「だけど――」
斉藤は言いづらそうに口をつぐみ、横に座る責任者へ目を向けた。
男は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「あまりにも必死で頼むから――名前だけ教えてしまいました」
男が隣でため息をついた。
「けど、ホントに私が覚えてる人だけですよ」
「そうですか……」
「私、この病院長いんで、それなりに知ってますけど……研修医の方なんかは、さすがに覚えてませんよ」
「それでええですよ。誰の名前を伝えたか教えてください」
「は、はい……」
斉藤は一度深く息を吸うと、指折り数えながら記憶を手繰り始めた。
「まず岸岡先生、山本先生……神代先生、田中先生。それから、神尾先生! それくらいかな……あっ、久々江先生のことも伝えましたね」
「……ありがとうございます」
海斗は、一つひとつの名前を頭の中で繰り返す。
しかし、聞き覚えのある名前はなかった。
「名前を彼に伝えたとき、どんな反応でしたか?」
「うーん、特にこれといって反応はなかったですよ」
「そう、ですか……」
海斗は陸へ目を向けるが、陸は小さく首を横に振るだけだった。
明神からの質問が止まり、斉藤たちの緊張が僅かに緩んだ。
これ以上、何も出てこないと思ったのか、明神は話題を変えた。
「監視カメラ、見せてもらえますか?」
男は再びため息をついた。
いくつも並ぶモニターの前に通され、映像を確認していく。
「亮太……見つけたで」
お昼の時間帯、亮太が受付前を歩いている姿が映っていた。
亮太は、受付でしばらく話し込んだあと、画面から出ていった。
「亮太くん、二十分ほどで諦めてますね」
専用のコントローラーで動かしているが、佐伯は器用に操作していた。
陸は少し後ろから、モニター全体を眺めている。
やがて、その視線が一つのモニターで止まった。
「佐伯さん、このカメラの映像が見たい」
「了解、任せて」
陸が、視線を固定したモニターを指差す。
そのカメラは、病院の正面玄関付近を映していた。
「もう少し、先だな……」
佐伯は映像を早送りする。
すると、亮太が出てくるのが見えた。
「ここだな……」
肩を落とした亮太が、正面玄関を離れていく。
すると――
その背後から、一つの人影が近づいてきた。
「あっ――」
「……っ」
海斗だけでなく、全員の息が止まった。
画面の中の亮太が振り返る。
音声はない。ただ、口が動いているのが分かった。
亮太は、半身を引いて警戒しているように見える。
「ずっと、亮太をつけとったんか――八十藏!」
八十藏は、何かを話している。
しばらくして、亮太は歩き出した。だが、その隣に並ぶように八十藏も続く。
「亮太……行くなっ」
海斗の声は、自分でも驚くほど低かった。
願いは虚しく、二人は並んで画面の外へと消えていった。
「亮太くんに、抵抗している様子は……」
佐伯の声が、尻すぼみに小さくなった。
「おそらく、それはない。自分の意志で、歩いているように見える」
静かに落ち着いた声で、陸が否定した。
それがかえって、海斗の胸を重くした。
(抵抗もせんと……何でや)
またしても目の前で、二人が消えていく。
届かない手を掴もうとして、海斗は足踏みするだけだった。
病院を出る頃には、時刻はかなり遅くなっていた。
「今日は、ここまでや」
明神が、腕時計に目を落とす。
「まだ、追えるやろ」
「……海斗くん」
海斗を見つめる明神の声が、僅かに強くなった。
「これ以上は、足取りも掴めへん。おそらく、八十藏メディカルに行ってるとは思うが、それも確定とちゃう」
「せやけど……」
「こんな時間なら会社に人もおらんやろ。それにな、夜中に無理して動いても、空回りするだけや」
それ以上言い返す言葉を、海斗は持っていなかった。
不意に身体が後ろから引かれる。
陸の右腕が口元に回り、海斗を抱き寄せた。
「海斗、冷静になれ。今日はもう戻るぞ」
「……分かった、すまん」
眼光は鋭いまま、海斗は自分の拳をゆっくりと開いた。
「おかえり、海斗、陸」
美作医院では、美作が二人を出迎えてくれた。
「ただいま……センセ、恵は?」
「ちゃんと家まで送って行ったよ。約束通りにね」
「……助かるわ」
海斗は、詰めていた息を吐いた。
それを美作は、いつもと変わらない笑顔で見ていた。
「今日は、もう帰りなさい。二人とも、顔色悪いよ」
「あぁ、そのつもりや」
美作は、海斗の目を見て頷いた。
「そして――明日も普通に学校に行くんだよ」
カルテを片付ける手を止めて、美作は静かに言った。
「ちゃんと、普通の生活を送るんだ。話はそれからだよ」
「……そうします」
「あぁ、ちゃんと行くで」
二人がそう答えるのを聞いて、美作はまた微笑んだ。




