第十五夜 悪魔と契約した男 —依頼—
第十五夜 悪魔と契約した男 —依頼—
美作医院の事務室に、またチグハグな面子が集まっていた。空気だけが、重苦しい。
海斗は椅子に深くもたれて、天井を見ていた。
(……全然、進まへんな)
テーブルに広げられたのは、明神のまとめた資料と、小林亮太のノートパソコン。画面には、RKR調査事務所のホームページに届いたメールの一覧が表示されていた。
行方不明者に関する情報提供をホームページで呼びかけてから、一ヶ月ほどが経過していた。
「あれから、三百件以上メール来てるんやけど……」
亮太がため息をついた。
「ほとんどが噂話か、同じ話か、既に警察が把握しているやつやけどな」
「あぁ、俺の方でも確認してるが、目新しいものはあらへん」
刑事である明神耕助は腕を組んだまま、画面を見ていた。
「佐伯、お前も俺の相棒なら、もっと動けや」
「これでも、相当無理して時間作ってますけどね」
「お前は若いんやから、そのくらいでちょうどええわ」
佐伯直人は、眉を顰めて抗議するが、明神は動じない。
陸は窓の外を眺めていて、恵は海斗の隣でメール確認に勤しんでいた。
美作がカルテを持ったまま、独り言のように呟いた。
「いやー、ここって本当にRKR調査事務所の拠点なんだね」
「センセ……ホンマにそれでええんか? ええ加減、仕事の邪魔やろ」
「海斗は優しいね……」
美作は苦笑いをして、手元のカルテに視線を戻した。
海斗は立ち上がり、陸の横に立った。
「陸、どう思う。こんなことしてて、意味あると思うか?」
「意味がないわけじゃない……ただ、その程度だろう。それは明神さんたちも分かってる」
「どんなものにでも、すがりたいってことか……」
「それもある。しかし、それだけじゃない」
陸は窓の外を見たまま、視線を動かさない。
「俺たちのようなところにしか、集まらない情報もあるだろう」
「……そういうもんか?」
その時、ずっと画面を見つめていた恵が声を上げた。
「海斗、ちょっとこのメール見て。子どもから来てるで」
「子ども?」
恵がパソコンの画面を、海斗の方へと向けた。
海斗だけでなく、その場にいた全員が、その画面に注目した。
「小学生や、見てみ」
『RKR調査事務所へ
僕は小学五年生です。調べてほしいことがあります。
僕には同じアパートに、よく遊んでくれるおじさんがいました。ゲームが好きでよく遊んでいました。
でもおじさんは、ある日とつぜんいなくなりました。お母さんは、ひっこししたと言いますが、僕には信じられません。
来月出る新しいゲームも買うから、いっしょにしようねと、やくそくしていました。
おじさんは、僕とのやくそくをやぶったことはありません。
どうか、調べてください。お願いします』
「確かに、こういう情報は警察には届かんわ」
「届いたとしても……これだけでは動きづらいだろうな」
陸が、画面を見ながら考え込んでいた。
「この子、自分の名前も住所も書いてあるで。偉い子やな」
メールを読み終えた恵が、小さく微笑んだ。
「明神のおっさん、これどうする?」
「そうやな……」
明神は椅子にかけてあったジャケットを、手に取って立ち上がった。
「ちょいと、調べてみるわ。行くぞ、佐伯」
「えー、今からですか?」
「今からや」
「明神のおっさん、俺と陸も行くわ」
「そうか。二人が来てくれたら、何か発見があるかもな」
海斗は目線で合図を送ると、陸も頷いて動き出した。
「亮太と恵は、ここでメールの確認や。頼んだで」
「任せてや、今度こそ何か掴めるとええな」
「せやな」
海斗は、何事もないのが一番だと考えたが、それは口にしなかった。
佐伯の運転する車で四人が訪れたのは、二階建てのアパートだった。
築年数の経った、中央に外階段のある十戸ほどのアパート。
「佐伯、少年の情報は?」
「田辺光、小学五年生。このアパートの202号室ですね」
「メールは俺たちに来たんやから、俺と陸が聞いてくるわ」
「ふむ、そうやな。なら、俺たちはここで待ってるで」
明神と佐伯を残して、海斗と陸は車を降りた。
靴音を鳴らしながら階段を上がると、廊下に夕日が差し込んでいた。
海斗は、部屋番号を確認し、インターホンを押した。
しばらくすると、中から子どもの声で、「どなたですか?」と聞こえた。
「RKR調査事務所のもんやけど……光くんか?」
「えっ! ホンマに来てくれたん?」
「当たり前やろ」
もたつきながらもドアが開き、中から少年が出てきた。
海斗はしゃがみ込み、目線を同じ高さにして声をかける。
「俺はRKR調査事務所の海斗。こっちは陸や。よろしくな、光くん」
目を輝かせながら、光は質問を次々とぶつけてくる。それに対して、海斗は丁寧に答えていた。
やがて落ち着きを取り戻し、光は海斗たちに自分の知っていることを話し始めた。
「僕、おじさんの名前は知らへん。いつもおじさんって呼んでたから」
「おじさんの部屋はどこや?」
「隣の203号室や。なんか荷物はもう無くなってるらしいわ。けど、おじさんが僕に何にも言わずにいなくなるなんて、絶対おかしい」
光は語気を強めて、そう主張する。
「なんでそう思うんや?」
「だって、スマッシュシスターズで、僕に勝つために必死に練習してたんや」
そのタイトルは、普段ゲームをしない海斗ですら知っているほど、有名な格闘ゲームだった。
「そのゲーム……確か、新しいやつがもうすぐ発売やったよな?」
「そうやで! おじさん、それをもう予約してたんや! お金も払ったって言っとった」
「……そうか」
「あの日もな、また今度やろうって言ってたんや……新しいコントローラーまで、買ったんやで」
光は顔を伏せてしまった。
「だから、信じられへんねん……僕に黙っていなくなるなんて……」
「そうやな、俺もそう思うわ」
「僕のこと、信じてくれるの?」
海斗の言葉に、光は勢いよく顔を上げた。海斗も立ち上がり、力強く頷く。
「あぁ、信じるで!」
「だから、俺たちに任せてくれないか?」
陸が優しい声色で、光に問いかけた。
光は何か言いたそうにしたが、黙って頷いた。
海斗たちが階段を降りた後も、光は部屋の前からいつまでも手を振っていた。陸は振り返る度に、手を上げた。
海斗たちが戻ると、明神は車の横に立ち煙草の煙を燻らせていた。その煙が、空へ細く伸びている。
「……何、ニヤついてるんや?」
「お前ら、優しいとこあるんやなぁ」
「海斗は、子どもにはいつも優しいですよ」
陸が、光の方を見ながら言った。
「ほっとけ……それより——」
「分かっとる、ちゃんと調べといたるわ……佐伯がな」
明神につられるように、海斗は笑った。
「何とか、してやらんとな……」
「あぁ、光くんにとっては、大切な友達らしい」
海斗は、二階の廊下を見上げた。
「少し……やる気が出たわ」
203号室の扉は閉じたまま、何の気配もない。
「まずは、そのおっさん探しや——」




