第十四夜 夢が導く場所 後編
第十四夜 夢が導く場所 後編
柏木親子が抱き合う中、陸はスマホに向かって説明を繰り返していた。
「海斗、ほんまに柏木さんのお母さんが……」
亮太が声を抑えて、問いかけてくる。
「……一番最悪の結末や」
山の中は静かだった。
海斗たちにサイレンの音が届くまで、三十分ほどの時間を要した。
そしてそこから一時間後には、ライトの灯りが山を昼間のように照らしていた。
柏木親子は別々のパトカーに乗せられ、それぞれ聴取を受けていた。
「いやいや、どうも。君らが第一発見者かいな。俺は捜査一課の刑事で、明神ってもんですわ」
大きな声で海斗たちに近寄ってきた男は、名刺を差し出してきた。
年齢は四十代後半くらい。無精髭を生やして、髪はボサボサ。しかし、目つきは鋭い。
傍には若い男性刑事が控えていた。
「明神、耕助? 何や、色々混ざったような名前やな」
「がはは、よう言われるわ。で、君が六分儀海斗くんか?」
「なんや、俺のこと知っとるんか?」
「あぁ、生活安全課に同期がいてな。よく、金髪の悪魔の話は聞いてたんや。昔は、散々お世話になったやろ?」
「あの、おっちゃんか……」
やり取りを聞いていた亮太と恵が、目を丸くしていた。
「金髪の悪魔……私、聞いたことあるで」
「俺もや、海斗のことやったんかいな……」
「その通り名は忘れてくれ……」
海斗は頭を掻いた。明神は口元だけで笑った。
「それより、君らが遺体……と言うか骨を発見した経緯を聞かせてくれるか?」
「もう、他の警官に話したで」
「分かっとる、俺はお前から聞きたいんや」
明神は、胸元から手帳を取り出した。
「夢で見た、って話は聞いとる。正直に言うて——」
ギロリと明神は海斗を見た。
「信じてへんけどな」
「ですよね……」
亮太が苦笑いした。
「柏木さんが夢で見た場所を、俺らが見つけた。それだけや」
「そしたら、骨が出てきた、と」
明神はため息をつきながら、開いていた手帳を閉じた。
「しかし……君らが嘘をついてるようには見えんな」
「そら、どうも」
「けど、これじゃあ調書を書けんがな……」
頭をかきながら、明神は横目で海斗を見た。
「海斗くん、一つだけ聞いてええか」
「なんや」
「今回の件、どこまで関わるつもりや?」
「もう、終わりや。俺らの仕事は、ここまでやと思とる」
明神は頷いた。
「ならええ」
「明神のおっさん、俺からも聞いてええか?」
「あぁ」
「あの親子は、どうなるんや?」
ここで初めて明神が、海斗から視線を外した。
人が忙しそうに動き回っている現場を見ていた。
「まずは、骨の鑑定をしてからやが……実刑は確実やろな」
「……そうか」
「母親の自供もあるしな」
その事実に全員が黙り込んだ。
「だが、情状酌量の余地はありそうや。旦那から長い間、酷いDVを受けとったらしいからの」
「むごいな……」
「その辺が証明できれば、事情を汲んでもらえるはずや」
その時、パトカーのドアが開き、柏木が後部座席から降りてくるのが見えた。
「ほな、俺は彼から話を聞いてくるから、お前らはもう帰ってええで。また」
「あの親子のこと——頼むで」
「できる限りのことはする。俺にも……息子がおるんや」
明神は、海斗たちに背を向け、手を振りながら歩き出した。
その時、柏木がいきなり海斗に走り寄ってきた。
明神のことも無視し、海斗に向かって一直線に。
「なんで、見つけたんやっ!」
柏木は海斗の胸ぐらを掴んで叫んだ。
「ほっといてくれれば……このまま母さんと……」
「すまんな……」
行き場のない怒りを柏木は、海斗にぶつけた。
海斗は、ただ黙ってそれを受け止めていた。
山からの帰り道、四人は何も言葉を交わさなかった。
駅のホームで電車を待つ間、恵だけが口を開いた。
「柏木くん……これからどうなるんやろ」
その問いかけに、誰も答えない。
「お母さんも、悪い人には見えへんかったのに……」
「悪い人ではなかったな」
陸がいつもの口調で答えた。
「しかし、自分の犯した罪は消えないんだ」
やがて、電車が到着した。
四人は乗り込んで、自分の街へと戻っていく。
窓の外を、夜の街が流れていった。
どの家にも、灯がついていた。
「これで、良かったんかな……」
亮太がポツリと呟いた。
「真実は苦しい」
「……」
「だが、嘘のままでは、前には進めない」
しばらくすると電車が駅に滑り込んだ。
ドアが開くと、海斗は何も言わずに降りていった。
事件の日から、一週間ほど経った日の放課後。
海斗たち四人は、柏木の家の前まで来ていた。
特に何も変わらないように見える家。
しかし、玄関の花は、誰も水をやっていないのか、少し枯れていた。
「誰もおらんのかな……」
恵が小さな声で言ったが、誰も答えることはできない。
インターホンを押すこともなく、四人はそこに立っていた。
「よう、君たちか」
突然、後ろから声がかかった。
「なんや、あんたか」
海斗が振り向くと、明神が立っていた。今日は若い刑事はいない。
「悠真くんに会いに来たんか?」
「そういうわけやない」
明神は、柏木家の玄関に目をやった。
「花……枯れてるな。水、やっといたろか」
「明神さん、そんなことしていいんですか?」
陸が驚いたように声を出した。
「法律違反やないやろ」
明神は近くの自動販売機でペットボトルを買い、花に水をやった。
その背中を、みんな黙って見ていた。
「ねぇ、刑事さん」
恵に呼ばれた明神は、座ったまま振り返った。
「柏木さん……悠真くんは、これからどうするん?」
「あの子は親戚に引き取られた。ここからは遠いな」
「……そう、なんや」
「母親は——」
明神は水をやり終えて、立ち上がった。
「これまで事件として発覚してへんかったんやから、自首ってことになるはずや。それに情状酌量の余地もある」
「でも、しばらくは出てこれへんやろ?」
海斗は責めるような口調になっていた。
「あぁ……これから長い時間をかけて、裁かれることになる」
海斗は明神の横に並んで、花を見た。
二人の影が、同じ方向に伸びていた。
「明神のおっさんは……犯人捕まえて、後悔したこと、あるか?」
唐突な質問に、明神は目を細めた。
「あるで」
「……そうか」
「ある事件で——真実を明らかにしたことがある」
明神は、煙草を取り出して火を付けた。
「結果、家族はバラバラになった」
「……そんなこともあるやろな」
「真実が全員を救うとは限らん」
煙草の煙が、夕暮れの空に消えていく。
「それでも、それを追い続けるんか」
「あぁ、そうや」
明神は短くなった煙草を、指で弾いた。
「明かされることで、重い荷物を下ろせるやつもおる」
「……」
「あの母親……お前らに感謝してたで」
恵が手で口を押さえた。
亮太はずっと俯いていた。
やがて、明神は煙草を踏み消してから、口を開いた。
「なぁ、海斗くん」
「なんや」
「ちょっと調べさせてもらったんやけど、君らはRKR調査事務所ってのをやってるんやろ?」
「まあな」
「なら、依頼したいことがあるんや」
「は?」
明神はスーツの内ポケットから、使い古したシステム手帳を取り出した。
「これを、見てくれ」
そう言って手帳を開く。
そこには、びっしりと個人情報が並んでいた。
日付、年齢、性別、住所。
「ここ数年、この辺では人が消えすぎてるんや」
ページを捲ると、また同じように名前が並んでいた。
「家出でも、事故でもない。遺体も見つからん」
「確かに……聞いたことがあります」
亮太が口を挟んだ。
「この辺で、行方不明者がやたら増えてるって……都市伝説やと思ってました」
「いや、事実や」
「そんな……」
海斗の記憶の中にも、その噂話は残っている。
だが——
「それが何でうちに依頼するって話になるんや?」
明神は静かに手帳を閉じた。
「……お前らは、警察も見つけられへんかった遺体を見つけた」
「まぁ、そうやな」
「正直、最初は半信半疑やった」
海斗は明神を見た。その視線を真正面から、明神は受け止めた。
「せやけどな。信じるしか……いや、信じたいと思ったんや」
柏木家の門で、自動的に灯が灯った。
「この失踪事件も、我々のやり方だけでは、辿り着けへん何かがあるんかもしれん」
明神は内ポケットに、手帳を戻した。
「だから、お前らの力を借りたい」
「人探しを手伝えってことか……」
「そうや。俺は刑事として捜査を続ける——」
海斗の肩に、明神は手を乗せた。
「だから、お前らのその力で、俺を助けてくれ」
今までにないほど、明神の目に力がこもる。
海斗は、ただその目を見つめ返すだけだった。
やがて、海斗は大きくため息をついた。
海斗の視線が一瞬、明神の後ろに動き、すぐに顔を逸らした。
「……分かった、手伝うわ」
「おぉ、ホンマか……」
「ただし、役に立たんかもしれへんで」
「どういうことや?」
海斗は踵を返して、歩き出した。
「そいつらが、想いを残してなかったら……お手上げや」
「そういうことか……」
他の三人も、海斗に続いて歩き出した。
頬を撫でる風が、少し冷たくなっていた。
明神は、遠ざかっていく背中に声をかけた。
「なぁ、あの子の夢に出てきたっていう、じいさんは何者やったんや?」
海斗たちは、足を止め振り向いた。
だが、口を開いたのは陸だった。
「あれは——彼の守護霊ですよ。おそらく父親側の先祖です」
「それは……」
「罪滅ぼし、ではないでしょうか」
明神は柏木の家を見た。
「そうか……それで悠真くんを、導いたんやな」
陸は続けた。
「あなたにも、導く者がいますよ」
「なんやて?」
「あなたにそっくりな男性が、見えます」
「!」
「ずっと、後ろに立っています」
それだけ告げると、再び四人は前を向いて歩き出した。
夕暮れの住宅街で、明神は独り佇んでいた。
「親父、か? ……あいつらに、導いてくれたんか」
明神の口元が微かに緩んだ。
夕暮れの風が、庭先を揺らした。
柏木家の花が、少しだけ顔を上げていた。




