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名もなき怪異の夜  作者: 早谷 蒼葉


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第十三夜 夢が導く場所 前編

第十三夜 夢が導く場所 前編


 昼休みの教室に、小林亮太(こばやしりょうた)のキーボードの音が鳴っていた。


「なぁ海斗、変な書き込みがあるんやけど……」

「それはいつものことやけど……うちのホームページか?」

「そや。最近、変な夢を見るっていう書き込みや」


 海斗はコンビニ弁当の箸を止めない。


「夢なんか誰でも見るやろ?」

「そういう話やなくて」


 亮太はパソコンを開く。


「夢で見た場所に行くと、失くした物が見つかるんやって」


 海斗は一瞬だけ箸を止め、また動かした。


「……超能力系の話か」

「本人は大真面目やで」

「こういう話は、陸に聞いてみた方がええな」


 海斗はスマホを取り出して、タッチパネルを操作した。




「予知夢、か……」


 放課後、美作(みまさか)病院の病室で、陸が呟いた。


「DMでやりとりして、相手の情報は手に入れてるで」

「さすが亮太やな、仕事が速いやん」


 高梨恵(たかなしめぐみ)が、亮太の背中を何度も叩く。


「陸、どう思う? 正直怪異とは言えへんけど、ちょっと気になるんや」

「海斗がそう感じるなら、一度会った方がいい。亮太くん、お願いできるか?」

「えぇ、大丈夫ですよ。隣町の高校生で、陸さんと同い年です」

「なら、明日あたり会いに行くことにしよう」


 亮太はノートパソコンを開いて、キーボードを叩き出した。


「すっかり、ここがRKR調査事務所の拠点になってるよね」


 部屋の隅でカルテに目を通していた美作が、苦笑しながら口を開いた。


「何やセンセ、おったんか」

「……ずっと、いたよ」




 翌日の放課後、海斗たち四人は隣町の駅にいた。


「この駅前で、投稿者と待ち合わせしてるんや」

「亮太、そいつの名前は?」

「柏木悠真(かしわぎゆうま)くんや」

「あっ、あの人やない?」


 恵が指差した方に顔を向けると、制服のまま辺りを見渡している学生がいた。

 亮太が手を挙げると、学生はホッとしたように表情を緩めた。


「初めまして、柏木悠真です」

「RKR調査事務所です」

「本当に来てくれはったんですね、良かった……」


 柏木は胸に手を当てて、噛み締めるように言った。


「そら来ますよ、依頼者は大切にしてます」


 亮太が柏木に、みんなを紹介している間、海斗は柏木の後ろを視ていた。


「陸、視えとるか? あの後ろのやつ」


 海斗は、陸だけに聞こえる声で囁いた。


「あぁ……しかし、悪いものではないな」

「そうやな……ん、何や?」


 柏木の後ろに立つものが、ゆっくりと腕を上げ指である方向を指し示した。


「なぁ、柏木さん。あっちの方には何があるんや?」

「あっち? それなら、僕の家がある方角ですよ」


 明らかに年下である海斗にも、柏木は丁寧な口調と態度で話していた。


「他には、何かあるか?」

「いや……あとは山がある位で……」

「ほんなら、今からアンタの家に行ってもええか?」

「えぇ、大丈夫ですよ。じゃあ、案内しますね」


 柏木の家は、駅から十五分ほどの住宅地にあるという。柏木と恵を先頭にして、海斗たちは後に続いていた。


「なぁ、柏木さんがみてたのは、どんな夢やったの?」


 人懐っこい恵が、勝手に情報を聞き出してくれるので、海斗たちは口を挟まず耳を傾けていた。


「おじいさんが、ある場所を指差しているんや」


 気がついたら、柏木の口調はくだけていた。


「ある場所? 知ってるとこ?」

「あぁ、うちの庭やった」

「……それから、どうなったん?」

「次の日も同じ夢をみたんや。その次の日も」


 恵の顔が曇った。


「毎日見るから気になって、指差された場所を調べたんや」

「そ、そしたら?」

「子どもの頃に失くした、おもちゃが出てきた」

「あ、良かったやん!」


 顔を綻ばせて、恵は声を上げた。


「あとは、父さんの遺してくれた腕時計とか」

「遺してくれた?」

「うちの父さんは、もう亡くなってるんや」

「そうなんや……ごめん」

「ええよ、大丈夫」


 その後、何度も同じような夢を見たらしい。


 父親の遺してくれた腕時計は、物置の段ボールの中。

 スマホのストラップは、通学路の途中にある溝から。

 落とした家の鍵は、駅前の花壇の中で見つけたらしい。


「一回だけやったら偶然で済むけどな」

「そうやね……」


 二人の会話が途切れた頃、ようやく柏木の家に到着した。

 空は、もう夕方の色をしていた。


 築年数はそれなりだが、手入れが行き届いているようだった。

 玄関には小さな花が植えてある。

 毎日、水をやっているのが分かった。


 柏木は門から中に入り、玄関の扉を開いた。


「ただいま、友達連れてきたで」

「おかえり」


 海斗たちが遅れて玄関に入ると、エプロン姿の女性が出迎えてくれた。


「いらっしゃい、悠真のお友達やね。この子の母です」


 海斗は母親へ顔を向けた。


 柔らかい目元と、穏やかな笑顔。

 色白な肌と、目元が柏木とそっくりだった。


「お邪魔しまーす」


 恵が元気に挨拶を返す。

 その時、一瞬だけ海斗と陸は視線を交わし合った。


「どうぞ上がって、今、お茶入れるから」


 海斗たち一行は、リビングに案内された。

 テレビやソファーが置かれているが、シンプルなデザインが多い。

 ソファーに座るなり、今度は亮太が話を切り出した。


「そのおじいさん、心当たりはないんですか?」

「そもそも、顔が見えへんかった。なんか、光の中におるような感じで……」

「そう、ですか……」


 わずかな間、沈黙の時間が流れた。

 すると、母親がキッチンからお盆を持ってやってきた。

 テーブルの上に、お茶とお菓子が並んだ。


「さあ、皆さん、召し上がって」


 母親は優しげな笑みを絶やさない。

 恵と亮太は礼を口にしたが、柏木は少し俯いた。

 海斗と陸だけが、何にも手を伸ばさなかった。


「最近も見てんですよね?」

「そうや、だけど今度は場所が分からへん」

「……どんな所です?」


 柏木は目を閉じる。それは夢の記憶を辿ろうとしているように見えた。


「山の中やった。一本の杉の木……倒木もあって、大きな石がある」


 ガシャーン——


 大きな音がして、全員が音の出所に顔を向けた。

 それはキッチンで、母親が食器を落とした音だった。


「母さん! 大丈夫?」


 柏木は慌ててキッチンに向かった。

 その後ろから海斗も続いた。


「なぁ、おばさん。柏木さんの父親は何で亡くなったんや?」

「か、海斗! 失礼やで」


 恵が抗議の声を上げた。

 だが、海斗はまったく動じない。


「柏木さん、あんたは父親について、何て聞いてるんや?」

「……僕は蒸発したって聞いた。それで七年経つと死亡したことになるって……」

「失踪宣告だな」


 陸が、はっきりとした声で言い切った。


「そ、それがどうしたっていうんや!」

「おばさん、心当たりあるんちゃうか?」


 母親の顔から、笑顔が完全に消えていた。


「……何に対して、かしら?」

「その場所に関してや」

「!」

「お前、何言ってるんや!」


 柏木の声は、もはや叫び声になっていた。しかし、海斗には響いていない。


「初めて見た時からな、あんたに——男の人が絡みついてんで」

「ひっ……」

「適当なこと、言うなや!」

「残念やが、ホンマや……」


『ミチコ、許さん』


「——そうやって、ずっと呟いとる。アンタの名前やろ」

「えぇ、そうよ……」


 母親は力無く腰を落とした。


「許して……敏夫さん」


 ゆっくりと、母親の目から涙がこぼれ、床に落ちていった。


「そ、それが何やっていうねん!」

「なら、行ってみるか」

「は? どこへや!」

「あんたの、夢が教えてくれた場所や」


 海斗たちは、柏木家の裏にある山に入っていく。

 柏木は母親の同行を拒んだが、母親の強い希望で一緒に連れていくことになった。

 母親は山に入る際、震える手を握りしめながら、一度だけ目を閉じた。


 裏山はそれほど大きな山ではない。

 しかし夕方の山には、独特の雰囲気と静けさがあった。

 木々の隙間から差し込む光が、オレンジから灰色に変わっていく。

 そんな中、海斗と陸は迷うことなく進んでいた。

 みんなは黙って、二人の背中を追った。


「海斗、何で場所が分かるんや?」


 亮太が息を荒くしながら、海斗に耳打ちをした。


「柏木さんの言ってたおじいさん、俺と陸には見えてんねん」

「……えっ、いつから?」

「最初からや、柏木さんの背後にな」

「そして、ずっと指を指しているんだ——同じ場所を」


 陸が海斗の言葉を補完した。亮太の喉が鳴った。


「そ、そこに何があるん?」

「おそらく——」


 その時、海斗の視界に大きな石が入った。と、同時に恵から声が漏れた。


「あった! 杉の木と、おっきな石や!」

「これは、確かに夢の場所……」


 柏木の背後に立つおじいさんは、石の手前を指し示していた。


 母親は一番後ろに立ち、石に近づこうとしない。

 海斗は振り返らず、背中越しで母親に語りかけた。


「埋まってんのは——柏木さんの父親やな?」

「……えぇ、そうよ」

「う、嘘や! 信じへんぞ!」

「ごめん、ごめんね……悠真」


 母親は、息子を抱きしめた。


「陸……」

「……分かっている」


 そう言いながら、既に陸はスマホを取り出していた。


 山の中に、親子の泣き声だけが響き渡っていた。


 海斗はそれ以上、何も言わなかった——


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