第七一八話 サメさん、調子にのる
翌日。予定より遅くなってしまったが、BMOへ無事にログインする。
さっそく日課を済ませてから、ブラットはHIMAを連れて聖獣のいる場所へとやってきた。
その聖獣のいる場所というのは、もちろんブラットとフランソワで救った廃港町である。
「おお、なんか思ってたより街づくりが進んでるな」
「なんだか他人事みたいな言い方だけど、ブラットもフランソワと共同で運営してるんだよね?」
「まぁ、こっちは正直ほとんど任せっきりになっちゃってるから」
フランソワとその同志たちによって、完全に廃れていた港町の開発が急ピッチで進められはじめていた。
さすがに一線級の生産職たちが一〇人も集まって趣味に全力で走れば、開発も早いのだろう。
ボロボロだった地面剥き出しの町道は、綺麗に平らにならした上でレンガ調のお洒落な模様が入った道に舗装し直されていた。しかも区域ごとにイメージがあるのか、細かく模様が違っていたりする。
元々あった廃墟は中途半端に再利用するよりは、作り直したほうが自分たちの理想通りに町を作れるからと、建築物は盛大に解体されていっている。
今現在進行形で、何体もの金剛力士像のような大きくごつい木彫りの人形や、三メートル以上ありそうな体躯の男型機械人形たちが、巨大なハンマーやドリルなど解体道具をもってあちこちの家屋を潰して回っている。
「なんだかすごい迫力の人形だね」
「木彫りの方は、あそこの木彫りのクマ──『北海DO』さんが作ったやつだろうな。オートマタはあっちで命令を出してる女性型の機械人形の『D-17β』さん作だと思う」
「へぇ、じゃあ、あのお片付けしてるメイドさんの人形は?」
「吸血鬼のプレイヤーの『リヒト』さんだと思う。そっちに片付けた残骸を持って行ってるし」
「じゃあ、あの可愛いネコさんたちは?」
「ネコといったら『Lllli』さんで間違いないだろうな」
『北海DO』や『D-17β』の人形たちが壊した残骸を、メイド人形たちが綺麗に片づけ、それを主である『リヒト』が錬金術で残骸から使えそうな資材をリサイクルしている。
そうして綺麗になった場所には、赤毛のネコの着ぐるみ『Lllli』の二本足で歩きまわるネコのぬいぐるみたちが、地面をならして固めて、綺麗なレンガで舗装していく。
町は既に八割方解体作業は終わっており、あと少しで平らなレンガ調の地面が広がる更地に変わるだろう──という所まで進んでいる。
もはや廃港町というよりは、港町予定地といった言葉の方が正しいだろう。
ちなみにブラットは、これらの開発事業はほぼノータッチで来ているため、どうしても他人事のような感想になってしまう。
最低限周辺の浄化作業は手伝いに来ることはあるが、ブラットはほとんどこの町の開発には関わっていないのだ。
というのもここは『人形好きの町』ひいては『人形の町』という、フランソワと愉快な仲間たちによる趣味全開なコンセプトで開発計画が練られているため、ブラットが中途半端に口を出しても邪魔なだけ。
ブラット自身はハイエルンで好き勝手できているのと、街づくりより自己強化に専念したいというのもあって、どちら側にとっても文句は一切ない。
むしろフランソワの愉快な仲間たちは、好き勝手にやらせてくれてありがとうとすら思っている。
だがブラットの方も、ほとんど何もしていないのに港町ができれば、そこで得られる利権に噛ませてもらえるのだから、お礼を言いたいくらいである。
「「こんにちは~」」
「あら、こんにちは。二人とも」
開発がはじまって間もない町に入っていくと、さっそくフランソワたちを発見し声をかける。
彼女が操る人形たちも忙しなく動き回っていたが、そちらもブラットとHIMAに向いて一斉にペコリとお辞儀すると、また作業に戻っていく。
「今日はどうしたのかしら。何か私に用があった?」
「フランソワにっていうか、今日はサメさんに用があってきたんだ。海に行けば会えるよな?」
「ええ、海に行けば会えるでしょうけど……そうね。ちょっとブラットにも見てほしいから、HIMAも一緒にこっちに来てくれる?」
「「んん?」」
サメさんに会いに来たといえば、急に含みがあるような態度に変わり、ポチにまたがるフランソワに連れられるがまま、二人は港の方へ歩いていく。
町の方の開発を優先しているため、まだ港の方はボロボロのまま、ほぼ手が入っていない。
けれど一か所だけ海岸付近に海に浮かぶようにして目を引く建築物が建てられており、そちらへ続く場所だけは綺麗に舗装されている。
「あれはもしかして神殿?」
「ええ、『聖魚殿』と私たちは呼んでるわ。サメさんを祀るための神殿なの」
「なんだか可愛い場所ですね。しゃちたんとか好きそう」
「まだまだどこもハリボテ状態だから、もう少しできてから、しゃちたんも呼んでみようかしらね。目的地は、あの聖魚殿よ」
今後、港が機能するようになった際に、船の行き来を邪魔しないよう考えられて聖魚殿は建てられている。
それは白を基調にした丸みのある神殿で、白い壁、淡い水色の屋根に桃色や薄紫の真珠を思わせる装飾で飾り立てられ、貝殻や魚やヒトデ、イルカなどの意匠の窓がついている。
屋根の上には、ちょこんと乗ったサメの飾りがなんとも愛らしい。
そんな女児向けのドールハウスを巨大化したような神殿ではあるのだが、不思議と〝おもちゃっぽい〟といった安さは感じさせない、〝可愛いと神聖さ〟を上手く融合し表現している。
その絶妙な塩梅は、彼女たちのデザインセンスの高さを如実に示しているようにブラットは思えた。
(ただあのサメさんのビジュアルと、恐ろしいくらいマッチしてないのが気になるなぁ……)
海の中に建てられている聖魚殿の中へ入るために、貝殻で飾り立てられた、緩やかにアーチを描く白い橋を渡っていく。
橋の欄干には、一定間隔で小さなランタンが置かれている。ランタンもちゃんと神殿に合うような可愛らしいデザインになっており、細部にわたり拘り抜かれているのを感じた。
橋を渡ると神殿入り口の正面だ。巨大な扉ではなく、丸みを帯びたアーチ型の入口で白い扉がはめ込まれている。
その扉には大きな水色の可愛いサメさんが、桃色の花を胸ビレで抱えてニッコリしてるタイルアートが描かれている。
上には円形のステンドグラス。中央にサメ、その周囲を魚や星、貝殻が取り囲んでいた。
「ふふっ、可愛いサメさんだね」
「うん。これは可愛いんだけど……」
このままだと神殿に来た人が、このアニメ調のきゅるるんとしたサメさんが、この海の守り神だと勘違いしてしまうのではないかと、別の心配ごとに気を取られてHIMAに生返事をしてしまう。
「たしかにここを見ると、ハリボテって言った意味が分かるな」
「海の安全と恵みをもたらしてくれる本物の土地神様である、サメさんの神殿だから中ももっと早く作りたいのだけど、サメさんに『僕のことは後回しでいいから』って言われちゃってるのよね」
「あんなに可愛いのに、性格もいいなんて天使みたいなサメさんなんだね」
「あー……うん、まあ、性格は天使だよ?」
「なんで疑問形?」
扉を開けると、まだ建設途中なんだとよく分かる。内装は作りかけで、建材剥き出しで装飾がされていない。
表側から見える所以外は窓もはめられておらず、資材も置きっぱなし、明かりも作業用の直置きライトが設置されているだけ。
町の方で見なかった小柄な天使の女性『フィオ』、ハーフリングの男の子『iorell』、妖精の女の子『ゆめね』は、こちらで作業していた。
「じゃあ祭壇の間に案内するわね。そっちにいるはずだから」
そちらとも軽く挨拶を済ませてから、まだ飾り気もない通路を進み、神殿中央にある大きな部屋へと、フランソワと一緒に二人は入っていく。
「えーと…………ここって祭壇の間って言ってなかったか?」
「まぁ、何を言いたいのかわかるけど、本人の意向を聞いたらこうなったのよ」
「私なんか、こういうの見たことあるよ。……水族館で」
祭壇の間というからには、サメさんを称える祭壇や神像が設置してあるのかと思いきや、そこはまるでイルカショーでも開催するつもりなのかと言いたくなる、大きな空間が広がっていた。
装飾はまだできていないため随分と簡素ではあるが、中央はくりぬかれて海と繋がり、分厚いガラスで囲われたプールのようになっている。
奥には白いステージがあり、床にはサメさんの可愛い絵が描いてあった。
そして中央の海直結プールを取り囲むように、すり鉢状に観客席がズラリと並んでいる。
神殿ではなく、水族館にでも間違えて入ってきてしまったのかと、疑いたくなる光景だ。
二人が想像していた物と違いすぎて固まっていると、突然天井に付けられたスピーカーから、元気のいい女性の声が響き渡る。
『さぁ、みんな~! サメさんに会いたいかな~?』
「なんか、はじまったんだけど……」
「この演出がいたくお気に召したようなのよね。乗ってあげてちょうだい。会いたーーい!」
「え? ええ? あ──会いたーーい?」
「あ、会いたーい!」
フランソワが普段しないような声音で会いたいと叫び出し、HIMAとブラットもその後に続き同じ言葉をプールに向かって叫ぶ。
するとようやくスピーカーの声が次へと進んでくれる。
『じゃあ、皆で呼んでみよう! せーの! サメさーーーーーん!』
「「「サメさーーーーん!」」」
自分たちはいったい何をさせられているんだろう。イルカショーというより、ヒーローショーみたいになってないか。だとか、いろいろな考えがブラットの頭の中をよぎるが、それ以上にこの先に出てくるのは、ステージや神殿のあちこちに描かれたサメさんではなく、あのサメさんなのだ。
もしもそれを知らない人を呼んで、ここまで可愛いサメさんがくると煽って期待させておきながら、あのサメさんが出てきたらそれはもう詐欺である。
いろんな人が驚き叫び、逆にサメさんが傷ついたりしないのかと心配になってくる。
だがそんな心配をよそに、サメさんの力強い気配がプールの底の海から近づいてきていることにブラットはすぐに気が付く。
これはHIMAに可愛いサメさんが出てくるわけではないと、先に説明したほうがいいのではないかと迷っている間に、大きく水しぶきを上げながらサメさんが現れた!
「サメさん、登場! みんな、待ったかな?」
「可愛い! サメさーーん!」
「──────ええっ!?」
「ふふふ、その顔が見たかったのよね」
HIMAがサメさんを見て、可愛いと言ったことに驚いたわけではない。
本当に可愛い、デフォルメされたアニメ調のサメさんが飛び出してきたことに驚いたのだ。
フランソワはブラットの望んだ通りの反応に、満足げに頷いている。
HIMAがサメさんに手を振ると、サメさんは嬉しそうに水面に尾で立つと、右の胸ビレを大きく振ってこたえてくれた。
その姿は確かに可愛いのだが、ブラットはHIMAほど純粋にそれを受け容れられていない。
「え? ど、どどどどういうこと!? サメさん、変身できたの!?」
「変身ではないわ。あれはね、私たち人形好きたちの技術を集結させて作った、サメさん専用キューティ着ぐるみよ!」
「着ぐるみ!?」
まさかの展開とフランソワとポチのドヤ顔に、ツッコミを入れる余裕もないほどにブラットはさらに驚き、その反応がさらに彼女を満足させていた。
その間にもサメさんのワンマンショーは続いていき、HIMAは愛らしく動き回るサメさんに夢中になって声援を送っている。
サメさんは土地神級の力をショーの演出のために使い倒しているため、その愛らしい着ぐるみ姿でなくても、見ごたえたっぷりだ。
サメさんも新鮮な反応にテンションが上がっていき、どんどん動きが派手になっていく。
「可愛いお嬢さんのために、僕のとっておきの技を見せてあげるね! いっくぞーーー!」
「サメさん、がんばれー!」
「普通に楽しいな」
「あれは……ちょっと調子に乗りすぎたようね」
「フランソワ? それはどういう──」
「スペシャル、ウルトラ、ファイナル、トルネード!!」
空中に水の渦の通路を作り出し、細かな水をばら撒いて光を反射させた虹を作り出し、サメさんは高速回転しながら曲芸じみた動きで虹の空中水路を泳ぎ出す。
そこまでは良かったのだが、サメさんは気分が良くなり過ぎたことで、事前にフランソワたちから受けていた注意事項を忘れてしまっていた。
それは着ぐるみの耐久だ。彼ほど強い力を宿す肉体を、完全に収めることなど今のフランソワたちの技術では不可能だ。
なので何もしなくても、着ているだけで耐久は減っていくのだが、彼自身がちゃんとセーブして動けば余裕で半日はもつ設計ではあった。
ショーを見せている時間くらいはもつはずだったのに、着ぐるみに亀裂が入ったのをブラットも気が付いた。
「あっ」
「最後にオマケのハリケーンツイスター!」
亀裂が入った瞬間に、客席──この場合はHIMAの目の前にまで水路を伸ばし、水蒸気を飛ばして虹のリングをくぐりながらやってきたその瞬間、バリッビリィィッ!と着ぐるみがはじけ飛び、その中からあのサメさんが飛び出した。
「ばあ!」
「────いっ────イヤァアアアアアアアアアアアアッ!?」
着ぐるみが弾け飛んだことに気づいていないサメさんは、精一杯のファンサとしてHIMAの目の前で最大の笑顔を浮かべて可愛こぶった。
けれど着ぐるみなき今、それはもう恐怖の大魔王が人を嬲り殺して悦に入る笑みにしか見えない。
可愛いサメさん着ぐるみから、飛び出してくるその様を横で見ていたブラットは、昔見た映画のワンシーンを思い出していた。
(可愛い女の子のお腹から、人食いエイリアンが出てきた所を思い出しちゃった)
「あわわっ、ご、ごめんなさーーい!」
HIMAの絹を裂くような悲鳴にようやく着ぐるみが弾けたことに気が付き、サメさんは慌ててプールに飛び込み、海の底へと戻っていった。
「ぶぶぶ、ブラットぉ! サメさん、サメさんの中から化物がっ!? こここ、こわっ!? ここってそういうスプラッタ的なアトラクションだったの?!」
「そういうのじゃないんだけど……。しばらくショーは禁止にしてもらえるか?」
「そうね。もしも子供が見ていたらトラウマ級の映像だったわ……」
まるでHIMAを驚かせるために、狙いすましたかのようなタイミングでの着ぐるみパージ。子供たちがここにいたら、全員が号泣してBMOを引退しかねない凄まじさだった。 ブラットはHIMAを落ち着かせるように、ぎゅっと抱きしめて背中を撫でる。
フランソワもさすがにここまでの恐怖展開になるとは思っておらず、もっとちゃんとサメさんに注意事項を言い含めておくべきだったかと、HIMAを見ながら苦笑した。
次は土曜日更新予定です!




