第七一七話 レアの中のレア
「ラクダに乗ると楽だなーーーっ!! …………………………………………ふぅ」
夜空に向かってブラットはダジャレを叫ぶと、はるか彼方から「にゃははっ」という声が聞こえた気がした。
見た目は全く変わっていないし、なにか特殊なオーラに包まれているなんてこともないが、これでブラットの運はしばらくの間ではあるが、確実に上昇している状態になっている。
叫んだ後の何ともいえない哀愁を漂わせているが、HIMAは空気を読んでフォローすることも茶化すこともなく、沈黙を守った。
「じゃあ探そうか」
「うん。できるだけ見つけやすそうで、沢山いるモンスターを選んでみたから、たぶん運がいいならすぐ会えると思うよ。その代わり、夜にしか湧かないから急がないとだね」
「早く出てくれよ~」
やってきたのは夜中の雑木林。プレイヤーですらあまり来ることのない、風が枝葉を揺らす音と、虫の鳴き声だけが響く、夜でなくとも不気味な場所だ。
今回探しに来たのは、この雑木林に夜にだけ出てくるイタチ科のモンスター。
夜闇に混じる漆黒の毛皮が特徴的で、手触りがいいと発見当初はもてはやされ、多くのプレイヤーたちがこの雑木林に狩りにきていたものだが、今の環境についてこられる性能ではないため、すっかり誰も狩りに来なくなった『夜颪鼬』。
素材の需要からみても、もはや今のプレイヤーにとってもさほど脅威ではないが、群れで行動するタイプで、必ず十匹以上の群れでエンカウントする。
それでいて白い毛皮が出回っていたこともあるため、実はアルビノが存在しないモンスターでしたなんてこともない。
時間制限があるのはネックだが、数も多く、狩りやすく、アルビノ個体が確定で存在する。
その上で最低条件である、覇天鬼の根源を持っていると、『白鬼の法衣』のために用意されたかのようだ。
「さっそく来たよ──ブラット」
「これは楽ちんでいいな」
さらに『夜颪鼬』のいいところは、自分たちのテリトリーに入ってきたものは、誰であろうと戦いを仕掛けてくる喧嘩っ早さにある。
明らかにブラットもHIMAも勝てる相手ではないのに、歩き回ってるだけで向こうから来てくれるのだ。探す手間すらいらない。
夜闇に混ざりながら、木の上から吹き下ろす風のように数匹のイタチが飛び掛かってきた。
大きさは一メートルほどで、前脚には鍵手甲のような鋭利な爪が生えている。風を操りブラットたちの視覚を取ろうと、空中で自在に軌道を変え、首を狙って爪で斬りかかってくる。
「甘い」
かつてはこの機動力と、的確に急所を狙ってくる四方から繰り出される無数の斬撃に、プレイヤーたちは翻弄されたものだが、ブラットからすればスローモーションと変わらない。
相手の攻撃の後に出しても、届くのはブラットの方が速い。後の先を取って爪が触れる前に五本の剣を流れるように振り回し、その首を次々と刎ねていく。
「このくらいなら私も余裕だね」
相手が突っ込んでくる位置に置くように細い針のような精天炎の槍を作り出し、眉間や心臓を貫いて、最小限の力で確実に始末していく。
この程度の相手なら何匹いようが、ダメージ一つ受けやしない。たとえ当たったとしても、二人の防御を抜けるかも怪しいが、だとしても触れさせるのは三流だと完璧に対処し続けた。
一度の戦闘で、だいたい一二から一五匹。一つの群れの戦闘が終わってから、数メートルも歩けばまた襲い掛かってきてくれる。
そう時間をかけることなく討伐数は百を超え、大台の千も超して、どんどんカウントは増えていく。だが──。
「えぇ……、なんで出てこないんだ?」
「ちょっと沼っちゃってるかもね。普通なら千でもアルビノが出なくてもおかしくないけど、ブラットはいっぱい運値を上げてるのに」
「アルビノ出現確率が、サイレントナーフされてるんじゃないだろうな……。くそっ、またダジャレを検索しないとダメか」
称号【星の爆笑王】は、発動させても一日中もつほど効果時間は長くない。既に最初のダジャレ含めて三回ほど夜空に叫んで運値をアップさせているというのに、全く出る気配すらない。
他のモンスターに比べても、狩場として人気があった頃はそこそこアルビノ報告はあったとネットに情報が残っていたから目をつけたのに、話が違うぞと本当に出てくるか少し不安になってくる。
だがその当時は分母が大きかったからこそ、報告件数が多かったのだ。運営は確率を当時から一度もいじっておらず、運を上げた状態でも出ないときは出ない。それが運というものだ。
「数がいるのはありがたいんだけどね」
「試行回数は多いに越したことはないからな。けどそろそろ時間がやばいか……。こんなにここで時間をかけるつもりなんてなかったのに。
リアルラックだって、低くないと思うんだけどなぁ」
色葉としてもそこそこ籤運はいいつもりでいたが、さすがに今日はついていないと思い実感した。
既に数千匹は討伐しているが、さぞ目立つであろう白い毛皮は一度も視界に入ってこない。
そうこうしているうちに時間は刻々と進み続けている。夜限定のモンスターなので、朝になれば一切出てこなくなるため、できれば今夜のうちに決めておきたかった。
早く出ろ。そう念じながらまた十三匹からなる群れを潰した──そのときのこと。遂にブラットの運の良さに光明が差す。思っていたのとは、違った形で……。
「「──────えぇーーーっ!?」」
「グルゥゥゥゥウウ」
二人の視界に飛び込んできたのは、まごうことなくアルビノ個体。他と違って一匹だけ夜闇に紛れられず、真っ白な毛皮が目立ってしょうがない。
しかもそれは全長一メートル程度の『夜颪鼬』とは違い、五倍ほどの大きさをしたイタチであった。
後ろに付いてきている『夜颪鼬』の成体が、まだまだ幼い子供に見える。
「夜颪山鼬のアルビノ個体だ! どんな確率だよ!!」
「え、うそうそ! 本当にほんとだ!! こっちに運を吸われてたんだよ、絶対!!」
最初は驚きすぎて固まっていた二人だったが、巨大な白いイタチに睨まれても大はしゃぎで飛び跳ねている。
そもそも『夜颪山鼬』とは、一定数以上の『夜颪鼬』を倒した後に、出現テーブルに加わり、低確率でポップするレアボスモンスター。
そう、その個体自体が既にレアなのだ。夜颪山鼬が出ただけでも、珍しいと喜んでいいのだ。
だがブラットの豪運は欲張りなことに、そのレアボスをさらに低確率にしたアルビノ個体を引き当てた。
夜颪山鼬自体はそれなりに知っているプレイヤーも多く、アルビノ個体がいたという報告も極少数出ているが、日本サーバーではまだ確認されていなかった。
報告があった海外サーバーですら数件しかなく、もはやその存在すら忘れ去られかけていた存在だった。
ブラットたちも、そんな超々低確率な夜颪山鼬のアルビノなんてものは狙っていなかったし、出るなど微塵も思っていなかったところでのサプライズ的な登場。
まったく出る気配のなかった夜颪鼬のアルビノなどどうでもよくなり、出ない出ないと不満げに狩っていた時間のことなど、溢れるドーパミンの前には些末な事になっていた。
素材にするだけなら夜颪鼬で十分ではあったのだが、これはもうやるしかないと、二人は絶対に逃がさないようにしようと視線で会話する。
この夜颪山鼬というモンスターはレアボスのくせに、ただの夜颪鼬と違い、頭が良く、形勢が悪いとみると逃げ出すことがあると聞いたことがあったからだ。
「──しっ!」
「グゥアア!!」
ブラットが一瞬で後ろに回り込み、連れていたただの夜颪鼬を一瞬で全滅させる。オーバーキルにも程があるが、そっちに構っている暇などないのだ。
夜颪山鼬は子分たちが殺された怒りをぶつけるように、ブラットに意識を持っていくが、その隙にHIMAから精天炎の輪が広がっていく。
ブラット、HIMA、夜颪山鼬を光炎のドームで囲い込み、完全に退路を封鎖した。熱エネルギーを操作しているため、見た目ほど中は熱くない。
だが逃げ出そうとすれば、容赦なく炎は脱走者を焼き殺すようになっている。この二人相手に、どう頑張っても逃げられるとは思えないが、絶対に逃すわけにはいかないため、やり過ぎなくらいに閉じ込める準備を終えた。
「ゥウゥウウウウ……ギィヤアア!!」
「おっと、尻尾にも仕込み刃みたいなのがあるのか」
近くにいたブラットに向け、右前脚による鉤爪で引っ掻くふりをしながら、尻尾を振ってそれを鞭のように叩きつけてきた。
さらにインパクトの瞬間に、爪が飛び出すように湾曲した刃が飛び出してくる。
しかしレアだろうとボスであろうと、今のブラットには及ばない。見てからでも余裕をもって回避でき、カウンターで根元から尻尾を斬り飛ばす。
「ギャンッ」
「ごめんね、でも出てきちゃったからには、私たちも逃がすわけにはいかないんだよ」
尻尾を失い、バランスが崩れたところにHIMAの鋭い槍が心臓を容赦なく狙って突き出される。
実力差があるなかで、よく回避したと褒めてやりたいほどの反応で、決死のローリングをして即死は避けられた。
しかし槍先を引っかけてしまい、胸元から前脚の付け根にかけて大きく裂けている。
ただでさえ劣勢だったのに、傷を負ったことで万事休す。キョロキョロと視線を巡らせ逃げ道を探すが、もはや地面に穴を掘ってドームの外に出るしかない。
けれど二人に攻撃される前に地中に逃げ込めるほど穴掘りは得意ではなく、ならばもう死ぬしかないと夜颪山鼬は悟る。
「いいね、そういうの嫌いじゃない」
「──グウウゥゥウウッ!!」
どうせ死ぬしかないのなら、せめてそれまでにできる限りの傷を負わせてみせようと真っ白な全身の毛皮を逆立てながらブラットに向けて牙をむく。
どうせ命を使うなら強い方に使いたい。そして消えぬ傷を残し、それを見るたびに自分を思い出せ。
まさに、窮鼠猫を噛むとはこのことか。負傷しているのが嘘かのように、一度深く身を沈めてから、バネのように乾坤一擲の飛び掛かりを見せた。
──だが、それが通用するのは追い詰めた側の相手が、油断してくれていた場合に限る。
「その素材、ありがたく使わせてもらうからな」
「グ……ァア……ァ?」
ブラットと夜颪山鼬、互いにすれ違いながら攻撃が交差する。
二本の刃がハサミのように交差しながら首を切断し、三本の刃が敵の攻撃を切り裂きながら、首のない体を三枚に下ろす。
夜颪山鼬の攻撃は、牙も爪も毛一本すら届くことなく、無情なまでの実力差を押し付けられ、死んだことにも気づかず事切れてデータの粒子となり消え去った。
残ったのはボス討伐のドロップアイテム。それもアルビノ仕様だ。
「やった! 毛皮出たよ!」
「こっちも出た。しかも三枚……ん? なんか同じ毛皮なのに、名称が違うんだけどこれは……マジか」
「こういうの見るとゲームって感じするよね」
『夜颪山鼬の毛皮』というのが通常ドロップなのだが、レアドロップ枠として『夜颪山鼬の全身毛皮』というアイテムをブラットは拾っていた。
取り出してみれば違いは一目瞭然で、前者は綺麗に切り取られた毛皮の一部で、後者はハンターの小屋などで見るような熊の毛皮のカーペットのように、一部ではなく全身綺麗に切れ目なく剥ぎ取った状態のものだった。
もしもここが零世界であったのなら、この一枚だけしか取れるわけがない。他に切り取った毛皮が出てくるはずがないのだ。
そういうところはどれだけリアルであっても、BMOはゲームなのだと改めて思い知らされる瞬間であった。
「毛皮だけなら、普通にドロップした毛皮で足りるよね?」
「足りると思う。何枚も持って来いっていう指定はなかったし。それに足りなくても、オレが余ったのを渡すからHIMAのもちゃんと作れるよ」
「もったいないけど、いざとなればその全身毛皮も使えるだろうしね。今のうちにスクショ撮らせて」
「いいよ。存分に撮ってくれ。けどこの情報と映像、はるるんに渡したら大喜びしそうだ」
「ふふっ、確実に動画になるだろうね。日本鯖初! 夜颪山鼬のアルビノ出現!? とか、そんなタイトルで」
「あははっ、ありそう。普段お世話になってるし、録画データ渡しちゃってもいい?」
「うん。全然いいよ。といっても、戦闘はすぐ終わっちゃったからそんなに見られなさそうだけど」
「それでも珍しさが勝つんじゃないか? 何にしても、無駄に戦闘時間を延ばすのは、ゲームのモンスターとはいえ可哀想だったしあれで良かったと思う」
「だね。じゃあ、次はどうする? 鬼に行く? それとも動画のネタを使って、はるるんさんから強い聖獣の情報とか聞いてみる?」
「はるるんなら、喜んで情報を開示してくれそうだけど……実は強い聖獣に関してはどうにかなるかもしれない」
「え? そうなの。どこかで見たことあるとか?」
「見たことあるというか、最近知り合ったというか」
「最近知り合った? あ、それってもしかして例の?」
「そう、例の。まぁ獣ではないんだけど、大枠で見れば聖獣って話だし、たぶんいけるんじゃないかなぁと。強さでいえば土地神級だし、誰も文句はないはずだ」
「鬼の方の格も超えてそう。ならブラットの伝手を頼ろうか。私にはそんなに強そうな、聖獣の知り合いはいないし」
「駄目って言われたら、また探せばいいだけだしな。とりあえず、ここで時間をかけた分、そっちで短縮できないか試していこう」
そうして雑木林から出たブラットたちだが、そのままその伝手を──というわけにはいかなかった。
思っていた以上に毛皮取りに時間をかけてしまったために、夕飯の時間が来てしまったのだ。
今日はここまでと、明日は休日だから朝早くからやろうと約束してBMOをログアウトした。
お泊りの日だったため、色葉は葵の両親に実の娘のように可愛がられながら夕飯を済ませる。
その後は葵の部屋でイチャイチャしながら、はるるん──治樹に今日のアルビノ出現情報を、録画データもつけて教えてあげた。
すると案の定、大興奮しながら「次の動画はこっちに差し替えだ! 忙しくなってきたぞ!!」と通話越しに叫んでいた。
あとは二人仲良くお風呂に入り、いろいろな意味でベッドイン。
色葉はといえば、逸脱者にブラットが近づいたことによる肉体と魂の同期ずれのような現象により、いつも以上に盛り上がってしまった。
「い、いろはぁ……ギブ、ぎぶぅ……っ」
「ご、ごめん!」
珍しく葵の方が先に根をあげるほどに。でも、ブラットとしての、男性としての欲望はまだ尽きる様子もなく……。
「でも、もうちょっとだけならいい……よね?」
「ふぇぇえっ!? 今日の色葉、いつもより──────まっ!?」
葵も求めてもらえることは嬉しくて、ついつい抵抗を弱めて身を任せてしまったのも良くなかった。
もはやされるがままに色葉に弄ばれ、結局早朝からBMOにインしようと言っていたのに、その早朝まで事は終わらなかった。
クタクタになった二人は、空が白みだしたのを横目にしながら、抱きしめ合って泥のように眠りについた。
「ちゅっ……おやすみ、葵」
「おや……みぃ……いろ……は……」




