第七一五話 裏本殿
裏本殿なる聞いたことのない謎の場所へ権宮司に連れていかれる二人は、通常の本殿へ繋がる参道から外れ、どんどん参拝客のいない方へ入っていく。
やがて鎖に立ち入り禁止の札が吊るされ封鎖された、歩道ですらない獣道へ。
逆に敵からすれば、この先に何か重要なものがあると伝えているようなものではないかと疑問すら抱く、堂々とした封鎖具合である。
「なんかこの先、へんな感じがするな。空間がぐちゃぐちゃしてるというか……」
「さすが選定勇者様。感覚が鋭いですね。それが、私が案内しなければ迷ってしまうという理由です。この先は私から離れないよう、お願いいたします」
「私には何も感じないけどなぁ」
「オレは空間に干渉する力があるし、そのへんの違いだと思うぞ」
そんなあからさまな封鎖区域に、吊るされた鎖をくぐるように三人で抜けていくと、先ほどは何も感じ取れなかったHIMAでさえ、一瞬平衡感覚を失い自分が立っているのかどうかすら分からなくなるほど、奇妙な現象に見舞われ転びそうになる。
一方でブラットは耐性があるため、平衡感覚は保てていたが脳や内臓を直接誰かに触れられているかのような気持ちの悪い感覚に鳥肌をたてながらも、転びそうになっていたHIMAを支えた。
当然ながら権宮司のイケメン龍人は、慣れているのか平然と立ってこちらが問題ないか後ろを振り返り視線を送っていた。
「HIMA、大丈夫?」
「うん。一瞬、ふらっとしただけだから」
「灼零山の巫女様もさすがですね。念のため、専用の気付け薬も用意していたのですが、杞憂だったようです。
事前に話してしまい、下手に構えて入ってしまうと、妙な所に飛ばされる可能性もあるのでお伝え出来ませんでした。申し訳ありません。では、大丈夫なようでしたらこちらへ」
事前に一言言っておいてくれとは思うものの、理由があったのであれば何も言うことはできない。
二人は大人しく権宮司の後ろを、付かず離れずの距離を保ちながらついていく。
一見すると周囲はただの藪だらけの、なんの特別さもない山の中。当然、道らしき道もなく、普通の山道だったとしても案内役がいなければ迷子になりそうだ。
だがここは普通ではない。特に目印もなく、ただ山を登るだけなら非効率なのに、権宮司は左右に曲がり、進んだと思えば後ろに下がったり、意味不明な道を歩き続けていた。
普通の山登りで、案内役がこんなことをしていたら怒られそうなものだが、ブラットたちは大人しくついていくだけ。
『なんというか、次元がところどころ切れてたり、捩じれてたりするっぽい』
『だから正規の進み方をしないと、全然違う場所に移動させられちゃうみたいなトラップってこと?』
『たぶんそうだと思う。あとそれも固定じゃないというか、多分だけど曜日や時間帯、他にも何かしらの条件で次元の繋がりも変わってそう』
『じゃあ今、私たちが完璧に権宮司さんの動きを覚えて、後からこっそり真似していこうとしても裏本殿には辿り着けないってこと?』
『じゃないかな。今のオレじゃ到底不可能な、高度な空間魔法?かなにかだね。それもこの範囲で。
余程の人外が手を加えなきゃ、こうはならないだろうなぁ』
【黎明の天使】の職業を取得してから、時空間への感覚は日増しに鋭敏になってきている。
この空間もかなり巧妙に、そうとバレないように隠蔽してあるはずなのだが、ブラットは大よその仕掛けを見抜いていた。
だが仕掛けが分かるだけで、どういう理屈でそれができているのかまではさっぱり分からない。
最低でも上位の土地神級。根源の御子どころか、根源の一柱が関わっていると言われても頷ける規模の御業である。
『大社っていうくらいだし、本当に神様がやっててもおかしくないのかも』
『軽く調べた感じでも、かなり由緒正しい歴史ある神社の一つらしいし』
『そう考えると、帰りにちゃんとお参りすればちょっとくらいは御利益ありそうだね』
『じゃあ、用が済んだらお参りして帰ろうか』
『うん』
ブラットは抵抗できているが、HIMAは奥へ進むほど感覚がおかしくなっていく。
時間の感覚も曖昧で、数十分しか歩いていないようにも思えるし、数時間歩いているようにも思える。
今は右に向かっているのか、左に向かっているのか、はたまた登っているのか、下っているのか、上下左右の感覚もおかしい。
それでもブラットがHIMAの手を握り、通話で話すことで正気を保ち、今もしっかりと権宮司を見逃さずついていけている。
そんな不可思議な藪だらけの山を登っていると、ようやく目的地へ通じていそうな鳥居が見えてきた。
ただ魚眼レンズを通したように、不自然に丸く引き伸ばしたような形の鳥居で、さらに色も朱色ではなく空色だ。
空色の鳥居を前に、権宮司が一度止まり深々と頭を下げる。ブラットたちも空気を読んで、彼の真似をするように頭を下げておく。
何も言わずとも礼をする二人を見て、権宮司は微笑ましげな笑みを静かに浮かべ、「こちらです」と鳥居をくぐっていった。
鳥居をくぐると権宮司の姿が消えてしまうが、慌てずブラットたちは並んで鳥居をくぐっていき────唐突な浮遊感。
「「わっ!?」」
そこは一面の青空であり地面はない。下が空で、遥か上は暗闇に閉ざされ何も見えない。そんな足場のない場所に放り込まれ、二人は空に向かって落ちていく。
だがいきなりの場面転換に驚いただけで、ブラットたちには翼がある。
翼を広げ飛翔することで落下をとどめ、その場で浮遊する余裕を得られた。
「やはり、ちゃんと飛べたようですね。ああ、飛行できたのかという意味ではなく、こちらの裏本殿に飛べたという意味です」
権宮司は西洋の方の竜ではなく、東洋の龍系の龍人で翼はないが、二人と同じようにその場に浮いていた。
「それは分かってるから大丈夫だよ、権宮司さん」
「ちなみになんですけど、もしかしてちゃんと飛べない可能性もあったんですか?」
「万が一、お二人が何かしらの悪意を持っていれば別の場所に飛ばされていた可能性はあります。とはいえ、疑ってなどいませんでしたが」
こちらも事前にどういう場所か言ってしまうと、身構えて妙な風に防衛機構が働いてしまう可能性もあるからと、どういう場所に出るのかは教えてくれなかったらしい。決して、二人を驚かせたいなどという意図はない。
それからは特殊な空間を使った罠はないため、ウロチョロする必要もなく真っすぐ空を飛んでいくだけだという。
その言葉に従って三人で真っすぐ飛んでいくと、宙に浮かぶ青く塗られた木彫りの龍が屋根に乗った、巨大な本殿が見えてくる。
宮殿のような絢爛さはないが、雅で荘厳なたたずまいは思わず見惚れてしまいそうな美しさがあった。
「あそこが裏本殿です」
空を飛んだまま三人が裏本殿の入り口に降り立つと、中から権宮司を老人にしたような、どこかやつれた龍人の男性がやってきた。
「私がこの『蒼天大社』の宮司を務めさせて頂いている、玉柳でございます。ようこそおいでくださいました」
「ブラットです」
「HIMAです」
「はい。承っておりますとも。ささっ、このような老骨と話している時間が勿体のうございますよ、尊きお方はあちらでお待ちでございます」
権宮司は二人に一礼すると、裏本殿の入り口で一時お別れだと示すように背筋を伸ばして立っていた。
彼はここから先には行かないようだと察し、案内してくれた感謝を込めて二人も頭を下げてから、今度は急かす宮司の後に続く。
連れて来られたのは、裏本殿の中の中心部──の手前の部屋。運動会が開けそうなほど広く、その広さに負けないほどの青竜の彫刻が天井や壁いっぱいに彫られ、それらから神聖な気が溢れ出ているようにブラットたちには感じられた。
しかしその神聖な気を塗りつぶそうとするかのように、邪気に満ちた物体がその部屋の中央に置かれている。
「なんだあれ……」
「見ているだけで、何だか不安な気持ちになってくるね……」
「あれは百目鬼虚侶がしでかした事の一部でございます。うちに持ち込まれたものですが、私では抑えきれず、尊き方を頼るほかありませんでした」
それは二メートルほどの黒く染まった、謎の太い棒きれ。そこからひしゃげた奇形の腕が六本生えて、出来の悪い昆虫のようになって動き回ろうとしているが、大きな真珠のように白い数珠が巻きつけられ、その行動を押し留めていた。
全体から溢れる邪気や、その見た目の不気味さだけではなく、見る者の心を不安定にさせる呪物である。
「そういえば呪物の浄化をしてるって話だったな」
「あれがそうなんだ……とんでもないね」
「あれでも元は霊験あらたかな聖樹の枝だったのですよ。それを百目鬼虚侶によって汚され、あのようなものに……なんという罰当たりな。
ととっ、ここで愚痴を言っても仕方がありませんでしたな。あちらにおわす方が、覇天鬼様の御子で在らせられる、破山巴様でございます。破山様、お二人を連れてまいりました」
「ごくろうさまです。玉柳。お二人も、よく参られました。このような状況でなければ、もう少し歓待もできたでしょうが、今はこのままで失礼しますね」
破山巴は、その呪物の前にいた。白蛇柄の着物を着こんだ石化した瞳の和風美人が、黄金の錫杖と白い数珠を持ち、白髪から生えた白蛇たちがそちらを睨みつけながら、呪物を完全に抑え込んでいた。
「いえ、なんだか大変なときにすいません。はじめまして、ブラットです」
「はじめまして、HIMAです」
「ええ、はじめまして。先に紹介にあずかりました、破山巴と申します」
少しだけ含みを感じたはじめましてで、ブラットとHIMAはすぐに気が付いた。あの破山巴はAIではないなと。中には零世界の破山巴が入っていて、BMOの破山巴を演じている。
故に厳密に言えばはじめましてではないのだが、ゲームの進行的にははじめましてであり、あくまでここはBMOの世界として三人とも振舞っていく。
「えっと……破山巴様が呼ばれるってことは、その呪物ってそんなにヤバいんですか? というか、本当に今、オレたちに構ってる暇ってあるんですか?」
「お邪魔なら、また後日でもこちらはいいんですけど……」
「いえ、ご心配なさらずに。これは私の我が儘で時間をかけているだけですから」
「我が儘……ですか?」
ブラットからすれば、根源の御子が出張れば大抵のことは一瞬で解決できるものだという印象が強かった。
だからこその疑問だったのだが、我が儘と返され首をかしげれば、横に控えていた宮司がものすごい勢いで首を横に振っていた。
気になってそちらに視線を向ければ、「破山様は、聖樹の枝を文字通り元の状態に戻そうとなさっているのです」と小声で教えてくれた。
「元の状態にですか。ということは、時間をかけずに浄化してしまったら元には戻らない……とか?」
「そうですね。彩雲樹様にゆかりのある聖樹の枝です。せっかくでしたら、ちゃんと元の状態に戻してあげたいではないですか。
それにこれを見ていれば、どれほど大事にされてきたのかも分かりますし、保管していた方にちゃんと返してあげたいのですよ」
そういって巴は柔らかい、女性的な笑みを浮かべる。
力づくでやれば、それこそ一瞬で浄化は可能だった。けれどそれをしてしまうと、この枝は力を失うどころか、元の形も保てず塵となる。
この枝の由来と、それを何千年も大事に祀ってきた人たちの想いを考えれば、破山巴にとって時間をかけてでも救いたいと思うのは当然のことだった。
それに百目鬼虚侶にとって、この枝が消えてなくなるのならそれはそれでいいことであった。
世界に穢れを広めるうえで、聖樹の枝など邪魔でしかないのだ。それが呪物に反転し、さらに穢れを広げてくれるなら痛快だ。
けれどそれが叶わずとも、聖なるものが一つでもこの世から消えてくれるなら最良の結果ではないが、費やした労力に見合う成果ではある。
故に破山巴だけでなく、その弟である破山弥勒もこういう場合は時間をかけてでも完全な形での浄化をできる限り行う方針でもあった。
ただそうして時間を稼がれている間に、二人の目の届かぬところでまた悪さをしようとするのだろうが、それは末弟である鴉丸が天狗一党を率いて潰しまわって最小限の被害に押し留めてくれている。
「聞けば聞くほど百目鬼虚侶とかいう奴は、面倒みたいですね」
「そうですね。できる限り早く、この世界から消し去りたいとは思っています」
邪悪な呪物を前にしても、朗らかで優しげな印象を保っていた巴が、ここではじめて激しい怒りの感情を少しだけ表に漏らした。
その少しだけでも、たとえそれが自分たちに向けられたものでないと分かっていても、思わず二人……だけでなく宮司までもが背筋を凍り付かせる。
『逆にこれだけの人に恨まれても、好き勝手し続けられるって、相当にヤバそうだね虚侶ってボスキャラ』
『さすが覇天鬼ルートのラスボスってところか。今進めてる精霊王ルートのルキアともためを張るかもしれないな』
BMOにて現状最高難易度に設定されている根源ルート。その一つの最後を飾るボスをしているだけあって、百目鬼虚侶の厄介さと強さは伊達ではない。
そう思うとブラットも戦ってみたいとゲーマー魂が燃えてきてしまうのだが、そちらに手を出すより先にしなければいけないことがあるため、今は巴たちの手助けはできない。
その想いを見透かすように、巴はブラットへ声をかける。
「こちらを心配して下さるのはありがたいですが、まずはご自身の周りの脅威を退けて下さい。精霊たちが首を長くして待っているでしょうし」
「はい。そのつもりです。でもそっちが片付いたら、こっちも手を貸しますよ」
「ふふっ、それは心強いです。あの堕精霊を打ち倒せるほどの選定勇者様であれば、安心して任せられるでしょう」
覇天鬼のルートはしゃちたんが個人的に進めており、そちらの助っ人として参加すればいいと思っていたが、ルキアを倒した後ならば個人で別のラスボスにタイマンを仕掛けるのも面白そうだなんてことを考えてしまうブラットだった。
そんな考えなどお見通しのHIMAは、しょうがないんだからと苦笑していた。
「脱線してしまいましたね。そろそろ本題に戻りましょうか。こちらとしては時間をかけている分、暇でもあるので『白鬼の法衣』を作るだけなら何の問題もありませんのでご安心を」
「白鬼の法衣というのが、その白の力を使えるようにするっていう衣装ですか」
「使えるようにするわけではありません。あくまで補助的な役割を担うだけですので、それを着たからといってすぐに白の力が使えるようになるなんてことはありませんよ」
「それでも、私としても助かります。そういうものに頼ってでも、白の力を使えるようになりたいので」
いうなれば自転車の補助輪のようなもの。ちゃんと自転車に乗れるようになるまで、転ばぬように支えてくれる。
ただ補助輪があったところで、ペダルがこげなければ自転車は進まない。支えることで、こぐことだけに集中できるようにする。それが『白鬼の法衣』を着たときに得られる恩恵だ。
「そうですね。HIMAさんも片鱗は見せていますし、きっとお役に立つでしょう。
ハクも世話になっていますし、ブラットさんのお仲間の分と、HIMAさんの分の二着を用意するのは問題ありません。ですが──」
「「ですが?」」
やはり来たぞと、ブラットとHIMAはどんな無茶振りが来るのだろうかと、気を引き締める。
「それを作るための素材は、そちらでご用意してほしいのです。私の手持ちはありませんので。素材さえ持ってきて下されば、ここでささっと作ることもできますよ」
「素材ですか。なんだか凄そうな物ですし、集めるのは大変そうですね」
「そうですね。少しだけ大変かもしれません。ですがブラットさんたちなら、集められると信じておりますよ」
「わ、わかりました。じゃあその素材とやらを教えてもらえますか? メモしますから」
「はい。まずは覇天鬼様の根源に由来するモンスターで、稀にいるという白い個体──俗にいうアルビノなんて呼ばれるものの毛皮」
「覇天鬼様の根源が入ってるモンスターで、アルビノで、毛皮があるモンスターである。という条件さえ合ってれば、種族は問いませんか?」
「はい。そこは何でも。服飾で言うのなら、あくまで型紙にする程度の素材ですので」
型紙にする程度だろうが、アルビノ種はレア個体だ。種族を問わないとはいえ、かなり運要素がある素材だった。
ただ運であるのなら、ブラットの高い運値が上手く働けば、すぐに終わる可能性はあるだろう。
「そしてあと二つ。こちらは質にもこだわってください。できるだけ力ある鬼の角。できるだけ力ある聖獣の骨や牙、爪のどれか──です」
「お、おぉ……?」
力ある鬼と聖獣の素材。巴が力あるというほどなのだから、半端な素材ではだめだろう。
なかなかヘビーな三つの素材に、やはりBMOはただではくれないのだなと、ブラットとHIMAは「知ってた」と互いに悟ったような瞳で頷き合った。




