第七一四話 会いに行こう
明日は休日なため、色葉は学校から帰宅後すぐ、お泊りセットを持って葵の家を訪ねた。
親公認の仲なのは今更で、週ごとに互いの家を交代で泊まるのももはや恒例のこと。お泊りセットを抱えた色葉がインターホンを鳴らすと、葵──ではなく、その母である果凛に迎え入れられた。
「いらっしゃい、色葉ちゃん♪」
「こんにちは、果凛さん」
「もう、お義母さんって呼んでくれてもいいのに~」
果凛は実の娘と同じくらい色葉のことも溺愛しているため、二人が仲睦まじいのは大歓迎である。
もはやこの子は私の娘だとばかりに、色葉を抱きしめてきた。
「もう、なにしてるの。色葉は私のなの」
「あん、もう。ちょっとくらい色葉ちゃんと、スキンシップさせてくれてもいいのに」
歓迎されて悪い気はせず、色葉からも抱きしめ返していると、なかなか来ない色葉を迎えに玄関にやってきた葵が母親から奪還して胸に抱え込むと、そのまま自分の部屋へ連行していく。
「おじゃましま~す」
「は~い、いつでもどうぞ~」
そんなじゃれ合いはいつものことなので、葵に抱えられながら果凛と手を振り別れ、彼女の部屋に連れ込まれた。
そのまま葵は、色葉を後ろから抱きしめたままうなじや頬、首筋となぞるように唇を当ててくる。
色葉はくすぐったそうにクスクス笑いながら、お腹の前にある葵の手を握り、自分から首を後ろに向けて葵にキスを求めれば、迷うことなく唇を塞がれた。
軽く何度か唇を触れ合わせ、次第に舌が絡み合っていく。
色葉は首が痛くなりそうだったため、自分から向き直って正面から葵に抱き着き自分の唇を押し当てて、さらに深くキスを求めた。
次第に葵の理性も溶けていき、色葉もお腹の奥が熱くなってきて気持ちが昂る。
しかし葵の手が色葉の胸やお尻に伸びたところで、色葉が正気に戻って、その手を握って押し留めた。
「それは今夜に……ね? BMOもしたいしさ」
「むぅ、確かに。白の力を開眼しやすくする法衣とか、私も凄く気になるし」
そのまま若い衝動のままに、二人で淫蕩にふけたとしてもそれを止める者はいない。
娘たちが致していると気づいても、果凛は気を使って夕飯時まで声をかけてくることもないだろう。
けれど同じくらいゲーム欲もあったため、熱くなった体を覚ますように襟元をパタパタと手で扇ぎながら、最後に軽く唇を触れ合わせ、ギュッと抱きしめ合って離れた。
「私も日課こなしておくから、終わったら向こうでまた会おうね」
「うん。準備したら、色葉の課金拠点に行くね」
葵の部屋でダイブ端末──『人の繭』を膨らませ、自分の端末へ入ってBMOへとログインしていった。
(ふぅ、危ない危ない。なんだか私、前よりエッチになってきてる気がする……。これも零世界のブラットの影響なのかな)
単純に葵への愛情がより深まってきているというのもあるかもしれないが、その考えもあながち間違ってもいなかった。
色葉は……というより、ブラットは零世界において、謎の存在を捕食したときに逸脱者としての道筋を閃きそうになっている。
そこで逸脱者になれたわけではなかったが、繭を破る準備は確実に進んだ。
それは魂にも少なからず影響を与え、体は違えど魂を共有しているために、より鍛えられた魂が色葉としての肉体に馴染むまで、男性的な女性を求める欲求が抑えづらくなっていた。
ただこれも一時的なものであり、二、三日もすれば落ち着くだろう。それは完全にブラットが逸脱者になっても、変わらない。
一時的に感情が不安定になるかもしれないが、それは色葉の肉体がびっくりしているだけで、慣れてしまえばちょっと特殊な力に目覚めた女性くらいに落ち着くだろう。
「フリィ?」
変な気分を振り払うように、ブラットの体で組み手のように一人で体を動かしていると、フリーが何をしているのだろうと不思議そうにしていた。
その後はいつものルーティンを巻き気味にこなしていき、あらかた済ませたところでHIMAと課金拠点で合流。
そのまま『蒼天大社』という、実にゲームっぽい名称の大きな神社を目指して出発する。
あとあとどんな場所なのかと、ブラットも軽くゲーム内で調べてみたのだが、その大社はBMOの中で特別閉鎖された場所にあるだとか、実力者以外参拝することすらできない秘境にある──なんていうことはなく、有名な観光地くらいの扱いの場所だ。
一般人NPCのおじいさん、おばあさんも普通に参拝できる。なので行くだけなら、ブラットたちも苦労することはない。
最寄りの町も普通にプレイしていれば解放できるような位置にあるため、簡単に『蒼天大社』まで辿り着ける──のだが、その前にやることができた。
『ごめん、HIMA。オレたち付けられてる』
『え──誰に? もしかしてブラットのファンのプレイヤーとか?』
表側では普通に歩いているふりをしながら、通話に切り替えストーキングしてくる存在について聞かせていく。
『いや、プレイヤーじゃない。たぶんハクちゃん関係のイベントかな。百目鬼虚侶の関係者だと思う。
ハクちゃんを匿うようになってから、たまに後をつけて来るやつが出てくるようになったんだよね』
『あぁ、そっちの……。後をつけてどうするつもりなの?』
『つけてくる奴によってアクションも強さもランダムかな。ずっと付け回すだけの奴もいるし、しばらくしたら攻撃してきたり、こっちが何か作業とかモンスターとか戦ってるときに、遠くから嫌がらせしてきたりとか、いろいろとね』
『う、うっとうしい……』
『だよね。だから気づいたら、さっさと狩るようにしてるんだ。今日のは、今までの中だと一番強そうかも。隠れるのがかなり上手い』
『うん。私は全く気づけなかった』
『オレもすぐ気づけなかったから、隠密のプロなのかもね』
それでも気づけたのは、さらに隠密上手なヌイを零世界で見ているからだろう。
彼女のそれに比べたら、今つけてきている敵性NPCは可愛いものだ。おかげでかなり早い段階で気づけたため、まだブラットたちがどこへ向かおうとしているのか悟られない範囲である。
『破山巴との邂逅フラグを立てたら、急にめっちゃレベルの高そうなのが来たってことは、後をつけて居場所を探ろうとかしてるのかもしれない』
『だったらなおさらここで倒さないとまずいのかな。巴さんと百目鬼虚侶は、明確な敵対関係なんだよね?』
『そうそう。三大精霊にとってのルキアみたいな位置づけにいる奴だから。巴さんの場所がばれたら、何かしらのちょっかいはかけてくるはずだ』
今は町の中。ここで暴れれば、住民に迷惑が掛かる。二人は通話で示し合わせながら、人通りの少ない街道を選んで歩いていく。
やがて日も暮れ、周囲からは人気が無くなった。遠巻きにプレイヤーの気配はするが、いつものことなのでスルーしておく。
『この状況で襲い掛かってこないってことは、バレるまでは手を出してくる気はなさそうか』
『じゃあ、こっちから仕掛けるしかないね』
『そうしないと、いつまでもストーキングされるしな。やるか』
街道には街灯もなく、今日は月もほとんど見えない。隠密任務を得意としている相手からすれば、かなり有利な状況だろう。
けれどもう、その程度負けるところにブラットはいない。HIMAとタイミングを合わせ、ブラットは超位職【黎明の天使】のスキル【フガ・ロカ】を発動。三回を一瞬で繰り返し、相手の後ろに回り込む。
これは零世界で覚えた短距離転移スキルである。普通の職業スキルと違い、【ブラット流剣術】と同じく、自分で開拓していくタイプの超位職だったため、零世界で使って感覚さえ覚えていれば、こちらでも習得した判定になっていた。
この短距離転移【フガ・ロカ】は、【黒線・転移】ほどの距離は飛べないが、【虚空黒浄】による黒線もなく、魔力消費だけで出せるため、相手の不意をつくには向いている。
羽根もいちいち天使の純白に変えなくても、距離はさらに短くなるが灰翼のまま使えるよう練習してあったため、それで相手に気取られることもなかった。
一瞬で姿を消したブラットに警戒し、後ろに気配が現れたことに気づくや否や、慌てて前に転がり距離を取ろうとする。
「──くっ!?」
「反応がいいな」
それは全長一メートルほどの、土蜘蛛などと呼ばれる蜘蛛の妖怪に似た姿のNPC。どうみてもモンスターだが、れっきとした人間である。
転移による不意打ちからの、ブラットによる神速の三連斬撃。それを脚三本の犠牲に抑えて生き残ったのだから、中々の手練れだ。
だがここにいるのはブラットだけではない。事前にタイミングを合わせて、回避ルートに精天炎の爆炎を噴き出させた。
おかげで今も体に赤銅紫色の炎がまとわりつき、DOTダメージが地味に入っていく。
「大人しくやられなさい」
HIMAもブラットほどではないが、ちゃんと成長をし続けている。
槍にまとった赤銅紫色の炎がさらに周囲の熱を奪いながら温度を上げていき、二段階目の炎へと切り替わっていく。
赤銅色が抜けていき、白金色の炎の奥に紫色の揺らめきが走りだす。
「はあっ!!」
煌びやかな火の粉を散らしながら、稲妻のような炎がHIMAの二つ槍とともに舞い踊る。
光そのものが炎の形を取っているようなそれが周囲を覆っていき、土蜘蛛の逃げ場を奪う。
まるで神楽舞でも舞っているかのような優雅な動きなれど、鋭く切り込む槍の突きはブラットから見てもかなり完成された動きであった。
ブラットが一次進化したての頃のような、荒々しく苛烈なだけの爆炎と槍技はなりを潜め、灼零山での特訓もあって力の流れを完全に制御できている。
「オレも負けてられないな」
土蜘蛛は体中を焼かれながらも、懸命に応戦しているが苦しそうだ。呼吸をするだけで、肺が炭化してしまいそうな凄まじい熱を、離れていても感じられた。
けれどブラットはHIMAを信じて、その光の炎の中へ飛び込んでいく。
(全然、熱くない。こんな器用なこともできるようになったんだ)
HIMAお得意の熱操作でブラットの周りの熱だけを調整し、炎もできるだけ避けるように操っていた。
それだけ高度なことをしながらも、HIMAの流麗にして苛烈な槍捌きは些かも揺らがず土蜘蛛を襲う。
ブラットが「やるじゃん」と笑いかければ、「でしょ」とHIMAもニヤリと笑う。
お互いに通話すら必要なく、目を見れば相手が何をしようとしているのか理解できた。
ブラットだけでも、まともに戦えば勝ち目などなかったというのに、炎と槍に捕らわれ、土蜘蛛は一方的にダメージを受け続け──。
「「ここっ!」」
「ガ──ァッ」
HIMAの槍が胸部を貫き、天を衝くように精天炎が噴き抜ける。
ブラットの五本の刃が首を刎ね、体を切り裂き、全身バラバラになりながらHIMAの槍から崩れるように零れていく。
ぼとぼとと地面に落ちていく焦げて原型も分からない肉片は、データの粒子となって消え去った。
「「いえーい」」
互いに自分の武器を手持ちスロットにしまうと、息の合った気持ちのいい戦いを健闘し合うように片手でハイタッチ。
それから仲良くドロップアイテムを拾ってから、また追跡者がいないか警戒しつつ、目的地である『蒼天大社』へと向かっていった。
「はぁ~、立派なところだねぇ」
「本当にな。普通に観光だけでも楽しめそうだ」
辿り着いたのは、日も明けた早朝。時間帯も良かったのか、登りはじめた朝日が眩しく、思わず溜息が出てしまいそうなほど素晴らしい大社だった。
参拝客も早朝だというのにかなりいて、本当に隠された場所などではなく、大きく門戸を開いた人気の観光スポットなのだと改めて思い知らされる。
入り口にある、巨人でも大きく感じそうなほど大きな鳥居を、思わず頭を下げながら潜り抜け、道沿いに歩いていく。
かなり有名で神社仏閣好きでなくとも、一度は訪れてみたくなるような場所なのだが、そういう楽しみ方をあまりしない二人は当然ながら初見である。
寄り道はしないまでも、参道沿いにあちこち建てられた小さな社に手を合わせながら、ゆっくりと奥を目指す。
かなり敷地も広く、のんびりと進んでいたため少し予定していた時間を過ぎてしまったが、相手側に時間を指定して訪ねてきているわけでもないので問題はないだろう。
ブラットとHIMAは、破山巴に取り次いでもらうべく社務所にやってきた。
社務所へいって巫女さんに話をすると、権宮司(宮司の次に偉い人)だという立派な装束を身にまとった龍人の男性がやってきた。
立派な角こそ生えているが龍よりも人に近い、切れ長の目が涼やかなイケメンである。女性プレイヤーに人気でそうだなと、男に興味のない二人は俗なことを考えてしまう。
「選定勇者であるブラット様と、灼零山の戦御子であるHIMA様ですね。宮司から話は伺っております。
こちらへどうぞ。私が案内いたします。やんごとなき御方は、裏本殿の方にいらっしゃいます故、私の案内無しでは辿り着けませんので」
「ありがとう、権宮司さん」
「助かります」
裏本殿とは何ぞやと疑問が出てくる中でも素直に二人がお礼を告げると、権宮司はニコリと品のいい笑みを浮かべ、これまた品のいい所作で「ではこちらへ」と歩きだした。
彼の案内無しでは辿り着けないらしいので、見失わないよう注意しながらブラットたちは権宮司の後ろを並んでついていった。
次は土曜日更新予定です!




