第七一三話 アルファ討伐のために
直に観察したことで、高次元より監視している小太郎だけでは得られなかった情報を得ることができた。
ブラットの所感としては、野卑なサディスト。生き物をなぶって遊ぶことから、一定以上の知性はあるのだろうが、戦い方は野蛮に尽きる。
黒雷ハンマーを力の限り振り回すそれは、観察している限り決まった型は一つもない。大抵はこうしたら戦いやすい、こうしたら強い力を出せる。そんなモンスターですら戦いの中で本能的に学ぶ、効率的な動きが一切みられないのだ。
それは次の動きが予想できず、戦いづらいように思えるかもしれないが、この相手に限ってはむしろ逆。その滅茶苦茶な動きは原始的で、一定以上の洞察力があれば、体の力の入り方で何をしてくるのか簡単に予測できる。
BMOでは格上と毎日のように戦い、どうすれば勝てるのか観察し続けて磨かれたブラットからすれば、かなり相性がいい相手と言えるだろう。
「正直、下手なモンスターより読みやすいと思う。けど回避不可能な、広範囲攻撃もあるから、無策で近づくのは恐い。
──って感じの黒雷使いなんだけど、なにかアドバイスとかある?」
「アドバイスか。黒雷同士の戦いなど力のぶつけ合いだからな、いかに相手より有利なフィールドで戦うかが重要になるのではないか?」
そんな情報を携えて帰還したブラットは、さっそく零世界で睡眠に入りBMOに戻る。もはやルインとの戦いは時間勝負。一分でも零世界の時間を進めないようにしたかったのだ。
戻るなりブラットは、黒雷魔法の師であるトール・ルニルを英傑召喚した。
BMOでの攻略は自分で探っていきたいが、零世界はどんな手を使ってでも勝たなければ全てが終わる。
プライドなどかなぐり捨てて、奇しくもアルファと同じ黒雷ハンマー使いである彼にアドバイスを持ちかけたのだ。
だがやはり、同じような得物を使うとはいえその戦い方は全く違う。攻撃的な戦闘スタイルから似ているように見えるが、彼はちゃんと数手先を常に考えながら行動している。
次にどんな攻撃をしようかなど全く考えず、一発一発を雑に放つアルファとは真逆ともいえよう。
「むしろ俺の動きを参考にし過ぎると、足をすくわれかねないぞ」
「そうだよなぁ。それに最近は、黒雷戦鎚もサブウェポンみたいな使い方をするようになってきてるし」
「俺も他の英傑たちと共に、切磋琢磨して成長し続けているからな」
一度勝利した英傑たちの成長速度は凄まじく、その有り余る時間を使って召喚するたびに強くなっていっている。
マリンの水世界の黒雷版とでもいうべき力を使いこなすようになり、出会った頃とはもはや別人レベルであった。
とはいえ、なんの参考にもならなかったわけではない。黒雷を最小限の黒雷で受け流す方法や、共に戦ってくれる仲間たちを効率よく守る方法など、長年黒雷を使ってきたからこそ知っている小技をいくつか教えてもらうことができた。
その後はトールと本気のバトルを繰り広げ、今日は惜敗してしまいながら、同じく黒雷の使い手である迅雷とも話をしてから、次の目的を目指す。
やってきたのは、BMOでの自分の居城──ハイエルン城の一室。
選定魔王『百目鬼虚侶』が率いる忘我院禍月一門から匿っている、元土地神にして根源の御子『破山巴』の髪から生まれた桃花柄の着物を着た小さな美少女──ハクの部屋を訪ね、白の力についてHIMAが習っているさらに先を教えてくれと頼んだ。
「ブラットは黒でしょ? 白は使えないよ?」
「そうなんだけど、白の力が使えるようになりそうな子がHIMA以外にもいるんだ。
けどその子をこっちに連れてくることはできないから、こうしたらいいっていうアドバイスが欲しいんだ」
「そうなんだ。ん~ブラットにはとってもお世話になってるし、こんな楽しい毎日を送らせてもらってるから力になりたいんだけど、私はその子を知らないからどうしていいか分からないよ。
だからどんな種族で、どんな風に白の力の片鱗が見えてるのか、その辺りのことを教えてくれる? 頑張って考えてみるから」
「助かるよ。えっと種族は吸血エルフがベースになってて──」
見た目こそ変わっていないが、ハイエルン城で様々な人と出会い話す機会が増えたからか、ハクとして最初に出会った頃よりも、どこか精神的に大人になっているように感じられた。
そんなハクにアデルの特徴や力のことをできる限り詳細に伝えていくと、次第にその目をキラキラと輝かす。
「なんか私と似てる! 会ってみたい!!」
「いや、会わせられるなら、オレだって会わせたいよ。でも無理なんだ」
似てるというが、それも当然だろう。なにせアデルはBMOの破山巴のモデルとなった、導師──破山巴の核を取り込み、さらにBMOで手に入れたハクというより『血祓禍白蛇毘売』由来の素材も使っている。
それだけすれば、ハクと似たような性質が目覚めたところでなんら不思議はないだろう。
同じ血を扱う存在で相性も良かったのだろうが、アデルに生じた蛇のルーツは間違いなく彼女たちにある。
「えぇ……会ってみたいのになぁ。絶対その子と仲良くなれそうって思ったのにぃ……ざんねーん」
「ごめんな。ハクがそう言ってたってことは、ちゃんとアデルに伝えておくから。きっと彼女も会いたがったと思うよ」
思った以上にアデルが気になるようだ。けれどBMOのNPCを零世界の人間に会わせるなどできるわけがない。
無理だとちゃんと伝えれば、ハクも理解してすぐに諦めてくれた。それくらいには、ブラットのことを信頼してくれているのだ。
「絶対だよ! じゃあ会えないお友達のために、私も頑張っちゃおうかな」
「そうしてもらえると助かるよ。ちょっとした助言とか、今のアデルが本格的に白の力を開眼する切っ掛けになりそうな何かとか、何でもいいんだ。教えてほしい」
「うーんとねぇ、まず白の力と老化や劣化の力は凄く相性が良いと思うから、力の方向性はそのままいけばいいかな。あとは──」
どうしたら白の力を完全に使いこなせるようになるかと、アデルのことを一生懸命考えながら、あれやこれやと教えてくれる。
もはや数うちゃ当たるとばかりに、寝るときに白い服を着て、朝起きたら牛乳を飲んで~などというオカルトじみた眉唾情報も入っていたが、それも含めて全部をメモしていった。
中には本当にアデルに偶然合致するオカルトもあるかもしれないと。
そのままあれこれと、彼女が思いつく限りの白の力を開眼する切っ掛け作りを聞いていたのだが、ハクのネタが切れだした頃、不意に難しい表情をして顎に指を可愛らしく当てだした。
他に何かあったかと思い悩むというよりは、それを伝えるべきかという逡巡のようにブラットには見えた。
「あとは……うーん……どうしよう」
「どうした。何か言いづらいことでも?」
「言いづらいというか、うん、でもいっか。ブラットくんにはお世話になってるし、そのアデルちゃんって子にも頑張れって思っちゃったし」
どういうことだろうとブラットが疑問を浮かべている間に、彼女の中で折り合いがついたようだ。
一人で考え結論を出すと、そっと両手を胸の前に出して手の平を上に両手を重ねる。
すると彼女の手の平がひとりでに裂け、真っ赤な血液が溢れたかと思えば、それは丸く赤い血を固めた半透明の瓶になった。
そしてハクの手の平にできた瓶を片手に持つと、その瓶の口に人差し指をさし入れ、爪の先から毒液でも垂らすように、真珠に似た美しい乳白色の液体が注がれていく。
「こんなものかな。はい。受け取って」
最後に赤い血を出して、それを固めて瓶に封をすると、にっこりと笑顔でブラットに渡してきた。
アイテム名を確かめると、『ハクの魔白薬』とかかれているが、それだけでは何のことかさっぱりである。
「えっと、これは?」
「それはね。一口飲めば一時的に白の力を使えるようになるお薬だよ。人によっては劇薬にもなりかねないけど、たぶんアデルちゃんなら馴染むはず」
「そんな便利アイテムを作れたのか」
「うん。でも人を選ぶし、私の〝白〟だからその人に合わずに逆に変な癖がついて、アデルちゃん自身の白の力の開眼を凄く遅らせる原因になっちゃうかもしれないの。
効果が切れてからの体の負担も、かなり大きいと思う。それに服用するほど、効果も薄まっていくから多用は禁物だよ。副作用だけあって、効果がほぼないなんてことになりかねないから。
だからどうしても〝今必要〟って時以外は、使わないようにしてね」
「副作用有りの強制白の力開眼薬ってことか。ちなみにオレが飲んだらどうなるんだ?」
「え? 死ぬけど」
「ひえっ」
あまりにも当然のことのように言われ、思わず手に持った瓶を落としそうになった。
「あははっ、脅かしてごめんね。多分死にはしないけど、死ぬ可能性もゼロじゃないって感じかな。
ブラットくんは本当なら私との相性は良さそうなんだけど、もう黒の力が完全に馴染んじゃってるから。
死ななくても、しばらく黒の力が使えなくなると思う。白の力も使えないままでね。けど結局は効果は個人差があるから、飲んでみないとどうなるか分からないんだけど」
「つまりオレにとっては劇薬ってことか。……あれ? もしかしてこれを黒の力を持った奴に飲ませたら、死ななくても一時的に黒の力を使えなくしたりすることもできるとか?」
「あんまり悪いことに使っちゃダメだよ? ブラットくん。どうなるかは個人差もあるだろうし。
それにそれは、アデルちゃんのために作ったんだからね。ちゃんとアデルちゃんに渡してあげて」
「ああうん、それは間違いなくアデルに渡すよ。けど一つお願いしていいか?」
「うん。聞くかどうかは分からないけど」
「簡単なことだよ。この瓶の形を剣の形にしてくれないか? 形だけ剣だって認識できればいいから」
「瓶の形を? それくらいなら全然いいけど……なんか悪い顔してる気がする」
「まぁまぁ、オレは選定勇者だぞ。決して悪用しないってのは、それを渡してくれたハクちゃんに誓う。これは絶対の約束だ」
「まぁ、ブラットくんがそこまで言い切るなら安心かな? 貸して」
一度瓶をハクに返すと、彼女の手の中で瓶の形状が剣型に変わる。先が尖っていて、瓶の周囲も薄く刃のようになっているが、せいぜいが使いづらいペーパーナイフだ。逆に持ちづらく、かさばる形になってしまった。
だがそれでいい。ブラットにとっては、ペーパーナイフだろうと〝剣〟であればいいのだから。
剣型の瓶を再度受け取ると、ブラットは大事そうにカバンの中にしまい込んだ。
「シィィ(少しいいだろうか)」
「え、えっと……なにか?」
そのやり取りを、今まで黙って見守っていたハクの護衛兼保護者役として付けられた破山巴の眷属である白大蛇──『三葉』が、ニヤニヤしながら薬をしまうブラットへ話しかけてきた。
もしかしてダメだったか、取り上げられたりしないよね? と一瞬ヒヤリとしたが、どうやらそういう用向きではなさそうな雰囲気だ。
「シヤァア~~(白の力を開眼しやすくする、特別な法衣に心当たりがある。)」
「え? 何それ、詳しく!」
「シィィィィィイ(あまり部外者に教えていいものではないのだが、あなたのおかげで、私も随分と負担が減って自分の仕事もこなせている。巴様も、これほどまでにハクを厚遇し、守ってくれるあなたに感謝もしている。だから教えていいと判断したのだ。けれど分かっていると思うが──)」
「みだりに人に教えるなら、渡すなってところかな?」
「シィ(その通りだ)」
これまでハクたちにも助けられることはあったが、ハクを視界におさめることすらさせずに、厄介な誘拐犯たちをハイエルン皇国軍に加わった優秀なNPCたちが始末してくれている。
特に正義感に熱すぎたせいで、冤罪で魔王認定させられたワーアイアンなどは、彼女の境遇を知り、その心優しさに感銘を受け、なぜこのような少女が不幸な目に遭わないといけないのだと義憤にかられ、張り切って侵入者を抹殺しだしたことで、余計に周囲は安全になっていた。
(ワーアイアン本人も相当不幸だと思うけど、やっぱ小さい子がっていうのが正義の心に火をつけたのかも?)
おかげでハクは、ここでのびのびと毎日過ごすことができ楽しそうだ。ハクが嬉しければ巴の友好度も上がる。巴の友好度が上がれば、三葉の友好度も上がる。
まさに芋づる式に彼女たちの友好度はとっくに最大に達し、こうした特別なアイテム自体や情報をくれるようになったのだ。
「それは二つ作って、HIMAに渡すのも駄目かな?」
「シィシャァアア(あなたの番ならいいのではないか? どちらにせよ、私も詳しい作り方を知ってるわけではない。それがいいかどうかも含めて、巴様のもとに行くといい。それを作れるのは、巴様か弥勒様くらいなものだろうからな)」
「巴様のとこに? でも居場所なんて知らないんだけど……そっちは自分で探せとかはさすがに?」
零世界の巴なら課金拠点にちょくちょく出没するが、BMOの破山巴として活動している彼女がどこでどうしているのかは分からない。
頻繁に会える方に聞けばすぐにわかることなのだろうが、それはゲーマーとしてズルいからと、ブラットにはできないことである。
「シィャア(言わないから安心するといい。そちらも急いでいるようだしな。巴様にも、私の判断で必要なら教えていいと、おっしゃってもらっている)」
「それは助かるよ。それで巴様はどこに?」
周囲に視線を向け、鋭敏な感知能力で聞き耳を立てている者はいないか確認してから、三葉は破山巴の居場所を教えてくれた。
今は『蒼天大社』なる神社で、百目鬼虚侶が起こした事件によって生まれた強力な呪物の浄化にあたっているとのこと。
場所的に十分行ける範囲内である。しばらくはそこから動けないそうなので、こちらから出向く以外に会う方法はない。
「アデルちゃんによろしくね、ブラットくん」
「ああ、ちゃんと伝えておくよ」
巴に会いに行くのに同行者としてHIMAを連れていくことも許可が貰えた。
特にHIMAが彩雲樹の御子である灼零山の主──『森羅天朧咲姫』に仕える者というのも、簡単に許可が貰えた要因になっている。
さっそくHIMAにメッセージを飛ばしながら、人形屋敷で木とヒツジの世話をしたり、零世界で必要な物資の買い出しなど、外でする雑事を片付けてから課金拠点へとひとまず戻った。
HIMAは今現在忙しいようで、まだメッセージに既読もついていない。
「じゃあ先にこっちを試してみようかな。ふっふっふ……」
怪しい笑みを浮かべながらブラットが取り出したのは、剣型の瓶に入った『ハクの魔白薬』。
目的はもちろん、【世碑私録】で複製できないか試すため。
ホブゴブリンの皮膚すら切れなさそうな、本当に剣の形をしているだけの瓶である。これを剣だと言い張るのは、さすがに無理があるだろう。
だがそれでもブラットは、これは剣であると自己催眠をかけるように言い聞かせながら、登録作業に入っていく。
スキル発動と同時に出てきた棺のような箱に、先ほど貰った剣型の瓶を収納する。あとは記録されるまで、しばらく放置。あとは結果を待つばかり──。
「失敗? これは剣じゃない判定……ではない? ああ、単純に容量が足りなかったんだ」
【世碑私録】はPCでいうならCドライブに保存するようなもので、世刻奇剣のように無限に等しい世界の記録領域ではなく、ブラットの記憶領域に依存している。
今回は特に特殊な剣であると認識されたようで、そういう剣であればあるほど、求められる容量は増していく。
「そりゃあ、白の力を使えるようにするとんでもアイテムだからなぁ。えっと、じゃあこれを消して──これも──あとこれもか。………………えぇ、まだ足りないの? じゃあこっちも……」
消しても魔導学的に外部保存してあるため、今記録している剣も後から復旧させることはできる。
ただちょっと面倒くさいため、便利な剣は消したくなかったのだが、『ハクの魔白薬』剣を記録するには想像以上に膨大な容量を求められてしまい、ほぼ全ての記録していた剣の情報を消すしかなかった。
「で、できた……。というか、できちゃったよ。凄いな、このスキル。マジでチートじゃないか?」
この世に二つとあるか怪しい特殊アイテムが、剣の形をしているからというガバガバな理由一つで、複製できるようになってしまった。
ここまで来てしまえば、あとはブラットの魔力がもつ限りいくらでも複製可能である。
「黒の力の使い手に対する毒剣として使えそうだな……」
ただ「効果には個人差があります」を地で行く薬品だ。投与したことで、今以上に面倒なことになる可能性もゼロではない。
なにせルインは普通の人間ではない。元管理者──神の如き存在の残滓から生まれた、チート人間なのだ。
ブラットたちと同じような効果が出ない可能性だって十分にある。
「まぁ、これで『ハクの魔白薬』剣はいつでも複製はできるようになったわけだし、そういう選択肢もできた程度に考えておこう。本来はアデルに渡すためのものなわけだし」
とはいえ副作用もあるため、今回手に入れられるであろう白の力を開眼しやすくなるという法衣で、アデルが完全に使えるようになれば薬に頼る必要もない。
先にそっちを渡して、それから飲むかどうかの判断は本人にゆだねよう。
そう考えをまとめていると、ちょうどいいタイミングでHIMAから返事がきた。
「お、行けるみたいだな。じゃあ、明日にでも行ってみようかな」
明日はクランの仲間との約束もないため、完全に空いているとのことだったため、じゃあ明日とメッセージを送れば「OK」と即返事がくる。
「根源の御子としての破山巴か。特に問題なく法衣が手に入れられればいいなぁ」
などと口では言うが、ここはBMO。運営がそんな優しいわけがないと半ば確信しながらも、本人は楽しそうに笑っていた。
ここはBMO。命のかからないゲームの世界。イカの王討伐の後にすぐアルファの偵察と重い作戦が続いていたため、気楽にできることの大切さが身に染みているのだ。
明日は少しだけアルファのことを忘れて楽しもうと決め、ブラットはBMOでしかできない残りの雑事を、忙しなく片付けていった。




