第七一二話 アルファの偵察
エーリス大陸東部には一切近づかず、かなり北に距離を取ってから東にある『エンピスク大陸』の離れ小島に寄っていく。
こちらもブラットたちのいるエーリス大陸に侵攻するには、そこそこいい位置にある島なのだが、東部はベグ・カウの支配領域。
海を越えてベグ・カウに喧嘩を売るための前哨基地を建てるなら、なかなかいい位置にあるが、そんな勇気のあるモンスターはこの世界のどこにも存在していない。
七大陣営の領域ほどの旨味があるのなら、ベグ・カウの存在を意識せざるを得ない場所でも我慢して過ごせるだろうが、この島にモンスターたちが求めるようなものはない。
「なかなかいい広さをしているな。兄ちゃん、いずれは俺たちがここに基地を建ててもいいんじゃないか?」
「ベグ・カウを倒した後に、他大陸からの侵攻を防ぐのにも使えそうではあるか」
ベグ・カウが気になるのか、鈍感な弱いモンスターしかこの島にはいない。
それでいてそこそこ広く、ベグ・カウがいなくなった場合は、間違いなくここから他のモンスターがその地を欲して攻め込んでくる。
そうなる前に人類が抑えて、エーリス大陸を守る防衛基地の一つを建てるのは戦略的に見ても十分にありな話であった。
「けどそんなん、ベグ・カウ倒してからの話だろ? 二人とも気が早えーっての」
「とはいえベグ・カウを倒せたとしても、相当な激戦になっているはずよ。
そんな疲弊しきったところで、漁夫の利を狙ってここから大量のモンスターが攻めてきたら面倒極まりないんじゃないかしら」
「そうなったら面倒くさいから、先に確保して少しでも僕たちが休む時間を稼ごうってわけだね」
ベグ・カウを倒してからも、人類はその地を世界中のモンスターから守り続けなければいけない。
特にベグ・カウがいなくなって数年は、死に物狂いで世界で一番恵まれた大地を奪いに来るだろう。
「その頃には、ブラット兄とかマリンたちが恐くて近寄ってこないんじゃない? ベグ・カウ倒せるくらい強くなってるってことだし」
「基本的に人間って、モンスターに舐められるんだよね。人間が弱い時間が長すぎたのよ」
ヌイは少し自嘲気味に笑う。この世界のモンスターにとって、人間は弱者という認識でしかない。
その認識が遺伝子レベルで染みつくには十分なほど、人間は弱いままだった。
ベグ・カウにたとえ勝ったとしても、それはベグ・カウ側に何らかの慢心や弱点があったと考えるだろう。
実際に近くでブラットたちの強さを実感しなければ、モンスターは人間など運よくベグ・カウの死に際に近くにいただけの存在としか思わない。
故にベグ・カウの死後は、人間ここにありと世界中に示し続け、ベグ・カウがしてきたように手を出してはいけない存在と認識されるようになるまで人類の戦いは終わらない。
「まぁ、その分だけ糧が増えて人間側の平均値も上がってくんだけどな」
「そうだね。どんなことも私たちでメリットに変えていっちゃえばいいんだよ」
「測量だケは早めにしてオきたいでスね」
リミナル・ウェッジには限りがあるが、ベグ・カウと戦うときに何かここが役に立つ可能性もあるかもしれないと、一本この島に刺してからエンピスク大陸西部へ上陸する。飛行艇はヌイが影の中にしまってくれた。
そこは木がうっそうと生えた薄暗い森で、立派な木が見渡す限り生えている。
それだけ見れば陰気な森だね──で済む話なのだが、すぐに違和感を覚えてブラットたちは足もとに視線を落とす。
「土地が枯れてる」
「それなのに木はこんなに元気って、絶対にありえない光景だよね」
そう言いながらファフニールは、試しに栄養剤を生成して地面に垂らしてみた。けれど焼け石に水とばかりに、その栄養はすぐに近くの木々が奪い取っていく。
森と聞けば自然豊かで、木だけでなく他にも様々な動植物があってこそ成り立っている環境を想像する。
けれどここは本当に木しかない。魔物はおろか、草もキノコも苔すらなく、石も落ちていない。
木はしっかりと根を張って元気に立っているというのに、地面は干からびたミイラのようにパサパサになった乾いた土が広がっている──もはや砂漠に近い状態になっていた。
「普通の木ではないわね。それじゃあ、もしかしてこれが?」
「ああ、鈴木さ──神様が言ってたトレント系モンスターの仕業だな」
「トレント系っていうと、あれか。なかなか強そうじゃねーか」
小太郎からルインの情報と共に、道中で狩っておくといいモンスターについても聞いていた。
ブラットたちの糧になれるレベルで、ルインに渡したくないモンスターを重点的に。
そんなモンスターがこの森にもおり、それがこの枯れ地の原因となっている。
相手はこの木々を使い、土地の栄養というよりは力を吸い続けている。トレントなどと称されるモンスターが、何度も進化して辿り着いた存在だ。
SS級に一歩たりない程度の準王級。これをルインにみすみす渡すのはもったいない。
森の奥で周囲に溶け込むように、けれどよく見れば幹が太く立派な木のようなモンスターを発見する。
上手く気配を隠しているが、さすがに一定以上の実力者が探れば明らかに異彩を放っていた。他の木は完全にただの木にしか見えないが、その一本だけは内部に詰まった魔力の密度が桁違いだ。
「なんであれを狩らずに、アルファは列島に渡ったの? 木のモンスターが苦手だったのかな?」
「いやぁ、ただ気づかなかっただけっぽいぞ。マリン」
「いやいや、そんな馬鹿な~」
モンスター程度の知能なら見落とすこともあるのだろうが、仮にも元管理者が転生したチート人間が、これほど分かりやすい環境で、探せばすぐ見つかるような良質な糧を見落とすわけがないと、ヌイをはじめ他のメンバーも信じない。
だがそれがルインだと、小太郎は断言していた。七大陣営が消失したり、その前の段階で動きがおかしくなっていたりと、明らかに何か異常事態が起きている空気を感じ取り、一時はブラット生存説も考えてはいたのだ。
けれど三人の間で使えるテレパシーは、小太郎が全て傍受し偽装している。
他二人のふりをして「そんなわけないだろ」と返事を返し続けたことで、「そっか、そうだよな。生きてるわけないない。勝ったな、がははっ」と慢心を続けている状態だ。
「……アホなの?」
「チートすぎる体のせいで管理者の残滓だったとき以上に、頭があれになってる可能性はあるらしい」
スフィアの辛辣な言葉にも、ブラットはそう補足するしかない。慎重で効率派と頭脳派らしきことを言われていたベータですら、戦闘以外ではそんなものなのだ。
強さを求めた結果、ちゃんと捨てられた部分もあったということである。
(アホの子でポンコツ属性付きって、それだけ聞くと気が抜けちゃいそうで逆に恐いんだよね)
とはいえ、それが良い方に繋がることはほぼない。強さという面では、かなり脅威となりつつあるが、そういった付け入る隙はちゃんとあるのだ。
なんとなく場の空気も微妙になってしまったが、そのおかげで食べ残しはあちこちの大陸に残されている。
また気まぐれに戻って見つけられる前に、ブラットたちで先手を打って狩っていこうという話でまとまり、さっそくここのトレント系のモンスターを討伐する流れとなった。
気配を殺し、気づいていないふりをして肉薄したイグニスの碧炎の籠手をつけた手刀が巨斧を叩きつけるかの如く傷をつける。
慌ててトレントは周囲の木を動かし、防波堤を築こうとしたが、アイゼンとヌイの金属と闇影の糸で絡めとられ、上手く動かせない。
ならばと一枚一枚が切れ味のいい刃のような葉が沢山ついた枝を鞭のように振るい、二撃、三撃と樵のように手刀を打ち付け切り落とそうとするイグニスに枝を叩きつけようとするが──。」
「イカの王の触手とくらべたら、こんなもの大したことないな」
「助かる、グリード。これで選定しやすくなったよ」
「兄ちゃんなら、こんな助けなくても大丈夫だろ」
「いや、できるだけ気配を隠したまま狩りたいからな」
悪魔盾を展開し枝を受け止めたところを、ブラットが風のように空を駆け、枝を切り落としていく。
アイゼンが「オおっ、いい木材ですネ」と、地面に落ちる前にそこら中に張り巡らされた金属糸を蜘蛛のように移動しながら回収していた。
「手早くいくわよ」
血鉄で作ったチェーンソーを、血鉄兵に持たせてイグニスの逆側から幹を切り刻む。
マリンは氷のハンマーを上方に打ち付け、速く倒れろと連打で急かす。
根を動かして移動しようとするが、スフィアの菌糸が細胞に入り込み、それを介してファフニールの毒が注入され、麻痺して動けない。
土を操り、周囲の木々の枝を槍のように伸ばしたりと、魔法攻撃も試してみるが、グリードの鉄壁の防御は破れない。
魔盾に止められ、ブラットに切り裂かれ、枯れた地の森から木々がどんどん失われ、地形がめちゃくちゃになっていく。
「──────ッ」
さっとイグニスとアデルの血鉄兵が離れた瞬間、マリンの強烈な氷ハンマーが上部を殴り、軋む音を響かせながら根元から見事に圧し折れる。
ひっくり返った亀のようにじたばたしているが、生え直した先からブラットに枝を切り落とされるため、張って逃げることすらままならない。
「安心してくダさい。あなたの体は、余すこトなく人類のたメに使うと約束しマすから」
後はもうアイゼンによる解体ショーだ。死に体のトレントはブラットたちに抑えられ、何もできないままにアイゼンが立派な一本の魔樹を使いやすい大きさ、形に加工していく。半分程度までばらし終わった頃には、とっくに息絶えていた。
この程度の相手なら、今のブラットたちであれば一人でも倒せる相手ではある。けれど離れているとはいえアルファに存在を気取られたくないと、力をセーブして戦ったがために時間がかかってしまった。
「BMO産のアイテムも使って気配を消してるとは言っても、過信はできないからな」
そのまま東に向かって陸地を進みながら、アルファの食べ残しを狩っていく。
もはやブラットたちでは、たいした糧にならない。本当であれば本国にいるカルラやルーカス、子供たちに糧として渡したいレベルのモンスターも、狩っていく。
その程度でもルインたちなら、ちゃんとした糧に変えてしまうからだ。呑気に彼らのためにと残しておくことはできない。
もったいなかろうと、余さず自分たちの糧に変えていった。そんな寄り道をしても、ブラットたちの進行速度は恐ろしく速く、あちこちに監視カメラ代わりにミニハーピーたちを放ちつつ、あっという間に大陸北東部先端に辿り着く。
大陸から大陸へ渡って東へ横断。距離にするとかなり移動したというのに、まだ半日を少し過ぎた程度しか経っていない。
色葉の肉体ではとうに疲れ果てて動けなくなっていただろうが、ブラットたちは疲れすら感じさせずに北の海に視線を向ける。
「あっちへ真っすぐ進んでいけば、今まさにアルファが活動しているフラオディス列島に到着だ」
「いよいよ、人間になったルインを見られるのね。どれほど強くなっているのか、この目で見させてもらいましょう」
再び飛空艇に乗り込み出発する。アルファがいるのは、列島の中で一番大きな日本でいう本州。だが今向かっているのは、本州に対して九州と似たような位置関係にある島。大陸のように広いのならいいのだが、所詮列島を構成する島の一つ。そのまま乗り付けるのは危険かもしれないと、一つ隣へ目的地をずらしたのだ。
気取られない程度に力を込めて飛んでいき、目的の島へ到着。そこでもミニハーピーを放ち、リミナル・ウェッジの楔をさしておく。
ここでも小太郎おすすめのモンスターを討伐しておくのも忘れない。これらは食べ残しというよりは、まだここまでアルファが来られていないため残っているモンスターたちである。
先手を打ってこの島にいる糧になりそうなモンスターは、一匹残さず狩り尽くしておいた。
それを終えてから海を少し挟んだ本州へ渡っていく。ここからは、これまで以上に細心の注意を払い、ヌイも全力で影の力を使って皆の気配も姿も覆い隠す。
「さすがにここまで来れば、マリンでもアルファの場所分かるかも」
「隠そうともしてないからね。聞いてたとおり、かなりの暴れん坊みたい」
マリンの言葉にスフィアはそう答えながら、暴力的な力が垂れ流されている方角へ視線を向ける。
明らかに危険。まだ距離はあるというのに、近づくほどに肌をチリチリと焼くような圧力があった。
ブラットが全力で力を解き放てば似たようなことはできるが、もはやそれと大差ないレベルだ。
それはブラットと同格レベルまで、既に追いついてきてしまっているということの証明でもあった。
「あチらは戦闘中ノようでスね」
「戦闘というより、力をそこら中にばら撒いてるだけって感じがするけどな」
念には念を入れて消耗品タイプのBMO産アイテムも使って、さらに気配を押し隠す。
もはや相手は目と鼻の先だ。普段いるエーリス大陸と違い、肌寒い空気を感じながら、ちょうどいい所にあった岩場の物陰に隠れ、ついにそれを目視で捕えることに成功した。
「ギャハハハハハハハハハ! 死ねぇ! シネェエエエエ!!」
「滅茶苦茶だな……。糧にもならない相手も、遊び半分に殺してるじゃないか」
「せめて食べてあげればいいのに……マリン、あいつ嫌い」
「元から嫌いだったけど、僕ももっと嫌いになったかもしれない」
「ケッ、胸糞悪りぃ奴だぜ」
グリードの言葉をきっかけに、マリンやファフニール、イグニスも不快そうに口を開き、各々の所感を述べていく。
「まぁ、そういうやつだっていうのは予想ついてたから、驚きはしないかな」
「そうね。私たちが殺す相手なのだから、あのくらいの方がやりやすいわ」
それは暴力の化身のような人間だった。大きさは三メートルほどと、人間タイプにしては大きい人型。
角のような尖った耳を頭から生やし、目は全て黒一色で大きく丸い。
魔女のような尖ったワシ鼻。口は耳まで裂け、閉じた状態でも飛び出すようにギザギザの歯が剥き出しだ。
全身は金属のような光沢のある黒い鱗に覆われており、体型は上半身だけ異様に発達した筋肉を持ち、逆に気持ち悪いほど下半身は細い鳥類のような足。
だがその細い下半身は素早く動き、目に映る全ての動くものに向かって忙しなく駆けていく。
そしてわざといたぶるように足の爪で引っかき、飽きたら黒雷で作ったハンマーで焼き潰す。
糧にもならないようなモンスターには概ねそんな対応で、ただ殺すことを、他者の命を奪うことを楽しんでいるだけだった。
戦い方はブラットでなくても、大雑把といいたくなる豪快な動き。洗練さも知性のかけらもない、力で相手を粉砕していく。
同じ黒雷の使い手として、せっかくの強い力をモンスターのように振るうしかできないのかと、ブラットは文句を言いたくなってくるが当然そんなことはしない。
静かに遠くから、深淵領域も使って観察を続けるのみである。こうして得られた情報は、小太郎がブラットを介して調べることもできる。
『どうしてあの程度の糧で、あれだけの成長ができるのか謎だったけれど、その解明もできたよ。
せっかく最後の悪あがきとして、私から逃げるために知性ある肉体を選んで転生したというのに……なんともまぁ。やはりあの体は欠陥品だね』
(というと?)
観察していると、さっそく小太郎からの神託が入ってきた。
相手は弱者相手に暴れ、それらが焼けこげる香りに理性が半分とけているため、こちらに気づく気配は微塵もない。
『ゲームで言うところの経験値○○倍みたいなことをしていたみたいだね。無理やり取り込んだ糧を増大させ、肉体に取り込むって感じに』
(それだけ聞くと、よくあるチートに聞こえるけど。なにか副作用があるとか?)
『そうだね。前にもモンスターを糧として取り込みすぎるせいで、その影響をっていう話をしたと思うけど、取り込みすぎるどころか、あれでは過剰摂取だ。
受ける影響もその比じゃない。モンスターを狩って、糧を得れば得るほど、人間としてではなく、モンスターとしての本能が生まれてしまう。
そして一番の欠点は、ブラットくんたちのように理論上はどこまで進化し続けられる人間と違い、リミットがある。
一定以上の強さに到達すると、勝手に細胞が壊死して自己崩壊するだろうね。そしてそれを、本人たちは誰一人として気付いていない』
(えっと、じゃあ放置しておけばいずれ勝手に死んでくれるってこと?)
『だろうね。けどさすがにその前に、人類を滅ぼしに来るだろうから、悠長に放置はできないとは思う』
(ですよね~。どの道、ベグ・カウを倒すための糧になってもらう予定だし望むところだけど)
その後もアルファ見学はしばらく続き、戦闘での酔いが冷めそうな気配がしたところで、ブラットたちは一時撤退を選ぶ。
今はまだ戦うときではない。ここで得られた情報をもとに、できるだけ速く対抗策を揃えて戦いに臨むのだ。
静かに来た道を戻り、隣の島に返ってきたところで、リミナル・ウェッジを使って転移で本国へと帰還した。
次は火曜日更新予定です!




