第七一一話 大陸の外へ
BMOに一度戻って対抗策を用意してくるにしても、一度はその目でしっかりと討伐目標を観察し、調査しておきたい。
そのためアイゼンのいう、自力で行くより便利で速い乗り物ができるのを待とうという話になったのだが、話をした翌日にはもう完成していた。
さっそくブラット隊全員、アイゼンに呼び出され海の簡易砦の前に集合する。
「いや、そんなに無理しなくてもよかったのに」
「無理ではアりませんでしタよ。気づいタら、できていマしたから」
大陸の半分近い開拓に加えて、海まで既に着手しはじめているうえで、新しい乗り物の開発を済ませてのこの発言。
それはもはや無理を無理と思っていないだけでは? という疑問が、発言者以外全員の総意ではあったが、現実問題として速くて困ることはない。それにここで何を言っても、アイゼンの負担が軽くなるわけでもない。
ここは感謝しながら成果物を確認させてもらおうと、それ以上の心配の言葉を喉の奥に呑み込んだ。
「では説明しまシょう。これは接続者の飛翔技能を使って飛び、泳ぎ、潜水する海空両用の乗り物です」
「飛翔技能を使ってというのはよく分からないが、状況にあわせて空と海を分けられるのはいいかもしれないな」
「本当なら地中潜航や陸上走行の機能も付け足しタかったのですが、サすがに時間が足りませンでしたね」
いったいどこを目指しているのだと、また話が脱線しそうな言葉が出かかったが、それも呑み込み説明を続けてもらう。
それは翼の生えた潜水艇とでもいうべき見た目の乗り物だった。
人間が一ダースは乗れるサイズで、ブラット隊全員と最低限の物資を運ぶくらいなら余裕だろう。
フロントガラスの最前列中央にコックピット、その両隣に一席ずつ補助席がある。コックピットの後部に四席二列に座席が並んでいた。それらは倒せばベッドにもなる。
あとは収納ボックスが壁際にいくつか埋め込まれ、トイレやシャワールームまで完備していた。ちょっとしたキャンピングカー的な内装である。
それでいて外装は非常に頑丈で、地脈暴走モードではなく、通常モードのイカの王の触手攻撃くらいなら、数発は耐えて航行し続けられる耐久性も併せ持っている。
そんじょそこらのモンスターであれば、何をされても無視して進み続けられるだろう。
「これはどうやって動かせばいいんだ?」
「ではブラット。コックピットへどウぞ」
コックピットと補助席には、他の座席にない装置が背もたれに付けられている。逆に言うと、それ以外には何もついていない。
アクセルやブレーキどころか、操縦桿すらなく、見ただけでは操縦法はさっぱり分からない。
そんなコックピットへ、『毒竜脊飾』──背中から腰にかけて留める竜の背骨を模した装備を外して座るように言われたブラットは、背中に着けていたそれをしまってから座る。
座るとブラットの魔力に反応して座席が動き出し、大きさが調整され、背もたれの装置が背骨に沿うように装着される。
一瞬ヒヤリしてから、ピリッと静電気が背筋に流れるような感触がすると、ブラット自身接続され、なんとなく操縦方法も理解できた。
魔力が自然と機体に流れだし、各計器に光がともりだす。
自分の翼で飛ぶときと同じように体を動かすと、自身の肉体は動かず、機体の方がフワリと上昇する。
自分の体を動かそうとするだけで、自分ではなく機体の方が上昇下降、前進後進、自在に飛べた。
速度もブラットが自分一人で飛ぶ時の0.8倍程と、これだけの大質量を一人で抱えて飛んだ場合と比較すれば、考えられないほど出すことができている。
旋回性能もよく、曲芸まがいの動きをしても壊れることなく、しっかり空を飛び続けられた。
地球人にとっては無茶な操縦でも、今この飛行艇に乗っているのは人外級の者ばかり。どんな動きをしようと、平然としたまま座席に座っている。
むしろイグニスなど座らずに、サイドの窓に張り付くように立っているのに、超人的なバランス感覚で小揺るぎもしていない。
「これはブラットの『毒竜脊飾』を参考にシて操縦方法を設計し、脳からの信号を受け取って自分の体のヨうに動かしマす。
飛行する感覚で、海面や海中を泳ぐこトもできマす」
「俺みてーに、翼で飛べねぇやつは操縦できねーのか?」
「今のとコろ、翼での飛行がでキる者限定です」
「あー……マジかよ」
「じゃあ僕は操縦できる?」
「ええ、翼での飛行がでキるのなら誰でも可能でス。ただ動力源とナる魔力は、相応に求めらレるので、我々のヨうな魔力に余裕がある者でなケれば難しいデすが。
ちなみにファフニールが操縦する場合は、座席を倒して伏せるようにすれば、装置を装着できるヨうに設計してオります」
「そうなんだ! やった、僕も操縦できるんだ。面白そう」
「何故か昂るものがあるな」
男連中は飛空艇の操縦に心躍らせ、グリードですらキラキラした目で交代してほしそうにブラットを見つめてきて、思わず苦笑してしまう。
(しゃちたんとかいたら、操縦したい! ってはしゃぎそうだね)
「イずれは誰でも操縦できルようにしたいデすね。魔力に関しテも外付けのバッテリーでドうにかするコとはできまスし。ブラット、そノまま海での航行も試してくダさい」
「了解」
船首を下に向けて今度は海面に機体を下ろしていく。船のように水の上に浮かび、風を切るようにぐんぐん進む。
水の抵抗が増えたことで、魔力量も上昇したが、ブラットからすれば微々たるもの。回復量を上回ることもないため、ずっと最大状態で航行できている。
アイゼンに言われ船首をさらに下へと傾ければ、海の中へと潜り込んでいく。酸素生成と空気循環の魔道具が搭載されているため、その分の魔力量もさらに増加するがやはり回復量を上回ることはない。
「凄いな。海の中も空を飛ぶのと変わらない感覚で動けてる」
「あ、お魚さんだ。ジュルリッ」
(マリンは水族館とか連れてっても、美味しそうとか言いそうだなぁ)
イカたちが陣取っていても、彼らにとって糧にならない普通の魚は何のうまみもないため、絶滅させられていなかった。
逆にモンスターに分類される魚は一匹もおらず、イカの王を倒してからブラットが威圧したのがまだ効いているのか、はたまたマリンたちが蹴散らしたからか、海の中は平和なものである。
「ステルスモードもちャんと起動していルようデすね」
「だからこんなに魚の近くを泳げるのね」
ヌイがいるのなら、この機体に力を使って気配も姿も消してもらうこともできる。
けれどこの機体単体でも、ヌイほどではないにしろ隠密性を高める装置とステルスコーティングされた装甲が搭載されている。
効果は普通の魚では、真横を泳いでいても気づかないほど。モンスターともなると、もっと気配に敏感になるため、ここまで近づくのは難しいだろうが、それならヌイを頼ればいい。
「中にいる人の気配も漏れないようにしてあるみたいだね、アイゼンくん」
「はい。抜かりはありマせん。ブラット単体で飛ぶ以上のメリットを示す必要がありマしたかラ」
速度だけでいえば、ブラットが飛んでいき、現地でリミナル・ウェッジや『死転双結』などの転移系アイテムを使って合流するという手段も取れなくもなかった。
だが一人で未知の領域に行くのはリスクが高い。この機体に乗っていれば皆で固まって移動できるうえに、普通に行くより遥かに消耗少なく移動できる。
さらにブラットたち搭乗員の気配を外部に漏らさないように設計されているため、ヌイの力と合わさればもっと気づかれづらくなる。
これだけでも、わざわざアイゼンが飛空艇を作った意味があるというものだ。
「俺は後でいい。ファフ、お前が先に操縦するといい」
「あ、ありがと! グリード兄ちゃん」
その後はファフニールに運転を代わり(グリードは兄だからと先を譲った)、ブラットもコックピット以外からの景色を楽しみながら、開発者であるアイゼンの質問に答えていく。
その所感も考慮しながら、今後さらにグレードアップさせていくという。
今はまだブラットたちのような、人類の上位者でなければ操縦し続けるのは難しいが、いずれ海や他の大陸も開発していくのなら、こうした乗り物を誰でも操縦できるようにしたほうがいいのだと。
その後は、いつ誰と急遽代わることになっても良いように練習もかねて、操縦テストを羽根のあるメンバー全員でしていった。
誰が運転しても、スフィアの力があればブラットから魔力を供給することもできるため、動力源に関しては問題ない。
操縦に関しても、自分が飛行するときと遜色ない同調システムが採用されているため、相性問題も起きず、翼さえあればはじめてでも、誰でも自分の体のように動かすことができていた。
操縦テストの結果も上々で、アイゼンも良いデータが取れたと満足そうだ。
「これならすぐにでもいけそうだけど、アイゼン的には問題なさそうか?」
「ソうですね。先の航行でもシステムオールグリーン。全て想定の範囲内に収まりマした。このマま海を渡っテも、問題ないデしょう」
「なら手早く準備を済ませて、偵察しにいってみようか」
「あんまり時間をかけてもこっちが不利になっていくばっかりだもんね。偵察だけなら、もう行ってもいいと思う」
さすがに何の調査もせずに、初見で戦いを挑むのは危険すぎる。
小太郎の情報が正しいのなら、各陣営の王たちが全滅した状況になってすら、未だにブラットが死んだと思い込んでいるポンコツっぷりを晒しているという。
さすがにそれはもうないのではとブラットは疑っているのだが、小太郎は何故か確信を持っている。
(ポンコツ同士、謎の信頼感があるっぽいんだよね)
だが本当に死んでいると思い込んでくれているのなら、なおさら発見次第即戦闘は無駄なリスクを背負い込むだけだ。
こちらはできる限りの対抗策を時間がほぼストップするBMOで用意してから、居場所を小太郎で細かく確認しつつ、強襲を仕掛ける。
強襲に気づかれても、ブラットが生きていることを知った驚きで、多少の隙が生まれる可能性だってある。
最初の接敵をどうするかで、かなり攻略難易度は変わって来るだろう。
「ってなわけで、さっそく出発だ」
ということでブラットたちは準備を済ませ、はじめてのエーリス大陸以外の地を目指し飛空艇を発進させた。
小太郎が勧めてくれた旧人類国のある西海岸から出て、北へ上って大回りして東にあるエンピスク大陸を経由する経路。
最初に操縦を買って出たのはブラット。一番早く安定感のある飛行ができるのはブラットというのもあるが、ルインαに近づいてきたときはすぐ動ける状態でいたい。
操縦をしていると、動けるようになるまで僅かなラグが出てしまうからだ。
「マップ表示。座標にずれはないかな」
ブラットが小太郎から受け取ったこの星の地形図は、既にアイゼンとも共有済み。この機体には標準で世界地図を元にした現在地が表示できるようになっていた。
フロントガラスの右隅にマップが表示され、今いる位置を赤い点が指し示す。
それをスフィアが宇宙からこの星を見下ろした位置情報と照らし合わせ、ずれがないかも確認してみたが、概ね正確な情報が取れているとお墨付きをもらえた。
アイゼンは、うんうんと設計通りに動いている計器類を何度もチェックしては頷いていた。
安全確認もできたところで、アイゼンからさらに加速していいとOKもでたため、ブラットは速度を上げて、ベグ・カウを挑発するような範囲に入らないよう何度もマップを確認しながら、北上していった。
「近くに小島があるみたいだけど、どうするブラットくん?」
「念のため、軽く確認はしておこうか。糧にいいモンスターが住んでる可能性だってあるし」
西海岸から北にのぼっていくと、マップに小さな島が表示された。位置的にエーリス大陸の一部と言ってもいいギリギリ通用しそうな距離にあり、寄り道してもさほど影響のない島だ。
それを真っ先に見つけたヌイが指さしながら確認してきたため、小太郎のルートでは省かれていたが、興味もあったので上陸してみることにする。
「大きさ的には旧人類国と同じか、それより少し大きいくらいか」
「そういわれると、ちっちゃく感じるぜ。モンスターが元々いた別のやつらを食い散らかした形跡があるぜ? どこ行きやがった? 見つけて俺らの糧にしてやろうぜ」
「ふム。この羽根は恐らク…………間違いなイですね。既に我々が討伐済みのモンスターがコこに住んでいタようです」
「あん? 俺たちがきたのは今日がはじめてだろ。なんでもう俺らが倒してんだよ」
「ねえ、ブラット。これってあれよね?」
「え? ああ、あいつらか」
「あー、あのときの。ここを経由してたんだ」
その島はさほど時間が経っていないだろう、生々しい戦いの痕跡が残されていた。
かなり一方的な戦いだったようで、勝った方と見られるモンスターの痕跡は、羽根くらいしかない。
そんな島に落ちている羽根をアイゼンが拾い確認しているのを見て、アデルが声を上げ、ブラットもヌイも気が付いた。
新しい土地開発の視察に行った際に、わざわざブラットが近くにいるときに攻めてきた大量のヒクイドリのようなモンスターの羽根と、落ちている羽根が全く同じだったのだ。
つまりあの鳥たちは人類国へ襲撃する前にここで補給し、体を休めていたということ。
その前にいた、無残に肉片や骨を晒しているモンスターたちも、同じように人類国を目指して体を休めていたのだが、そのヒクイドリのようなモンスターたちに蹂躙されて、腹の足しにされただけ。
そんな諍いは、この小島では何度も起きていることは、あちこちある戦いの痕跡からも明らかだった。
「どうやらここは、人類国へ襲撃準備のためにモンスターたちが立ち寄る場所にされてるみたいだな。どうする兄ちゃん」
「どうするか。自分たちの新しく手に入れた土地だけでも大変だしな。何かするにしても、ここは後回しでいいだろ」
「勝手にやり合って、数を減らしてくれるしね」
「でも糧になってくれるなら、沢山来てくれたほうが嬉しいのかも?」
エーリス大陸の北西方面にあり、絶妙にベグ・カウの縄張りからも離れている。それでいて人類国の新しい土地へ向かうには、いい距離に位置している。
今の人類国を攻めるなら、絶好の休憩場になっているのだ。
「それでいくと、南西にも似たような島があるんだよな。そっちも侵攻前の休息スポットにされてそうだ。時間ができたら確認するべきか。でも今は──これだけにしておこう」
「「「「「キィ」」」」」
ブラットの灰翼から羽根が舞い、複数体のミニハーピーが現れる。いくらでも代えのきく眷属たちであり、ブラットの目となり耳となる。
その子たちにここの監視をさせることで、本国に駐在しているミニハーピーたちのネットワークで、次の襲撃者の情報として警告することもできるだろう。
ここを何かするにも、もっと優先すべきことも沢山ある。いつか人類がもっと増えたのなら、灯台砦なんかを建てて駐在員を派遣してもいいが、まだそんな余裕も人材もないため、ひとまずはミニハーピーを置いておくことでお茶を濁す。何もしないよりはマシだろうと。
「まぁ、この子たちもそれなりに強いしね。いてくれるだけでも心強いや」
「「「「「キィキィッ」」」」」
主が弟分と思っているファフニールに褒められ、ミニハーピーたちもまんざらでもなさそうに胸を張る。
ブラットも灰天使として格が上がったことで、ミニハーピーたちの総合力も少しずつ上がっている。
さらに騎士階級個体ほどではないが、複数が融合することで大きなハーピーになって、戦闘力を上げることだってできる。
飛行速度も速いため、軽く威力偵察して情報だけ持って逃げることだってできる。
「そう考えると、今打てる手としては最善の一手かもしれないな。頼んだぞ」
島を軽く見たところ、特に各陣営の王たちが治めていた土地のような特別な場所でもなく、固有の資源が眠っている様子もない、旧人類国よりは多少マシな程度の島だった。
ますます魅力を感じられず、アイゼンの開拓センサーにもそこまで引っ掛からず、ミニハーピーの派遣だけでしばらく放置すると決定し、ブラットたちはその島を出る。
それからベグ・カウに睨まれるような場所に踏み込まないよう、できるだけ安全マージンを取るべく、かなり大きく北に膨らみながら東へと舵を切った。




