第七〇八話 今後に向けて
深海に戻ってきた瞬間に、ブラットは巨大な海トカゲと目が合った。
このトカゲはイカの王とその配下たちが一斉に消えたことで、自分がこの海域の支配者になれるかもしれないと、様子を見にやってきたモンスターだ。
あちらからすれば、目の前にいきなりブラットたちが現れた形となっている。
「え?」「グガァ?」
互いに間抜けな顔で見つめ合い、すぐ敵だと思考が動いて剣と牙がぶつかり合う。
後ろにいた中サイズと小サイズの水棲トカゲたちも群がってくるが、そちらはアデルたちが相手をしてくれる。
「こっちは疲れるっていうのに……。タイミングの悪いやつらだな」
「グギャァアア!!」
「しかも結構強いしっ」
イカの王との戦いで満身創痍なときに戦うには、かなりヘビーな相手に悪態をつきながらも、迫りくる前脚の爪に風魔法をぶつけ、その間に鼻を蹴って眉間に剣を突き立て、頭蓋骨に穴を穿ちながら黒雷を流し込む。
激しく暴れながら抵抗するが、振り払われないよう風魔法を体に巻き付けるように放って動きを制限し続ける。
疲れて全力が出せなかったというのもあったが、それでもしぶとく生きていられるところを見るに、イカの王亡き今、十分に次代の王として君臨できるだけの実力はありそうだ。
「雑魚処理は終わったぜ。加勢する!」
けれど配下たちの質は低かったようだ。ブラットがボスの相手をしている間に、他を片付けてきたイグニスが、いの一番に参戦してきた。
遅れてアデルたちからの支援も受け、巨大海トカゲをしとめきった。
だがそれが終われば、また別の次の王の座を狙ったモンスターの気配をあちこちから感じる。
「お前たちも死にたいのか?」
それに対して海トカゲの頭を剣に突き刺して掲げ、周囲に全力で威圧を放つ。
元気な時なら糧が自分からやってきたと狩りに出るところなのだが、今はそんな余裕はない。
空元気なのがバレても面倒なことになる。虚勢を張ることで戦闘が回避できるなら安いものだ。
蜘蛛の子を散らすようにモンスターの気配が遠のいた。
「けれどこの調子だと、どの道、次に来たときはモンスターパラダイスになっていそうね」
「そのときはマリンが魔法で吹っ飛ばしてあげる。今は疲れちゃってるから嫌だけど」
「海底拠点もあチこちに作ってイますから、後から取り戻すノは容易でしょウ」
ここに来るまでの間に作ってきた、隠し海底拠点。それらを繋ぐ海底トンネルもアイゼンの補助ユニットが建造中で、それが完成すれば海底にアリの巣のように人類の通行網を敷くことができるようになる。
一度奪われたところで、イカの王以上の存在が来ることはおそらくない。いたのなら、とっくに海の支配権はそちらに移っていたはずなのだから。
なのでここで一時的にどこかの水棲モンスターの勢力に奪われても、イカの王ですら下した今のブラットたちであれば、すぐに奪い返せるはずだ。
「というわけで、海底拠点から簡易砦にリミナル・ウェッジで帰還しよう。正直、体を休めたい」
ブラットのその意見に満場一致で賛成。せっかく王を追い出したところではあるが、今はもう海のことは一旦忘れて泥のように眠りたい。
イカの異界は通常の場所よりも、肉体だけでなく精神への負担が大きかったのだ。
肉体の傷は全て癒えてはいるが、精神的な疲れはまだ癒えていなかった。
それでも倒した海トカゲの素材はちゃっかり回収してから、周囲を威圧しながらちょっかいを掛けられないように移動。そのまま最寄りの海底拠点へ入っていき、リミナル・ウェッジによる転移で海岸に建てた簡易砦まで帰還を果たす。
外に出て確認してみれば、朝日が昇りはじめている時間帯だった。
「ああ、やっぱり陸地が一番だ……安心する。空気もおいしい気がする」
「分かるぜ、グリ兄。海底は全体的にふにゃふにゃしてて、どうも慣れねーんだよな」
「お兄ちゃん、そういえば契約はちゃんと消えたの?」
「ん? ああ、完全にオレの体から契約の縛りは消えた。深淵でも確認したから間違いない」
グリードとイグニスが地面に足をつけて安堵している中で、スフィアにそう声を掛けられ、改めて調べ直してみれば、完全にイカの王が配下全てをブラットたちへ捧げてまで結んだ契約が消えたという確信が持てた。
砦の守りを任せていたアイン、ツヴァイ、ドライに迎えられて中へ入ると、他のミニハーピーたちを使って海に巣くっていたイカ陣営の悉くを打ち滅ぼしたと全国民へと伝えておくのも忘れない。
それから自宅に戻る元気もなく、簡易砦内のベッドでそれぞれ気絶するように一瞬で眠りについていった。
翌日。朝から朝までほぼ丸一日眠りについていたが、おかげで目覚めの気分は爽快だ。あの強い眠気と倦怠感は嘘のように消え、体が軽くなっている気すらした。
守っていたアインたちに聞いても、海から陸地に攻めてくる勢力もなく海は穏やかなものだったとか。
「ブラットくんが周囲を威圧してたから、もっとヤバそうなのが居着いたって思わせられたのかもしれないね」
「なら奪還も楽ができそうではあるわね。でも今後のことを考えれば、もっと糧を稼いだ方がいいのかしら?」
「ルイン三体とベグ・カウが残ってるからな。オレたちは、もっと強くなっておかないといけないか」
「でもマリンたちは海を解放したんだよね? 他の大陸に狩りに行くのは?」
「それも選択肢ではあるな。他の大陸にもリミナル・ウェッジの楔を刺しておきたい。
ルインがまだ来ないようなら、こっちから攻めていくことも考えないといけないだろうし」
「放置すればするほど、強くなっていっちゃうからね」
チートな体で管理者の残滓から現世に転生した三人のルインたち。これを放っておくことは、未来の脅威となりかねない。
ただ居場所とルインたちの詳細な状況は、小太郎が全て握っているため筒抜けで、こちらから不意を衝くように強襲を仕掛けることも十分に作戦としてありだろう。
そのためにも各大陸にリミナル・ウェッジを仕込んでおけば、転移で裏を取ることも容易になるかもしれない。
「そレにモンスターも、強くなりすギる前に間引いてオいた方がいいのは、人類の歴史が証明していマすからネ。将来的にも各大陸に気軽に行けるヨう、今から準備してオくのは重要かと」
「ベグ・カウ戦前の最後の糧稼ぎにもなりそうだしな。いいと思う。けどもう少し、こっちの状況を落ち着けてからの方がいいかもしれないんだけど」
「まだ広い土地を手に入れたばっかりで、私たち含めて、どこもかしこもてんてこ舞いだからね」
元々は小さな一国に収まっていた人類が、作戦上仕方なかったとはいえほぼ同時に七大陣営を滅ぼしたことで、持て余すほどの土地を手に入れてしまった。
それ自体はアイゼンの補助ユニットによるかさましや、BMO産のアイテムもあって、どうにか人口に対して大きすぎる土地を開拓し死守できている。
いざというときのためにも、まだブラットたちが詰めておく必要はあるだろう。
「他大陸に渡るナら、簡単にでも海側の整備をしてオきたいデすね」
「せっかく海の一番の脅威も払ったわけだし、最低限の手を入れてからじゃないと不安ではあるか」
今は海岸に砦が建っているだけだが、いずれは港にしていく予定はもう立っている。
さらに陸上のように海に巨大な壁を立てるわけにもいかないため、海上に監視塔を造る計画も上っている。
最低限、その足がかりとなる下地を作って守れるだけの状況を作っておかなければ安心してルイン討伐へ出掛けられないというのがブラットの意見だった。
人類国はなくてはならない、最後の防波堤。それを守るためには、心配性なくらいがちょうどいい。
「デは私はさっソく海の開発をメインで進めてイきましょう。陸上は補助ユニットでも事足りルでしょウし」
「ならオレは陸上の方で必要な物資だとか、困ってることはないか視察して回ってみようかな」
「マリンは海でアイゼンを守ってあげる」
「なら私もマリンについておこうかな。深海に潜るわけじゃないだろうし、星の力もここでなら完全に使えるから」
マリンは名が体を表すとでもいえばいいのか、海がことのほか気に入っていた。
水を司る麒麟マリオンの因子を持っていることもあってか、海の中はグリードやイグニスのように落ち着かない場所ではなく、どこか安心する場所でもあったのだ。
マリンがそうするならと、スフィアもそちらにつくことにした。
「まだ手に入れたばっかりで、そこそこ強い奴も来るかもしんねーし俺もこっちにいてやるよ」
「なら俺も……と言いたいところだが、眷属の悪魔が足りない。ダンジョンで補充してくるよ」
「グリード兄ちゃん一人じゃ心配だし、僕もダンジョンにいこうかな」
イグニスは領海内を調査するアイゼンにちょっかいを出してくるモンスターを目当てに、砦に残る選択をした。
一方でグリードは、イカの王との戦いで眷属悪魔を大量に消費してしまったため、次の大きな戦いに臨むには心もとなくなっている。
その補充もかねて、補佐としてファフニールをつれて人類国に新しくダンジョンのモンスターを悪魔の素材にすべく、そちらへ二人で向かうことに。
残ったアデルとヌイは国の上層部とも話し合うための情報集めの一環として、ブラットと一緒に陸上の視察をして状況確認していくことになった。
「じゃあ、おのおの今日は臨機応変に自由行動といこう。解散」
せっかくベグ・カウを除く、全ての討伐目標だったモンスターたちを駆逐したというのに、それを喜び合う暇もなく忙しなく動き出す。強敵と戦うときほどの緊張感もなく、これくらいなら休暇のようなものである。
もうすっかり持ち直したが、それでも心の安息もかねて自由行動と口にしてからそれぞれ決めた場所へと解散していった。
アイゼンを筆頭に、スフィア、マリン、イグニスは海にそのまま残る。アイン、ツヴァイ、ドライもここに残しておく。
グリードとファフニールは駆け足で人類国へ去っていき、ブラットとアデル、ヌイの三人は海からではそれなりに距離もあるため、リミナル・ウェッジで開発中の地区へと転移で移動した。
「壁で囲む作業はもうできたって感じか」
「アイゼンくんの話だと、もっと強度を高めていくみたいだけど一旦はこれで完成としたみたいだね」
「ここはいわば最初の防衛ラインだから、頑丈であるに越したことはないのでしょうけど、もっと頑丈にしておきたい場所もあるでしょうからね」
「その通りデす。やはり人類の新たな拠点とナる、首都の守りを固めたいでスからね」
アイゼンは海に残っているはずだが、補助ユニットは全域に展開している。手のひらサイズの小さなクモ型ゴーレムがブラットの肩に乗って詳細を語ってくれる。
今現在の新領土を囲む壁でも、各王たちの攻撃を数度は耐えられる設計になっているため、これでもそう簡単に破られはしないようになっているのだという。
さらに対空魔道砲もあちこちに設置され、センサーで自動感知して壁越えしようとする飛行モンスターを蜂の巣にできるようにもしてあった。
ただアイゼンとしては、まだまだ強度は上げられるし、対空砲の威力も上げたいところではあるらしいが、時間が足りずに後回しになっているのだとか。
「とにかく時間がないんだよな。オレたちには」
「今すぐにどうにかなるというわけではないのだけれどね」
「この速度でこれだけの建築があちこちでポンポン建ちはじめてることだけでも、昔を知ってる私からすれば驚きなんだけどね」
もはや技術力はアイゼンが一気に引き上げてくれている。かつての賢者が建ててくれた壁を補修するにも四苦八苦していた昔を思えば、ヌイがいうように十分すぎる建造物ではあるため、ブラットたちは安心して壁の視察を終えて次に気になる場所へと移動する。
「もうこんなになってるのか……」
「土地の力があればこそ──ということなんでしょうね」
「これに関してはブラットくんが持ってきてくれた種が優秀だった、ていうのもあるとは思うけどね」
次にやってきたのは、森を切り開いて作った非常に広大な果樹園。せっかく肥沃な大地を手に入れたのだから、人類が次にするべきは食料の安定供給。
ダンジョンや従魔による肉の供給は安定してきたが、これからもっと人類が栄えていくのであれば、もっと大量の食べ物を生産できるようにする必要がある。果樹園はその計画の一つ。
ブラットは種の状態で持ってきたというのに、節操なく植えられた様々な果樹が成木となり、既に実りだしている。
BMOで品種改良された高額な種を惜しみなく使ってのことではあるが、それでも信じられない速度での成長でブラットも目を丸くして果樹園を見渡してしまう。
収穫するには早そうだが、それでもあと数週間で熟し食べごろになっている成長速度である。
驚きが収まりきらぬままに、次は農園エリアへと飛んでいく。
「こっちも凄いな」
「こうしてみると、人類があれだけ苦しんでいたのが馬鹿らしく思えてくるわね」
「ブラットくんがきてからは、だいぶ緩和されたけど、もっと人口が爆発的に増えても飢えさせないくらいにはなっていくだろうね」
人類国を維持するために、口減らしによる子供や老人の国外追放。そんな悪習はもはや必要ないくらいに、農地や果樹園をあちこちに広げていっている。
BMOでプレイヤーによって品種改良された小麦は、一週間もすれば収穫できる状態になる。
現にもう数回刈り入れが終わった後に、また生えた状態なのだが、既に黄金の絨毯のように穂を実らせている。
あまりにも早いサイクルに味が悪そうだとブラットも最初は思ってしまっていたが、BMOで試食させてもらったパンは驚くほど美味しかった。味も保証済みである。
これもオオカミ、カラス、シカ、カマキリたちが独占していた森林地帯の成せる業。土地が枯れるなど無縁であり、どれだけ収穫しようと植えれば植えただけで作物は成長していく。
BMOでもここまでチートな土地は存在しない。だったらベグ・カウが占領している土地はどれだけ凄いんだという話になるが、今は考えすぎないようにしている。
「これでお茶も気軽に皆が飲めるようになっていくかな」
「それだけじゃないわ。甘いものや辛いもの、今後はもっと色んな味を国民全員が楽しむことだってできるようになるはずよ」
「夢がある話だよねぇ。私はコーヒーがこっちでも栽培できるようになったのが嬉しいかも」
他にも茶葉や香辛料、砂糖という嗜好品の類にも手を出す余裕まであった。
なにせろくな知識がなくても、種をまけば勝手に育つのだからやりたい放題だ。
これまではブラットがBMOから輸入してくる分だけしかなかったようなものも、これからは零世界で自給できる状態になりつつあった。
「ファフニールは、薬草栽培も沢山出来るヨうにナったと喜んでいマしたね」
自分で薬液を生成できるが、ファフニールもいろんな薬品を研究することでさらに薬剤や毒物の生産力が上がっていく。
国としてもファフニールにおんぶにだっこではなく、自分たちでも高品質なポーションが作れるようになったと薬師界隈も盛り上がっている。
また農業は森林地帯だけでなく、カエルやスライム、ワームの三陣営が独占していた沼地にも広がっている。
あそこも非常に栄養満点な場所であり、沼地のような場所だからこそ向いている食物や薬草が生産されだしていた。
他にも肥沃な沼は、生きた培養槽のような働きをしてくれるため、発酵食品や菌類、魔力を吸う苔や藻類など、特殊な生産に向いていることも既に分かっている。
これからはBMOにも負けないほど、食糧事情が一変していくとブラットは、あちこちの食料生産場を視察し、現場の話を聞きながら確信を持っていった。
次は火曜日更新予定です!




