第七〇六話 最後の賭け
玉座による守りがあったとはいえ、先ほどのクロミアの一撃を貰ってもすぐに戦いに復帰できる耐久力だけみても、目を見張るものがある。
もしも一対一であれば、異界なんて搦め手を使わずとも、今のクロミアと死闘を繰り広げていただろう。
しかし異界の支配権はイカの王に戻り、海水で満たされた広い空間という地の利はあるとはいえ、人数でも合計戦力でも勝っているため、ここまでくれば勝てない相手ではない。
それでも油断すれば、ブラット隊の誰かを永遠に失いかねないだけの力は持っている。
「一人でも死ねば、こっちの負けだと思って動いてほしい。もう誰かを失うなんて、まっぴらごめんだから」
故にここまで上手くいっても、誰も油断などしない。
ルインという当初の予定になかった存在が三体もまだ残っているが、最初の筋書きでいえばこの王を倒せば、後は『ベグ・カウ』ただ一体のみ。それをこの世から排除できれば、零世界は救われる。
その強敵を倒すためには、今ここにいる全員がいなければならないのだ。
全員がその強い意志の下に纏まり合い、イカの王へと立ち向かっていく。
「製造完了。今ヨり特殊塗料を散布しまス」
アイゼンがロケットランチャーのような魔道具に、造ったばかりのカプセル弾を装填し上に向けて射出する。
一定の所まで進むとカプセルがはじけ、光る液体が海水に溶けていく。
するとイカの王の肉体が淡く輝きはじめ、空間内で一体だけクッキリとその姿を強調された。
それは一度玉座を壊したときのように、細く透明な見えない触手にも適用されていて、いつの間にかワイヤーのように伸びた隠し触手が無数に展開されていたのも、淡く輝いて強調され、簡単に視認できるようになる。
これはアイゼンがこれまでの戦いでイカの王の肉片や魔力を解析し、イカの王由来のものだけに反応する、特殊な化学物質を製造、散布したことでできたことだ。
「ナイスだ。アイゼン。これなら俺だけでも対処できる」
身近に迫ってきていた見えない細い触手に気が付き、グリードが小さな魔盾を大量に操り、その全てを押しのける。
闇魔法で光を歪め、見えている場所からズラして認識させる視覚偽装すらその塗料のせいで誤魔化し切れず、対処できていなかった者たちも簡単に認識できるようになった。これでそうそう不意打ちを受けることはない。
人数差を埋めるために不意打ちで何人か持っていこうとしていたため、対処されたことに一瞬、三つの大きな瞳がピクリと不快そうな反応をみせる。
それでも戦力的に負けていることを自覚しているため、気にしている余裕はないと、詰めてきているイグニスに向けて闇氷魔法を放つ。
イカの王の魔力によって疑似生命が生まれ、闇氷のアノマロカリスとでもいうべき存在が三体、頭の太い触角を伸ばしイグニスを捕獲しようと素早く散開する。
黙って見ているわけもなく、イグニスは刃のように鋭い碧炎の手刀を振るうが、イカの王オリジナルの対炎術式が組み込まれていた。
手刀は当たったが殺し切れず、触角が目前まで迫っていく。
「ちっ、うざってぇな!」
「僕がやる!」
イグニスが追撃しようとするが、攻撃の隙を狙って別の触手の先に闇水の弾丸がセットされていた。
このままではイグニスが危ないと、後方からファフニールが攻撃形態になってドラゴンブレスで薙ぎ払う。
ほぼ同時に超圧縮された超重量の小さな闇水弾がイグニスにばら撒かれるが、グリードの魔盾も彼の前に展開され、威力を落としたことで一人で簡単に対処することができていた。
そのやりとりと並行してイカの王は、クロミアから放たれた黒雷のレーザーを闇氷の魔法生物『電気ウナギ』を避雷針のように使って最低限のダメージでやり過ごす。
「ギィィィィァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「力比べならマリンも得意だよ」
さらに近づこうとするイグニスを引き離そうと、海中で津波を起こす。
それを見てマリンも対抗するように海中の津波を起こしてぶつけ、イグニスのために道を作る。
『死転双結』を持っているからこそ、イグニスは危なければいつでも連れ戻せるよう保険もかけてあるため、かなり強気に前へ前へと突っ込んでいく。
それをどうにかしようと海水を動かすが、その全てがマリンの力と拮抗して阻めない。
『肉食クジラ』を生成して荒波の中、イグニスへ差し向けるがヌイの闇影が伸びて邪魔をする。
アイゼンは後方で建築し、敵地に無理やり安全地帯を造ってグリードの負担を減らす。
ファフニールは仲間たちには中和剤を注入しつつ、海水に大量の猛毒を流してマリンに広げてもらう。
「こっちも忘れないで貰えるかしら」
「ォォォ……!!」
気にしなければいけないのは、近づいてくるイグニスだけではない。
イグニスに闇水弾をばら撒きながら、マリンの波と力比べし、クロミアの黒雷が容赦なく降り注ぐのを『電気ウナギ』で受け続け、ファフニールの毒液には吸いついて毒を浄化する『闇水のイソギンチャク』を体中に貼り付けて何度も入れ替える。
クロミアたちに囲まれながら、一人でそれだけ対処できているのだから、陸上のどの王よりも強いといえよう。大したものだ。
だがさらに追い打ちをかけるように、アデルが準備していた血魔法も完成する。
それは八匹の血の大蛇を絡ませ、一本の槍として巨大化合弓で射出。イカの王は発動前に右目の『絶脈眼』で止めようとしたが間に合わない。いくらイカの王と言えど、ここまで攻撃されている状況で、裏で大魔法を構築していたアデルのことまで『観脈眼』で把握するなど不可能なのだ。
ならば左目の『停脈眼』で減速させて届かせまいと考えたが──、発動する直前でアイゼンのトラップが作動。強烈なフラッシュバンが降ってきて、普段光に縁のない場所にいるからこそ、余計に眩しく感じて目がくらむ。
「ァアアッ!?」
「やハりこれで止められマしたか。もっトも二度目は通用しなイでしょウが」
くらんだのもほんの一瞬のこと。けれどその一瞬さえ稼げれば、それでいい。
「ウラァア!!」
駄目押しとばかりにイグニスの碧炎巨掌で、ガードしようとした触手が弾き、アデルの血の八大蛇槍矢が胴体に突き刺さる。
刺さった瞬間に解けるように桜色の血の大蛇が体内に寄生虫のごとく入り込み、内側からイカの王の肉体を老化させていく。特に神経系に狙いをつけ、肉体と脳の伝達速度の低下を目論んで。
イカの王ほどの上位種族ともなれば、アデルの老化攻撃にも抵抗する力はある。
けれどよってたかって攻撃されている状況で、体内に蠢く大蛇の対処にだけ集中することはできず、無視できない反応速度の低下を感じだす。
「コンッ──コンナ──トコロ──デ──」
運動速度、集中力、判断力、魔法制御力、再生力──などなど、肉体性能が全体的に低下していく。視力も落ちたせいで、魔眼の性能も落ちてきている。
抵抗できているからこそ影響は本当に少しずつしか出てきていないが、これだけのレベルの高い戦闘の中では、その肉体の衰えは致命的だ。
クロミアたちの攻撃へ対処するタイミングが、頭と肉体でズレていき、被弾がどんどん増えていく。
「このまま一気に畳みかけるよ!」
クロミアも号令を掛けながら、最前線で動きやすそうに暴れまわっているイグニスを援護するように、魔法の量を増やして仕留めにかかる。
ここが決め時だとばかりに、スフィアも自前の技能やBMO産のアイテムを惜しみなく消費しバフの量を増加させ、仲間たちの攻撃に自分の魔法も合成していく。
イカの王からすれば自分は弱ってきているのに、相手はさらに苛烈になってきたのだから、堪ったものではない。
頭の中で『死』がチラつきだす。若かりし頃は何度も死を覚悟したが、海の支配者になってからは無縁のものだった。
元の計画では必勝の予定だった。配下を全て犠牲にしたのも、勝利しそれ以上のものを相手から奪える算段だった。
それが配下を失ったばかりか、自分の切り札足る異界すら滅茶苦茶にされ、完全に捕らぬ狸の皮算用に終わろうとしている。
ここまでの強者となった自分が、最後は百年も生きていなさそうな人間にいいようにされたまま無様に負ける。
(アリエナイ──ユルセナイ──ソンナノ──ミトメラレナイ!!)
それは憎悪なのか、悲哀なのか、イカの王ですらもう分からない。
だが感情が爆発し、今までの経験と生きた時間全てを昇華させ、衰えてきた脳がスパークしたように閃きが脳内を駆け巡る。
「ィィィィァアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「はい!?」
もう勝利は目前だとラストスパートをかけていたところで、イカの王が邪悪なオーラに覆われ、黒く輝き出す。
三つの目が一つに融合していき、イカの王の肉体が裏返っていく。
なんだかよく分からないが、特撮ヒーローの変身シーンよろしく、ただ見ているだけなどありえない。
「なんだかよく分からないけど、攻撃を続けるよ!!」
「攻撃が当たんねぇ! どうなってやがる!!」
「イグニス、一旦戻って! 何が起きるか分からないから!」
クロミアたちは容赦なく攻撃を仕掛けていくが、体から蒸気のように噴き出す邪気に、全て弾かれ邪魔できない。
そうして手をこまねいている間に、イカの王の変化は終わった。
「なんだあれ……」
最前線で盾を構えそう呟くグリードの目の前には、三〇メートルほどまで小さくなった赤黒い脳味噌のような模様の胴体を持つ、一つ目のイカなのかタコなのか曖昧なフォルムの気持ち悪いナニかがいた。
それがイカの王なのは間違いなく、個々で違う微妙な力の本質は同じなため、クロミアには同じ存在なのは分かっているが、先ほどまでのダメージもリセットされたかのように元気いっぱいだ。
三〇本以上は確実にある赤黒い脳味噌模様の触手をスカートのように優雅に広げ、一つになった大きな瞳が怪しく赤色に輝きクロミアたちを見下ろしてくる。
「進化でシょうか?」
「進化ではないね。どちらかというと肉体強化の技能でも閃いたのかも?」
「お姉ちゃん! あいつの中のエネルギーが増幅してきてない!?」
「うん。それは私も気づいてたけどこの流れは──ああ、そういうことか。あの目だ。三つの魔眼を失った代わりに、新しい魔眼を発現したみたい」
まるで無敵だった時のように、無尽蔵に体に流れて体を守るようにエネルギーのバリアを張り続けている。
その原因を探ろうと目を凝らして調べてみれば、元の目の能力と深淵からの観測によって、おおよその絡繰りが見えてきた。
「あの一つになった魔眼は、地脈から自分にエネルギーを取り込むことができるのかな。
ここは特に豊富なエネルギーに満ちてるから、そこから無尽蔵に取って自分の力に変えてるのが観測できた」
「えっと、それじゃあせっかくマリンたちが頑張って戦えるようになったのに、また無敵状態になっちゃったってこと?」
「無敵……といいたいところだけど、そうでもないね。
そもそもあれだけの大量のエネルギーを肉体に直結させたことで、それに合わせようと変化したみたいだけど、それでも耐えきれてない。
今動けていないのも、力が大きすぎて制御できないからだから」
「じゃあさ、クロミアちゃん。放置していれば自滅してくれるってことかな?」
「いや、さすがにその前に動けるようにはなると思うよ。だから私たちは、あいつが動けるようになったときに生き抜けるようにするっていうのが、一番分かりやすい勝ち方かな」
「その時間を耐え抜けば、俺たちの勝ち……ということは相手は死ぬ、もしくは元に戻るとか?」
「何十年と時間をかければ元に戻れるかもしれないけど、あれだけ肉体に負荷をかけてただで済むわけがないね。
むしろ私たちが追い詰めたときよりも、ボロボロになって倒れると思う。そのときに意識があったら凄いって言えるくらいに」
玉座経由だったときは、その辺りのセーフティ機能も完璧に働いていたが、今回は原液をそのまま自分に注ぎ込んでいるようなもの。
普通の生物なら、一瞬で体が爆散するほどの負荷が常にかかっていると考えていい。
「んじゃあ、逃げ回ればいいってことか」
「それはそれで危なそうだけどね。ちょっと洒落にならないくらいの暴力の化身が、全てを捨てて私たちを殺しにかかってくるってことだから」
とはいえ体が動かせるようになるまで、溢れ出る力の全てを肉体の防御に回しているため、クロミアたちの攻撃が全て弾かれてしまう状況。
今の状態では手の出しようがなく、ただ見ていることしかできない。
「相手が暴れ出して耐えきるよりも、相手に殺される前にこっちが殺した方が現実的かもしれない。
あっちが何もしてこれないなら、私たちは私たちでできる限り強化しておこうか。
あいつの肉体が耐えられる範囲で考えても、動き出せば決着は数分でつくと思うから。下手したら一瞬かも」
相手が自分たちを殺すか、それとも生き延びる、もしくはその前に逆に殺すか──選択肢はそれしかない。
先ほどたった一体でクロミアたちを一挙に相手取ってなお、あそこまで耐えきれていたイカの王が、さらにパワーアップするとなると襲い掛かってくる魔法の数も質も相当なものが予想される。
「持ち込んだBMOのアイテムも含めて、出し惜しみは無しにしよう。こっからは全部使うよ。余力も考えなくていいから。絶対に死なないで。これだけは守って」
「うん。死んでなければ、僕が絶対にどんな状態でも治してみせるから!」
頼もしいファフニールの声に一同微笑みながらも、すぐに思考を切り替え準備に入っていく。
相手が準備をしているのなら、こっちだって時間の限り強化しておこうと。
そして時は動き出す。
ようやく動ける程度に莫大な力に慣れたイカの王は、これまでの人生ならぬ魔生を賭けた一世一代の大勝負を仕掛けるべく、硬直していた体を動かし溢れんばかりのエネルギーを解き放った。
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