第七〇三話 王の間
全員救出が終わり、イカの王の目論見を完全に壊すことができた。
「この『体内』の領域も既に私の支配下にあるから、早くこんな気色の悪いところから出て行こうか」
「この領域で何をしようとしてたか聞いたときは、鳥肌が立っちゃったよ」
スフィアが両腕を摩るように、説明されたときのことを思い出していた。
彼女だけでなく他の仲間たちも吐き気を催す嫌悪感と邪悪さを感じ、満場一致で次の領域へという話になる。
クロミアたちが囚われている間もずっと近くにはいた幻狼に声をかけ、次の目的地への案内を頼む。
「ワウーン……?」
「どうした? 急に自信なさげだけど」
これまで絶対の自信を持って頼もしくも案内してきてくれた幻狼が、はじめて戸惑うような鳴き声をあげて歩きだす。
方向は分かっているのに、なにか違和感を感じているようだった。
見たことのない反応にクロミアたちも戸惑いつつ、進んでいく幻狼の後を追いかけていく。
「クゥ~ン?」
「戻ってきちゃったけど、大丈夫?」
『体内』の領域を抜け出した先にあったのは、一番最初にクロミアたちが放り込まれた『沈没都市』だった。
支配権がクロミアにあるため、よく似た別の場所ということもあり得ない。
ループするように最初の領域に戻ってきてしまったのだ。幻狼も不思議そうにしていたため、クロミアが問題ないか聞いてみれば、首を何度も傾げながらもまた進みだす。
この領域の支配者として、『沈没都市』にいないことは分かっているのだが、これまでの実績を踏まえて幻狼を信じてみることに。
しかし──そのまま『沈没都市』をうろついた末に辿り着いたのは、『サンゴの森』だ。
「明らかに迷ってるとしか思えないのだけど……」
「グルゥゥゥ……」
「いや、そんな『解せぬ』みたいな顔をされても、こっちだって困るんだけど」
それでも幻狼は進み続け、ついに『体内』の領域へ。そして『体内』からまた『沈没都市』へと戻ってきた。完全にぐるりと一周しただけである。
さすがにこのまま続けてもまた時間の無駄に終わるだけだと、クロミアは躍起になって同じルートをまた進みだそうとする幻狼を止めた。
「ワウゥゥッ」
「いや、そんなにムキにならなくても能力を疑ってるわけじゃないから」
「まだできる!」といった不服そうな反応をされてしまい、苦笑しながらクロミアが顔を両手で挟むようにしてワシャワシャ撫でる。
美人にそうされて悪い気はしなかったのか、落ち着きを取り戻し止まってくれた。その行動をグリードが羨ましそうに見ていた気がしたが、クロミアは気のせいだと思うことにする。
今もブラットの姿で見え、声で聞こえているはずだが、夢の世界でクロミアを見たことで本当はどんな姿をしているのか想像はついてしまっているのだ。
「けどどうすんだ、クロ姉。このままじゃ一生、イカの王には会えねぇぞ」
「そこは安心してよ。私も幻狼に任せて、ただ歩いてたわけじゃないから。なんとなく、この絡繰りも見えてきたかな」
そもそも最初の幻狼の反応からして、何かあるとは思っていたのだ。ただ漫然と歩いていたわけではない。
クロミアは幻狼にピンポイントで探さなくていいから、この領域の中でさっき巡った際、一番イカの王の気配がした場所へ連れて行って──と指定して案内してもらう。
幻狼からすれば曖昧で要領を得ない指示だが、クロミアが言うならと従ってくれた。
やがて『沈没都市』の一角にまでやってくると、ここだと幻狼は地面を前脚で叩いて教えてくれる。
「そこね。ありがとう。私の予想が正しいとすれば……多分」
「何をするの? クロミア姉ちゃん」
突然スイカでも割るように地面に向けて剣を構えるクロミアに、ファフニールが不思議そうにそう問いかけるが、「ちょっとね」と集中しているためそれだけ返して灰色から純白に変わった翼を広げる。
「──ここ!」
【黎明の天使】の力による、空間を切り裂く力でその一点に切っ先を振り下ろした。するとグニャリとその箇所が空間ごと歪み、何もない海水しか入っていない第四の領域へと通じる道が発生した。
「アオ~~~~~~~ン!」
「やっぱり、ここから先に行けるみたいだね。行くよ、皆! 付いてきて」
「待って、クロ姉」
ずっと中途半端な気配しか感じ取れていなかった幻狼が、いの一番に第四領域に飛び込んでいく。
クロミアもそれに続き、おいていかれないようにとマリンも急いでその後から入り込み、他のメンバーも続々と第四の領域へと踏み込んだ。
「説明は後でするから今は走るよ」
これまでと違い何もない暗い深海の底とでもいうべき場所を、幻狼が指し示す方へと走ってついていく。
すると一メートルほどの大きな球体に触手をつけたような物体が、そんなクロミアたちから逃げるように忙しなく泳いでいるのが見えてきた。
「逃がさないから!」
「────!?」
目視で発見した瞬間、さらに加速したクロミアによって触手が切り裂かれ、【狂夢の根源喰らい】であっという間に無謀の口に呑み込まれていく。
他の仲間たちも連れて精神世界へ移動すれば、そこにはダミーの黒い柱のときと同様にイカの王の触手が三つ編みのように絡み合った状態で現れた。
「よく分からないけど、あれが邪魔してたってわけか」
「正解。グリード、来るよ」
「ああ!」
解けるように三本に分かれた触手が一斉に襲い掛かってくるが、数が増えたところで触手ではたかが知れている。
いの一番に前に出て盾を構えたグリードの壁を破ることはできず抑え込まれ、そのままクロミアに美味しくいただかれ、あっさりと精神世界から元の第四領域『隠し通路』に舞い戻る。
それから『隠し通路』の中央で、これまでと同じように領域の奪取を試みれば、あっという間にクロミアの支配下に領域が下った。
魔法陣は海底の堆積物の下に隠してあるため見えないだけで、この領域全域に渡るほど巨大なものが描かれていたのは、深淵領域を観測すればすぐに分かる。
「それでさ、クロミアちゃん。これは結局どういうことだったの?」
「これまでの三つの領域は一つの大きな循環した異界で、その下に──次元の話だから厳密には下とかいう表現も違うかもしれないけど、本命のイカの王本体がいる領域に繋がる〝道〟の役割を持った領域があったって感じかな」
「えっと、じゃあその道を見つけない限りさっきまでいた領域からはイカの王のいる場所には行けなかった──ってことであってる?」
「それで合ってると思うよ」
ヌイの疑問に答えてから、さらにクロミアは補足していく。
イメージとしては三つの層を重ねた逆ピラミッドのような形をした異界であり、クロミアたちがいたのはその三角錐の底面にあたる部分。
その下に今いる『隠し通路』の領域があり、そこを通ることで本命の『王の間』へと辿り着けるようになっていた。
契約上絶対に通行できない異界にすることはできないが、二層目の存在を隠したまま、一層目をループさせ彷徨わせるような仕掛けをするのは問題ない。
今回は無理やり空間を切り裂いてこじ開けたが、正規のルートで行く方法も用意はしてあったのだ。
ちなみに夢の仙術で穏便に開ける方法もあったが、今回はダミーが柱ではなく逃走できるようになっているため、侵入を感知してどこかに隠れられる前に始末すべく強引にやった。
「時間はその分だけ消費させられるし、私たちみたいに領域を支配していないと、上手く再誕の儀式を一回目は切り抜けられても、何度も周回させられて結局はイカの王の眷属にさせられるっていう嫌らしい手を取ってるみたいだね」
「この領域は、他に役割があったりはしたのかしら?」
「ないね。とにかく隠すことに全力集中した場所みたい。私でも指定された場所以外では入れなかったから、幻狼にそのポイントを探してもらったわけだし」
指定された三か所──三つの領域に一つずつの場所以外では、絶対に入れないようになっていた。
クロミアは幻狼が分からないということは、探知能力を阻害するダミーが別の区切られた異界にいる可能性を考え、見事に見破ったというわけである。
「つまりこれ以上、ここには何もなし。領域ごとここも支配できたから、最後の本体がいると思われる場所も開けるはず」
「つまり次で決着がつけられるってことだね、お姉ちゃん」
「うん。イカの王との最終決戦になると思うけど、皆準備はいい?」
「俺はいつでもいいぜ。こんなしけた場所、とっとと出ようぜ」
どこまでも陰鬱で気色悪い異界から、できる限り速やかに脱出したい。残りはもう一つしか領域がないことは、この領域を確保した瞬間に判明した。
道中の領域は奪ってきたため、もはやイカの王の逃げ場もない。完全に王手をかけている状態である。
念のため身に着けているアイテム類などの確認だけはしてから、最後の『王の間』に通じる座標へと移動した。
「閉じてるね……。ぶち破ろうか」
「ここの領域はマリンたちが支配したのに?」
「二重扉みたいになってるからね。こっちは開けられるけど、向こう側の領域を開くための鍵がない状態かな。でもそのギミックにわざわざ挑戦してあげる必要もないし、さっきみたいにこじ開けるよ」
また剣を構え、【黎明の天使】の力で強引に空間同士を隔てていた扉を切り裂いた。
すると空間が開き、向こう側と繋がる。見る限り海水で満たされている以外は白い空間で何もないのだが、幻狼もこれまでで一番の反応を見せていた。この先にいるぞと。
全員目配せをして覚悟を決めてから、その何もない白い空間へと飛び込んだ──その瞬間、クロミアたちのいる場所に水と氷、闇の魔法が大量に炸裂する。
「…………不快──ココマデ初」
「不快なのはこっちのセリフだよ、馬鹿野郎。随分な歓迎じゃないの」
ただただどこまでも広く、何もない白い空間。現実世界でも自分の場所を飾り立てていたイカの王を思えば、不自然なほど簡素な場所。王のいる場所とは思えない。
設置型の罠のように超位職級の魔法をいくつもセットしてあったようだが、ナマクラ盾をドームのように展開し、その内側にはグリードの盾が張られ、衝撃すら通さず全員無事なまま王と相対する。
「変な椅子に座ってる……。僕はあんなのに座りたくないなぁ」
「デザインセンスに難アり、ですネ。機能性も悪そうデす。私なら作りマせんね」
だが我こそは王だという自己顕示欲でもあるのか、そんな何もない空間の中でただ一つだけ、やたらと気合を入れて作られた玉座があった。
触手を絡めて作ったような、黒銀の巨大な玉座。様々な宝石が嵌まり表面はゴツゴツしている。派手と言えば派手だが、趣味は非常に悪い。
そんな玉座に大きな体を乗せるように座り、悠々と高い場所に浮いてクロミアたちを見下している。
ただイカの王も余裕はそこまでないのか、苛立ちを隠しきれていない。触手で隠された胴体の下にあるクチバシを歯ぎしりのように鳴らし、貧乏ゆすりするように触手を忙しなく揺らしていた。
「我、所有物ニ、ナレ」
「お断りだね」
「ソウカ。無駄ナコトヲ」
この領域以外の全ての異界の支配権を失い、さらに同格級であるクロミアも余力は十分だ。精神的な疲れはあるが、肉体的には全くといっていいほど消耗は見られない。
その上で共に戦い、支えてくれる仲間たちも万全の状態で揃っている。ここまで追い詰めれば、負けるほうが難しいのではないかとすら思えてしまう状況だ。
それなのにイカの王は、苛立っているが負けるとは思っていない。強がりではなく、本心から言っているとクロミアたちにも何となく分かる。
『お姉ちゃん、まだ何かあるのかも。気を付けてね』
『分かってる。皆も油断しないように』
グリードがいつでも守りに入れるように前に出る中、クロミアとアデル、イグニスとマリンがその後ろから遠距離攻撃を放つ。
斬撃と超高熱の血槍、炎拳に氷拳が飛んでいき──イカの王に直撃する。
「……え?」
「無傷だぁ? どういうことだよ」
さすがにその程度で大きな傷を負わせられるとは思っていなかったが、それでも多少の負傷はする威力はあった。
普通であれば守りのための魔法や動作をするところだろう。その瞬間にクロミアとイグニスが一気に距離を詰めるつもりだったのだ。
しかしイカの王は冷めた視線をこちらに向けるだけで、無防備なままそれらを受けた。
それでいて何の傷もついていない。クロミアたちの攻撃がまったく効いていないのだ。
「イヤァアアッ、イァアア! 無駄──無駄──無駄。我ニハ、勝テヌ」
クロミアたちの反応がお気に召したのか、先ほどの苛立ちは収まり、楽し気に体を玉座の上で揺らす。
「無駄かどうか、マリンが試してあげる」
「俺も試してやるよ!!」
マリンの極大水氷レーザーに、イグニスの拳から巨大な碧炎虎がイカの王に向かって駆けていく。
さすがにブラットも直撃は避けたい威力のそれも、イカの王は玉座の上で踏ん反り返って受け止める。
「無駄──無駄。下等生物、実ニ無様ナリ」
クロミアもさり気なく磁力で射出した風切刃根を隠すように混ぜていたのだが、それも刺さることなく無効化されていた。
直撃したはずのマリンとイグニスの攻撃も一切効いていない。だが今度はもうクロミアは驚いていなかった。
それどころか、その絡繰りを今の行動で何となく察することもできた。
『なるほど。あいつ、この領域内では非破壊オブジェクト扱いになるみたいだね』
『はぁ!? じゃあ俺たちじゃ、どう頑張っても勝てないってことじゃないか! そんなのさすがに卑怯だろう!』
いうなれば管理者コマンドで無敵チート状態になっているのが、今のイカの王の状態だ。
クロミアからしても、卑怯といったグリードの気持ちはよく分かる。だがこれは契約の上で成り立つ勝負であり、絶対に勝てない場を用意するのは反則だ。
もしそうならこの契約は勝手になくなるはずで、それが今も有効状態ということは、無敵状態を解除する方法が用意されているということを示唆している。
『一応解決方法も見当がついたよ。あの玉座だ。あの玉座を破壊、それができなくても下ろすことができれば攻撃が通るはず』
『えっと……、でもそれってできる…………のかな?』
『そこだよねぇ』
攻撃によるダメージどころか衝撃すら無効化しているチートモンスターが、玉座を守るように鎮座しているのだ。
玉座の上から移動できず、ずっと座った状態ではあるがイカの王は魔法タイプで遠距離での攻撃はお手のもの。
もし下ろすことができたとしても、その頃にはクロミアたちにどれほどの余力が残されているのか分かったものではない。
つまりまともに相手をした場合、クロミアたちは詰んでいる。
『うん、だからまともじゃない方法を試そうと思う。まずは──』
だがクロミアはどうにかできるかもしれない手段を思いつく。それを実行するためにも、仲間たちと作戦を共有していった。
次は土曜日更新予定です!




