第七〇二話 男性陣救出
続いてイグニスへ。こちらはもう予想がついていたため、驚きはない。
ひたすら戦い続けられる夢。守るべきものもなく、気軽に自分の命を懸けて死闘を繰り広げる。それがイグニスの願望だった。
あまりにも危うい願望だが、彼は彼でちゃんと現実も知るほどに大人になっている。
逆に現実では気軽に命を懸ければ、それで心配する人、悲しむ人がいることを知っているからこそ、そんなことはしないようになっていた。
けれどここは夢だから。何をしても許される場所だから、モンスターに噛みつかれ、叩かれ、刺されても、それ以上にやり返してボロボロの状態で笑っている。
「たまには私もガス抜きに付き合ってあげた方がいいのかもな」
あまりの壮絶な光景にどうやって割って入ろうか悩んでいると、モンスターの屍を積み重ね、一瞬の静けさの後に彼が最も戦いたい相手──ブラットが出現する。
やっぱりブラットと戦いたかったんだなと苦笑しながら、その戦いがはじまって間に直ぐ割って入り、戦闘を強制的に止めさせた。
ブラットの剣を受け止め、イグニスの炎拳を風をまとった尻尾で叩き落とす。
そもそも情報不足なまま構築された夢だけあって、ブラットの性能はイグニスでも普通に勝てるレベルでしかない。
「イグニス、偽物と戦って満足?」
「──ち、そういうことかよ。これは夢ってやつか」
「そうだよ、イカの王にやられたみたい」
「そっか。でも今回は許してやってもいいな。楽しい夢が見られたぜ」
所詮偽物は偽物。自分の妄想のブラットより、本物の方がずっと強い。それを理解した瞬間、イグニスはここがただの夢なのだと悟る。
少しくらい待っていてもいいかとも考えたが、他にも囚われている仲間が残っている。
それに意図的に見たい夢を見せることは、クロミアにもできなくはない。信頼関係があり、抵抗しようとしなければ簡単なことだ。
「夢でイメージトレーニングってのはいいのかも」
「お? なんか楽しそうなこと思いついたみてーだな」
BMOに連れていくことはできないが、夢の世界で安全に危険なことを試すことはできるかもしれない。
ただ問題なのはBMOは緻密に零世界を再現しているが、クロミアでは知らないことは再現できないこと。
見たこともない、使えないスキルがどう発動するか。どんな風に周囲に影響を及ぼすのか分からないのだから、再現しようがない。
(ああでも、鈴木さんに何か協力してもらえば近いことはできたりしないのかな。腐っても管理者で、BMOの監修をした人でもあるわけだし)
自分が知らなくても、世界の全てを知っている(と思いたい)人物の介入があれば、限りなくゲームに近い方法でラーニングできる可能性をイグニスの夢で閃いた。
それをどうやってやるのかまでは今の夢仙術の技量では分からないが、クロミアにはなんとなくできるのではないかという予感がした。
「その楽しいことができるかどうかを確かめるにも、さっさとイカの王を攻略しないとね」
「よっしゃ、俄然やる気が出てきたぜ!」
クロミアが手を差し出すと、イグニスがガシッと力強くそれを握りしめてきた。その瞬間、二人で夢から異界へと脱出を果たした。眠っていたイグニスの体が起き上がる。
「それじゃあ、次はファフニールを助けに行ってくるよ」
続いてファフニール。彼はどんな夢を見ているのだろうかと入ってみれば、実にほっこりとする夢を見ていた。
「皆、僕についてきて! てりゃぁああっ!」
沢山のモンスターがひしめく敵陣へ、ファフニールは単騎で突っ込んでいく。
これだけならイグニスと同じように戦闘狂の血が騒ぎ出したのかと考えてしまうところだが、彼の場合は戦いはオマケである。
「凄いぞ、ファフ! 頑張ったな」
「えへへ、そうかな。皆の役に立ってる?」
「ああ、なってるぞ。さすが俺たちの弟だ」
「やるじゃねーかよ」
沢山の敵を倒して戻ってきたとき、ブラットに頭を思い切り撫でてもらいながら褒めてもらう。
お兄さんであるグリードやイグニスにも凄いと言ってもらえて、お姉さん組にも「凄いね」と褒めてもらえる。
皆の役に立って、いっぱい褒めてもらいたい。それがファフニールの願望。
一生懸命強敵と戦い、そこで大活躍を収めたファフニールくんは、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちにいっぱい褒めてもらいました。そんな夢である。
「ファフ、帰るよ~」
「え!? クロミア姉ちゃん? ああ、なんだ、夢なんだ」
「夢じゃなくたって、ファフはいっぱい頑張ってるし、凄く助かってるよ。いつもありがとう」
「へへへっ、ありがと! クロミア姉ちゃん。やっぱり夢じゃなくて、本物に褒められた方が嬉しいや」
「そうだね。じゃあ、皆のところに帰ろうか」
「うん!」
クロミアがファフニールの大きなドラゴンの頭を抱きしめるようにして頭を撫でると、とても嬉しそうに笑顔を浮かべる。
治癒形態はともかく、普段の見た目は仲間内でもかなり強面な竜となっているのだが、まだまだ甘えん坊なところが残った可愛い弟だ。
また落ち着いたら、いっぱい褒めて甘やかせてあげないとなと改めて思いながら、二人で仲良く夢から脱出した。
「次はアイゼンのところに行ってくるね。どんな夢を見てるんだろ」
続いて入り込んだのは、予想がまったくつかないアイゼンの夢の中。彼は機械的な合理性を持ちながら、人間的な予想もつかない行動や感情を爆発させることもある。
仲間内の中では一番ミステリアスな人物だといっていい。
「うん、直接見ても意味が分からないや」
二つのクモボディが狭い部屋の中で顔の部分を突き合わせ、言語化できない金属を擦り付けるような音で会話をしている。そんな夢だった。
なんでも欲望が叶う場所で願う望みがこれなんだと、クロミアもどういう反応をすればいいのか分からない。
何だか近寄りがたい雰囲気ではあったが、クロミアは親密に会話をする二人のアイゼンがいる部屋に踏み入って声をかけた。
「アイゼン。そろそろ起きようか」
「…………クロミア? ああ、夢でしタか。実に充実シた時間でしタ」
「今の私なら好きな夢を見せてあげられるから、見たいときは言ってくれればもっと安全に見せてあげるよ」
「そレは良い事を聞きマした。また時間を見ツけて、お言葉に甘えサせてもらいマしょう」
アイゼンには国の建設業であまりにも頼り切ってしまっている。これから海の開拓も入っていくとなると、その仕事量はさらに増えていくのは目に見えていた。
そんな彼に、いい夢を見せて心を癒してもらえるのなら安いものであろう。
「ところで、ここではどんな夢を見ていたの?」
「私と一緒にナったエルダと、心行くマで語り合っていタのです」
「ああ、そういう夢だったのね」
惚れ込んだエルダリオンというBMOから持ち込んだ金属。今はもう進化素材として消費され、アイゼンの核の一部となっているが、彼にとっては消えてしまったわけではない。自分の中でエルダとして生きている。そう認識しているのだ。
とはいえクロミアには全く分からない境地であり、共感はできず曖昧な笑みを浮かべると、手を差し伸ばして彼を夢の世界から連れ出した。
「最後はグリードか……。よし、行くぞ」
ある意味一番心配だったのがグリードである。夢への深度はそこまで深くないため、とても良い子にはお見せできない、アデルやヌイの時のような衝撃映像が出てくることはないとは思うが、それでも気合を入れてグリードの夢の中へと入り込んでいく。
「ここは……私の世界?」
クロミアの作り出した世界──というわけではなく、色葉が普段暮らしている地球の風景が広がっていた。
ブラットの中身が色葉であり、異世界で暮らしているという説明をする際、スフィアを通してその映像も仲間たちと共有していたため、グリードも地球がどういう場所なのかは情報として知っている。
なので地球にいる夢を見ていてもおかしくはないのだが、異世界人のグリードが見ていると思うとクロミアは不思議な気持ちになった。
「でもよく見ると微妙にディティールが荒いというか、雑というか。なんちゃって地球だね」
基本的にグリードの記憶を元に再現されているのだろうが、そのグリードですらそこまで詳しいわけでもないのに、さらに情報不足も重なって余計にパチモンくさい中身になっている。
場所的には学校付近なのだろうが、建物一つとっても零世界の人類国内で見たことのあるものがちらほら混ざっていたり、零世界の常識で再現できなかったところをパッチワークのように穴埋めしていた。
地球人がみたら確実に変だと思うような風景を眺めながら、周囲を見渡すがグリードが見当たらない。
「随分と広いけど、グリードは……あっちか」
この夢の中心に行けば必ず会える。迷わずそちらに向かっていくと、それっぽく外観だけ再現された学校の中へと入っていく。内部には誰もおらず、静かなものだ。
やがてとある教室の一室の前に辿り着く。位置関係的に色葉の自分の教室に近い。
誰かが──グリード以外にもう一人女性の声が聞こえる。それも聞いたことのある声だ。
(私だよね。どう考えても。いったい教室の中で何してるんだろ)
普段耳で聞いている自分の声とは違うが、録音したときの自分の声と同じだったため、すぐに気が付けた。
そっと中をうかがうように、気配を消して扉を少しだけ開いて覗き見る。
「だからね、あのモンスターは頭じゃ弱点で──」
「ああ、そっか。じゃあ、俺が盾で防いでいる間に色葉姉さんが──」
(うん、なんかめっちゃ健全だ。変な想像してごめんね、グリード)
あわや妄想の自分と濃厚なラブシーンでもおっぱじめやしないかとドキドキしていたが、いうなれば学生カップルが自分たちの教室に残っておしゃべりしているところといった感じである。
ただ距離は非常に近い、肩を寄せ合うように隣同士で座り、ノートにモンスターの絵を描いてどう倒すか検証をしている。
内容はどう考えても零世界のモンスターについてで、地球では絶対にしないものだがグリードの記憶ベースなら、さもありなんといったところだろう。
グリードの恰好も地球人に寄せようとした結果、不可思議なとんでもファッションになっていた。
(でもやっぱりグリードって、色葉が好きなんだろうなぁ。どう考えてもこっちの色葉なんて弱いし、向こうの価値観からすれば種を残したいと思えるほど魅力のある人間じゃないと思うんだけど)
とはいえ応えられはしないため、そのまま胸の中にしまっていてもらうしかない。
こちらの世界で仲を深めている異性もいるのだから、そちらと仲良くしてもらいたい所である。
さてどうやって気まずくならず割って入っていけるだろうかと、扉の前で考え込んでいると、突然教室内のシーンが大きく動き出した。
「むっ、モンスターだ! 色葉姉さんは俺が守る!」
「きゃっ。グリード、かっこいい……」
(なんでやねーーん!)
どこからともなく校舎の窓を割って鳥型モンスターが侵入してきたが、グリードがさっそうと魔盾を展開し、シールドバッシュでその首を圧し折った。
だが地球では絶対にありえない状況と、彼の妄想の自分の発言にツッコミを入れていると、密着した二人が熱く見つめ合いはじめた。
そしてそのまま、顔が近づいていき……。
「ちょっと待てーーーーい!」
「な、なんだ!?」「なになに!?」
さすがにそれはアウトだ。妄想の中の偽物相手だろうと、ここまでリアルな世界で体験してしまえば、今以上にこじらせかねない。
クロミアは扉を壊さんばかりに開き、風魔法で強引に二人を引きはがした。
「だ、誰だ!」
「誰って何を……あ、やば」
ずっと掛けさせていた眼鏡がない。それは現在、眠っているグリードが異界の方で掛けている。
つまりクロミアの姿をグリードに見られてしまったということになる。
「き、綺麗だ……」
「どっちでもいいの!? 目を覚ませ弟よ!!」
案の定、クロミアにも浮かれた表情を向けてきた。ブラット大好きセンサーでもついているのか、中身がブラットで外見が女性ならもう誰でもいいのかもしれない。
とはいえ見た目という一点でいえば彼は色葉のときの姿が一番好みなのだが、かといってクロミアの外見もブラットとは別人のようではあるが、世界で一番尊敬している兄の面影がある。それはそれでグリードの好みのタイプで間違いない。
「色葉姉さんに、謎の美女……うぅ、俺は、俺はどうすれば……」
「いや、どっちも選ばなくていいから。自分の世界で関係を持っている女性を選びなさい」
これまで関わってきて見たこともないほど苦悩の表情を浮かべ、色葉とクロミアを交互に見比べ頭を抱えだすグリードに、これは重症すぎるとクロミアの方こそ頭を抱えたくなってくる。
けれどこの敵の管理下から抜け出せていない場所で、ブラットに戻るのも危険だ。クロミアでいる限り、契約の効果を薄くできているが、戻ってしまえば契約の力が強くなってしまう。
すぐに戻ったとしても、一度でもブラットに戻ってしまうとクロミア=ブラットという関係性への認識が深まってしまう可能性が高く、得られる恩恵も減ってしまうため気軽に戻ることもできない。
「そうだ! 色葉姉さん、そして見知らぬ貴女! どっちともお付き合いしてください!!」
「いやまぁ、零世界の男の基準からすれば二又とかないからいいんだろうけど──もう、夢はお終い! 帰るよ、グリード!!」
最後に選んだのは、もうどっちも俺の元に来てくれという求愛の言葉だった。
思わずずっこけそうになったクロミアだったが、零世界の常識からすれば優秀であれば何人の女性に手を出そうと問題はない。
現に零世界のブラットはアデルたち以外にも、もう何人もの女性と関係を持ってしまっているのだから。
とはいえ色葉でありクロミアである本人としては、お断りである。
グリードですら反応が遅れる速度で一瞬で近づくと、色葉もクロミアもどっちもブラットに見える眼鏡を作り出して、彼の顔に掛けた。
「あ、あれ、兄さん?」
「そうだよ。ブラットだ。ここは敵が用意した夢の中、変な夢を見せられてるだけなんだ。決して、グリードが見たい夢を見てるわけじゃないからな?」
「え? え、そうなのかな……。心のどこかで俺は色葉さんと──」
「いやいや、気のせいじゃないかなぁ!? おのれ、イカの王! オレの弟に変な暗示をかけおって! 許せないな! 早く現実に戻って倒しに行くぞ!」
こちらの姿はクロミアの姿のままだが、口調はブラットに戻してグリードを現実サイドに引き戻す。
そしてグリードにだけは、これはただイカの王が無理やり見せているだけの夢であり、決して本人の願望ではないと強く言い聞かせておく。
彼と結ばれる未来は、ブラットであろうとクロミアであろうと色葉であろうとない。
ここであったことで、これ以上大切な弟分が変な方向へ突き進まないようにしておいた。
夢の世界で精神に直接言い聞かせたため、絶対的な効力はないが、現実で言うよりは効果は大きい。
余計なことをしてとイカの王に割と本気で怒りながら、グリードの手を取って本来の彼の体のある場所へと引っ張り上げた。
(イカめ……絶対倒す!)




